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追悼・外村彰博士

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120814

原文:Nature (2012-06-21) | doi: 10.1038/486324a | Akira Tonomura (1942–2012)

Archie Howie

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外村彰博士は、顕微鏡によって基礎物理学の分野に変革をもたらし、ロバート・ブラウン(植物学者)のように、観察研究に新たな世界を開いた。19世紀、ブラウンの顕微鏡でブラウン運動と細胞核が発見されたが、20世紀と21世紀には、外村博士の顕微鏡によって量子力学の基本原理とその応用が明らかになったのだ。

ホログラフィーによる画像化法は、透過電子の強度と位相を測定する技術であり、優れた結像性能を実現するには、きわめて安定で位相のそろった、つまりコヒーレントな電子ビームが必要となる。外村博士は、数十年かけて、そうした電子ビームを開発していった。その結果、量子力学の数多くの思考実験が実際にできるようになり、ナノスケールでの磁場と電場に関して、詳しい情報が得られたのである。また、外村博士は、「電子線ホログラフィー」を用いて、電子の粒子と波動の二重性を説明し、さらに、より難しい条件下で、超伝導体中の磁場やその他の量子効果の測定を実行し、電子顕微鏡学のヒーローともいうべき地位を築いた。これらの業績から、外村博士のノーベル賞受賞の話が何度も流れた。その外村博士が、2012年5月2日、膵臓がんのために世を去った。70歳だった。

外村博士は、幼少期を広島市で過ごしたが、原子爆弾が投下された1945年8月6日の運命の朝を迎える2か月ほど前に、家族とともに広島を引っ越していた。その後、1965年に東京大学理学部物理学科を卒業し、日立製作所に就職、中央研究所に配属された。高名な電子顕微鏡学者である渡辺宏博士から貴重な指導を得て、外村博士の長い研究人生が始まった。

その当時、エンジニアリング会社トムソン‐ヒューストン社(英国ロンドン)の物理学者Dennis Gaborは、ホログラフィーという手法を用いて、電子顕微鏡の分解能を高めるアイデアをすでに発表していた。その技術は、いくつかの実現可能性試験にも合格していた。しかし、ホログラフィーがすぐに応用され、めざましい成果を挙げたのは、電子顕微鏡の分野ではなく、光学の分野だった。レーザーを利用したホログラフィーで、画期的な三次元画像が得られたのである。この業績が認められ、Gaborは後にノーベル賞を受賞した。

電子線ホログラフィーのさらなる進歩は、チュービンゲン大学(ドイツ)のGottfried Möllenstedtによる「電子線バイプリズム」の発明を待たなければならなかった。このバイプリズムは、フィラメントを正に帯電させて、その両側を通る電子が重なり合うようにした装置である。外村博士は、1973~74年にMöllenstedt研究室に短期留学し、その後、日立製作所に戻って、1978年にこの技術を用いて初めて実用的な電子線ホログラフィー顕微鏡を作製した。

この電子線ホログラフィー顕微鏡が、アハラノフ‐ボーム効果(AB効果)という奇妙な量子現象をめぐる論争に決着をつけたといってよい。AB効果とは、電子が、近くにある磁場を透過しなくても、その電子の波動関数の位相が磁場によって変化する効果をいう。ところが、この考え方は、実用的な電子顕微鏡を開発する際に用いられる古典理論とうまく整合しない。外村博士は、初期の実験で、AB効果が確認できたと思われる結果を得たが、批判的な研究者は、磁場が漏れたために位相変化が観測されたのではないか、と主張した。そこで外村博士は、超伝導体で取り囲んだリング状磁石を作製して漏れ磁場をなくしたうえで、それを銅層ですっぽり包んで、透過電子線が磁場領域に入らないようにした。そして、電子線ホログラフィーを用いて、リング状磁石の内側と外側の電子線の位相差が予測どおりに生じることを確認した。この見事な決定的な1986年の実験によって、AB効果は間違いなく存在することが証明され、外村博士の実験の重要性は、直ちに電子顕微鏡の分野を超えて、広く科学の世界で認知されるようになった。

Gaborが構想していたような通常の電子顕微鏡の分解能を超える電子線ホログラフィー顕微鏡は非常に少ない。しかし、外村博士は、ホログラフィーで電子線の位相を検出するという方法によって、その実用的応用分野を切り拓き、主導的な役割を果たしていった。1989年には、超伝導薄膜から生じる磁気渦の画像化という大きな成果を挙げ、それをもとに、さまざまな金属超伝導体とセラミック超伝導体における磁気渦の観察が行われた。また、外村博士の研究チームは、微粒子、磁気テープ、そして最近ではスキルミオン格子(電子スピンの複雑な構造によって生成した磁気渦が周期的に配置されたもの)の磁場分布を測定した。量子コンピューティングの分野では、これら「キュービット」候補の挙動を調べるうえで、超伝導渦の観察がカギを握っている。

外村博士は、不屈の粘り強さを持ち、実験上手で、想像力が豊かなうえ、優れたコミュニケーション能力を兼ね備えており、論文やセミナーでの研究成果の発表には細心の注意を払っていた。忘れられないのが1994年の英国王立研究所(ロンドン)における講演会で、外村博士は、1時間という厳格に定められた持ち時間をほぼきっちり使い切って講演を終えた。彼の印象的な磁気現象の画像は、主要学術論文誌の表紙を飾ることが多かった。数多くのインターネットユーザーは、彼が行った古典的な「二重スリット実験」の映像から、今も量子力学の最も重要な謎について学んでいる(go.nature.com/722hph参照)。この映像では、バイプリズムを通過する電子が、粒子として1つずつ一見ランダムに検出器に到達するが、時間が経過すると、全体として波の干渉縞模様ができあがっていく様子が見えてくる。

外村博士の輝かしい評判と説得力は、彼の野心的構想に対する日本政府からの財政支援を確保するうえで役立った。そして、2010年には、日本の個別研究プロジェクトに対する助成金としては史上最高額の助成金を得た(Nature 2010年4月15日号966~967ページ、本誌2010年7月号7ページ参照)。ところが、その翌年、彼は重い病気にかかり、とうとう帰らぬ人となってしまった。プロジェクトは、Gaborが当初構想したような分解能の向上をめざしたもので、高電圧の電子線ホログラフィーを用いて、電子の波動関数による三次元画像を生成するという内容だ。このプロジェクトは後継者に引き継がれるが、その成否は、新たなリーダーが外村博士のようなインスピレーションに富んだ研究者かどうかにかかっている。

(翻訳:菊川 要)

Archie Howieは、ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所(英国)に所属する物理学者、電子顕微鏡学者。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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