地球の水の起源
2021年2月があと数時間で終わろうとするころ、13 kgほどの岩の塊が秒速13 km余りで地球の上層大気に突入した。成層圏を猛スピードで通過する間に、その表面は突入の摩擦熱によって真っ黒に炭化した。岩の軟らかい部分が炎の中で剥がれ、巨大な火球が夜空でたいまつのように燃え上がった。
その最も大きな破片が英国の町ウィンチカムの私道に落下したとき、その重さはわずか320 gほどになっていた。落下から12時間以内に回収されたこの物質は、これまでに調べられた中で最も『新鮮な』隕石の1つだ。「これ以上ないくらい元の状態を保ったものです」と、国立自然史博物館(英国ロンドン)の惑星科学者Ashley Kingは言う。
このウィンチカム隕石は「炭素質コンドライト」というまれな種類に属する。このタイプの隕石は地球にまつわる最大級の謎を解く助けになる。地球上の水はどこからやって来たかという謎だ。研究者は一部の水が隕石によって運ばれてきたと考えているが、その量に関しては議論が続いている。雨を降らせるように大量の水を運び込んだと主張する研究者もいれば、隕石の寄与は大海の一滴だったという研究者もいる。
地球の豊かな水は宇宙から見ると感動的だが、その起源は完全には明らかになっていない。 Credit: Samantha Cristoforetti/ESA/NASA
誕生直後の地球は湿っていた!?
地球は、惑星になる前は若い太陽を周回する塵の雲だった。塵は降着という過程を経て小石になり、その後、小石同士の衝突・合体が始まった。衝突・合体が繰り返されることで次第に大きくなり、最終的に惑星になった。
初期の地球は現在のような「ペイル・ブルー・ドット(淡く青い点)」ではなかった。その温度は約2000℃に達し、地表の全ての水を沸騰させて宇宙空間に散逸させるのに十分過ぎる温度だった。このため生まれたばかりの地球はカラカラに乾いていたと考えられていたが、2023年4月にNatureに発表された研究は誕生直後の地球がかなり湿っていた可能性を示唆している。論文の共著者であるカーネギー科学研究所(米国ワシントン D.C.)の地球化学者Anat Shaharらは、地球に似た数多くの系外惑星が、形成途上の降着が起こっている段階で水素に富む大気に覆われていることに気付き、そのような大気を加えて地球形成過程をシミュレーションしてみた。その結果、従来の仮説に反して多くの水が地球大気にとどまり、外部地殻の至る所にマグマの川が流れているにもかかわらず、大気中の水が岩石マントルの内部に閉じ込められることが示された。
出所が太陽系の内側領域であれ外側領域であれ、私たちが発見したエイコンドライトは全てカラカラに乾いていました
このモデルは地球に形成時からかなりの量の水が存在していた可能性を示唆しているが、惑星地質学者は水の大部分が大気圏外からやって来たことに依然として確信を持っている。「多くの証拠があります」とShaharは言う。「反論の余地はありません」。
「決定的な証拠」は地球の水素に隠されているとKingは言う。地球上に存在する水素には、原子核が陽子1個からなる通常の水素と、原子核が陽子1個と中性子1個からなる重水素という2種類の安定同位体がある。マントルに含まれる水は重水素が海水に比べて約15%少ない。海水に含まれる余剰な重水素はどこか別の場所からやって来た可能性が高い。
天文学者は当初、重水素に富む水を地球に運んできたのは彗星だと推測していた。彗星は温度が低い太陽系外縁部からやって来るので、氷の割合が極めて大きく、質量の80%が水である例もある。だが2014年に欧州宇宙機関(ESA)のロゼッタ・ミッションで得られたデータは、多くの彗星の水素同位体比が地球とは全く異なることを示した。地球上の水よりもはるかに多くの重水素を含んでいるのだ。
科学者は別の仮説を提案した。水が太陽風に乗って地球大気に流れ込んだという見方で、宇宙空間で自由に動き回っている水素分子と酸素分子を太陽風が地球に向けて押し込んだとする。だが多くの科学者はこれらの水素分子の重水素の割合は低過ぎると主張している。「地球の水の水素同位体比をこれらの供給源から説明するのは難しい」とメリーランド大学(米国)の岩石学者Megan E. Newcombeは言う。
ウィンチカム隕石で裏付け
では、ちょうど良い同位体比はどこにあったのか。研究者はついに、熱変成を受けていない小惑星に由来する「コンドライト」という岩石に行き着いた。炭素を含むことから「炭素質コンドライト」と呼ばれるタイプは最大で20%が水だ。「これは、この隕石が湿っているという意味ではありません」とフィールド自然史博物館(米国シカゴ)の地質学者Maria Valdesは言う。炭素質コンドライトは水の材料を運んでおり、水素原子と酸素原子が2対1の比で存在しているのだ。
Kingらは分光法を使ってウィンチカム隕石を分析し、重水素と水素の比が地球の海水とほぼ完全に一致することを見いだし、2022年にScience Advancesに発表した。この隕石が回収されるまでの時間が短かったことを考えると、特に注目に値する結果だ。
「隕石は大気を嫌います」と、米国自然史博物館の地質学担当の学芸員Denton Ebelは言う。隕石中の鉱物は大気に触れるとすぐにスポンジのように水蒸気を吸い上げる。だがウィンチカム隕石は落下から12時間以内に回収されたので、ほとんどの標本と比べて地球の水による汚染がはるかに少なかった。
ウィンチカム隕石の分析結果の発表から数カ月後、Newcombeらの研究が炭素質コンドライト説を補強した。Newcombeらが2023年3月にNatureに発表した論文で、彼女らは「エイコンドライト」というグループに属する新たな隕石を分析した。エイコンドライトの起源は、炭素質コンドライトとは異なり、放射線や地質学的過程によって部分的に融解した小惑星などの岩石天体だ。Newcombeらはこの融解プロセスが、クッキーの生地を焼くときのように、エイコンドライトから水分を奪うことを発見した。「出所が太陽系の内側領域であれ外側領域であれ、私たちが発見したエイコンドライトは全てカラカラに乾いていました」とNewcombeは言う。
しかし、この発見は地球に水を運んだのが炭素質コンドライトだけだったことを意味するわけではないと、ロレーヌ大学(フランス)の宇宙化学者Laurette Pianiは指摘する。「私の考えでは、地球上の水の供給源はおそらく複数あります」と彼女は言う。地球の海をコンドライトだけで説明しようとすれば非常に多くの隕石衝突が必要になるだろうし、発見された隕石全体のうち炭素質コンドライトはかなり少ない。Pianiは太陽風と彗星、マントルから湧き出る水、コンドライトをほぼ等量ずつ組み合わせれば、実際の同位体比に合致する水になる可能性があると指摘する。
地球の水の正確なレシピが何であれ、その起源を調べることで、地球がどのように形成され、私たちが住む、生き生きとした青い世界になったかが明らかになるだろう。
翻訳協力: 鐘田和彦
Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2023.231024a
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