遺伝子発現の変化が光合成を進化させた
ソルガム(Sorghum bicolor)畑
高温・乾燥に強いC4植物のソルガムは、C3植物のイネより効率良く光合成を行う。イネやコムギなどのC3植物にC4植物の光合成方式を導入できれば、温暖化が進む昨今の世界の食糧問題に対応できるかもしれない。 Credit: SandraMatic/iStock/Getty
太陽からのエネルギーと大気中の二酸化炭素(CO2)を利用して炭水化物を生成する光合成は、一群の生化学反応として地球上で最も影響力のあるものかもしれない。ヒトをはじめとするほぼ全ての生物は、光合成産物をエネルギー源としている。しかし、光合成の中心となる酵素は、高温の乾燥した気候では非生産的な反応を進めることがあり、それは地球温暖化が進む昨今の作物栽培にとって問題となる。このほど、ソーク生物学研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)のJoseph Swiftおよびケンブリッジ大学(英国)のLeonie H. Luginbuehlらにより、イネ(Oryza sativa)とソルガム(Sorghum bicolor)の葉において、光合成関連の遺伝子がどこで働き、どこで働いていないかを示す包括的なマップが作製された。ソルガムはモロコシとも呼ばれるイネ科の植物だが、イネとは異なる方式の光合成を利用することによって非効率性の問題を回避している。SwiftとLuginbuehlらは、そのマップの差異から、ソルガムの効率の高い代替的な光合成方式をイネに導入するのに役立ち得るコードを読み解き、Nature 2024年12月5日号143ページ1に発表した。
最も一般的な光合成方式では、大気中のCO2は葉の葉肉細胞でRubiscoと呼ばれる酵素に遭遇する。CO2はそこで3炭素分子(C3)に変換され、続いてカルビン・ベンソン回路の反応によって糖に組み上げられる。残念ながらRubiscoは酸素とも反応し、目的の糖前駆体だけでなく有害な中間生成物を生じることがある。高温の乾燥した気候条件は、この望ましくない反応を助長する。
これに対して、トウモロコシ(Zea mays)やソルガムのような高収量作物は、C4光合成と呼ばれる別の方式を採用して、酸素がCO2と競合する能力を最小化している。C4光合成では、CO2を取り込む反応過程とカルビン・ベンソン回路が空間的に分離されている。C4植物の葉肉細胞では、CO2を4炭素中間体に取り込む酵素が作られている。葉肉細胞でCO2を取り込んだ4炭素中間体は、近隣の維管束鞘(いかんそくしょう)細胞(葉内で水を運ぶ維管束の周囲に鞘状〔さやじょう〕の構造を形成している細胞)に運ばれ、そこで分解されてCO2を放出する。維管束鞘細胞にはRubiscoが豊富に存在している一方で酸素は存在しないので、放出されたCO2はC3植物よりも効果的にRubiscoによって固定される2。
世界の食料需要に応え、高温の乾燥した気候における作物の生産性を向上させるものとして、C4植物の解剖学的・生化学的特徴をC3植物のイネに導入するという大胆なアイデアがある。そのようなプロジェクト実現の可能性を後押ししているのは、C4光合成で用いられている酵素や輸送タンパク質の遺伝子がC3植物にも存在しており2、C4植物はC3植物から60回以上別々に進化してきた3という知見だ。原理的には、適切な光合成酵素と輸送タンパク質が適切な場所で適切な量だけ作られれば、C3植物にC4方式の代謝を導入することは可能だ。カギとなるのは、そのための「コード」を見つけることだ。
SwiftとLuginbuehlらは、光合成に関連する遺伝子の発現を全体的に捉えることで、そのコードをたぐり寄せた。研究チームは、葉の全タイプの細胞で全遺伝子の発現のプロファイリングを行うことができる単一核RNA塩基配列解読技術を開発し、葉に光を当てた後、さまざまなタイミングで実験を繰り返した。これにより、遺伝子発現の変化と光合成能力の増強との関係が明らかにされた。実験計画の要は、C4植物のソルガムとC3植物のイネを材料に選んだことだ。この2種のイネ科植物は多くの点で類似しているため、遺伝子発現の変動が見つかりやすいのだ。例えば、植物体の外表面を構成する表皮細胞の遺伝子発現プロファイルは両種で極めて似通っていたが、維管束鞘細胞のプロファイルは著しく異なっていた。SwiftとLuginbuehlらは、細胞タイプごとに明らかにされた数十万通りの遺伝子発現プロファイルを用いて、イネでは葉肉細胞で発現し、ソルガムでは維管束鞘細胞で発現している光合成関連遺伝子を探した。そのような遺伝子は、進化の過程でC3方式からC4方式へ発現の「切り替え」を起こしたと考えられるからだ。
この発現パターンの切り替えを可能にしたものは何だろうか? SwiftとLuginbuehlらは、特定の転写因子によって認識される配列を含む「シス調節エレメント」というDNA領域を調べた。ここで特に注目したのは、葉肉細胞あるいは維管束鞘細胞でのみ転写装置にアクセスできる遺伝子の近傍にあるシス調節エレメントだ。すると、各細胞タイプの遺伝子発現パターンは、それぞれの細胞タイプに特異的なモチーフ(シスコード)によって定義されていた。重要なのは、イネでもソルガムでも維管束鞘細胞で特異的に発現する遺伝子には、DOFと呼ばれる転写因子ファミリーの結合モチーフ(細胞アイデンティティーを定義するなど、さまざまなプロセスに関与している)が見られたことだ。そして、イネでは葉肉細胞で、ソルガムでは維管束鞘細胞で発現している相同遺伝子は、イネでは葉肉細胞特異的なシスコードを、ソルガムではDOF結合モチーフを持つことが分かった。このことは、イネの葉肉細胞で発現している光合成関連遺伝子群が、ソルガムではDOF結合モチーフというシスコードを獲得して維管束鞘細胞で発現するようになったことを示唆している。予備的な機能試験では、DOFが光合成関連遺伝子の発現を誘導し得ること、そして維管束鞘細胞での光合成関連遺伝子の高発現にDOFが必要であることが示された。この知見は、さらに多くのC4植物が持つ別の光合成関連遺伝子のシス調節エレメントを調べた2024年の研究3によって裏付けられ、さらに拡張されている。
以上のことから、SwiftとLuginbuehlらは、細胞タイプを定義する遺伝子ネットワークはC3植物とC4植物で不変であり、C4植物では、光合成関連遺伝子が維管束鞘細胞を決めるネットワークに既に存在していた転写因子(DOF)に対応するシス調節エレメントを獲得して維管束鞘細胞で発現するようになったと結論付けた(図1)。この戦略は直感に反するように思われるかもしれない。C4方式の光合成は、全ての要素が適切なタイプの細胞に存在して初めて機能するため、それぞれの光合成関連遺伝子がシス調節エレメントを独自に獲得しなければならないからだ。それでも、シス調節エレメントの変化によるネットワークの組み替えは、植物の進化において頻繁に起こっている4。
図1 遺伝子発現の切り替えが効率的な光合成の進化を可能にした
a C3光合成を行う植物の葉の葉肉細胞では、酵素RubiscoがCO2を3炭素分子(C3)に変換し、それがカルビン・ベンソン回路と呼ばれる一連の反応を経て糖に組み込まれる。Rubiscoは細胞内に大量に存在する酸素(O2)とも反応するため、この経路は効率が悪い。C3光合成は葉肉細胞のみで行われるが、葉肉細胞において光合成に必要なタンパク質をコードする遺伝子は、葉肉細胞に特異的な転写因子と結合するDNA調節領域(シス調節エレメント)の制御下で発現する(図中には示していない)。近傍の維管束鞘細胞では光合成関連遺伝子は発現していないが、DOFと呼ばれる転写因子が発現している。
b 効率に優れるC4光合成は、C3光合成から進化した。C4植物では、CO2は葉肉細胞で4炭素分子(C4)に変換され、維管束鞘細胞に輸送される。維管束鞘細胞では、4炭素分子からCO2が放出され、酸素から隔離された状態でカルビン・ベンソン回路が進行する。SwiftとLuginbuehlらの研究1から、光合成関連遺伝子は進化の過程で、維管束鞘細胞に特異的なDOFと結合するモチーフを含むシス調節エレメントを獲得したことにより維管束鞘細胞で発現するようになった、という知見が得られた。
今回の研究は刺激的だが、新たなシス調節エレメントを持つイネの光合成関連遺伝子が作製されるまでには、あとどのくらいかかるのだろうか? 朗報なのは、新しい技術の出現である。複数の遺伝子操作ツールを組み合わせた植物ゲノム編集の進歩は、転写因子結合モチーフほどのサイズの配列を遺伝子の近傍に導入する戦略におあつらえ向きだ5。残る課題は、細胞タイプに特異的な調節エレメントを、適切な条件下で遺伝子発現を高める調節エレメントと結び付けることだ。
今回の研究では、C4植物の光合成関連遺伝子発現をC3植物の維管束鞘細胞に導入するだけで十分なのか、あるいはC3植物の葉肉細胞の光合成関連遺伝子(Rubiscoをコードするものなど)の抑制が必要となるのか、という点はまだ調べられていない。葉肉細胞と維管束鞘細胞の間で代謝物分子の能動的なやりとりを加速させるために、輸送タンパク質を改変する必要があるのかどうかも分かっていない。イネの生化学的・解剖学的特徴を最適化してC4方式の光合成を実現するには、まだ多くの研究が必要だ。しかし、革新的な技術を創造的に活用し、さまざまな光合成関連遺伝子それぞれについてC3方式からC4方式へ移行した事例を比較することには、大いに期待できる。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2025.250343
原文
Evolutionary innovation hints at ways to engineer efficient photosynthesis in crops- Nature (2024-11-20) | DOI: 10.1038/d41586-024-03553-5
- Monalisha Rath & Dominique Bergmann
- 共にスタンフォード大学およびハワード・ヒューズ医学研究所(いずれも米国)に所属
参考文献
- Swift, J. et al. Nature 636, 143–150 (2024).
- Sage, R. F. New Phytol. 161, 341–370 (2004).
- Mendieta, J. P. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 121, e2402781121 (2024).
- 4 Borowsky, A. T. & Bailey-Serres, J. Nature Genet. 56, 1574–1582 (2024).
- Liu, P. et al. Nature 631, 593–600 (2024).
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