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福島第一原発事故による被曝量の国際評価

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120807

原文:Nature (2012-05-24) | doi: 10.1038/485423a | Fukushima’s doses tallied

Geoff Brumfiel

国連科学委員会と世界保健機関は、それぞれ独自に、福島第一原発事故による放射線被曝について包括的な評価を進めてきた。それによると、原発周辺地域の住民や原発作業員の健康に及ぼす影響は、非常に小さいとする調査結果が出た。

2011年3月の福島第一原発の事故により大量の放射性物質が放出されたが、この放射性物質にさらされたことが原因でがんになる人はほとんどいないだろう。がんになる人がいたとしても、その因果関係を明らかにすることはできないだろう。原発周辺地域の住民と、大破した原子炉を制御下に置くために奮闘した数千人の原発作業員の被曝線量について包括的な評価を行った2つの独立の報告書では、このように結論付けられている。

報告書の1つは、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR、ウィーン)」の小委員会が作成したもので、Natureが独占取材を行った。この報告書では、原発事故のあらゆる側面に関して広範な問題が検討されている。もう1つの報告書は、世界保健機関(WHO、ジュネーブ)が事故後1年間の一般住民の被曝量を見積もったもので、Natureは、その草稿を見ることができた。そして2012年5月21~25日にウィーンで開催されたUNSCEARの年会では、両方の報告書についての議論がなされた。

UNSCEAR委員会の分析によると、福島第一原発の作業員のうち167人が、発がんのおそれがわずかに高くなる量の放射線を被曝したことが示唆されている。一方WHOの報告書によると、速やかな避難が功を奏し、ほとんどの一般住民の被曝量は政府が定めた基準値を下回っていたものの、基準値を上回る被曝をした住民も一部存在したとのことだ。ただ、UNSCEARの委員長であるWolfgang Weissは、「健康リスクがあるとすれば、被曝量の多い原発作業員のほうでしょう」と言う。しかし、原発作業員でさえ、将来がんになったとしても、原発事故と直接関連付けることはできないかもしれない。原発作業員の人数が少ないうえ、日本のような先進国では、がんの通常の発生率が高いからである。

原発事故の発生以来、人々は放射性降下物の影響を心配している。UNSCEARの科学者は、自分たちが入手できる最高のデータを独自にまとめたこの報告書が、人々の不安を払拭するのに役立つことを期待している(Nature 483, 138-140; 2012参照)。UNSCEARの報告書は、原発作業員の被曝量について予備的な評価を行うだけでなく、放射性物質の放出量は日本政府の見積もりの10倍以内であったと評価し、原発事故が周辺の植物、動物、海洋生物に及ぼす影響を完全に解明するには、さらなる研究が必要であると結論付けている。来年、この報告書の最終版がUNSCEARの全体委員会の承認を受ければ、将来の研究のベースラインとして役立つはずだ。

福島第一原発の危機は、2011年3月11日に発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が誘発した巨大津波により引き起こされた。高さ14 mの津波により、福島第一原発の6基の原子炉のうち4基は水浸しとなった。そして原子炉は全電源喪失状態となり、非常用炉心冷却装置を作動させることができなかったため、メルトダウンと爆発を起こして、大気中と海洋に放射性物質をまき散らした。ただ、事故が発生した2011年中に、原子炉は冷温停止状態となり、放射性物質の放出もおおむねなくなった。

一般住民と原発作業員の被曝量
原子炉のメルトダウンにより、福島第一原発の周辺地域住民と原発作業員の大半は、少量の被曝をすることとなった。2012 年4 月、日本政府は一部地域の住民に対する帰宅制限を解除したが、飯舘村と浪江町の住民は、ほかの地域の住民よりも多く被曝している可能性がある。

UNSCEARは、1986年のチェルノブイリ原発事故の際に当時の決定版となる報告書を作成したときと同様に、2011年の秋以降、福島の放射線に関して入手可能なデータのすべてを検証している。特に重要なのは、原発作業員2万115人の匿名化した医学データの徹底的な調査である。福島第一原発の作業員には、原発を所有する東京電力の社員と、その協力企業の従業員がいるが、調査の結果、146人の東電社員と21人の協力企業従業員の被曝量が100ミリシーベルト(mSv)を超えていたことが明らかになった。これは、発がんリスクがわずかに高くなることが知られている被曝量である。そのうちの6人の被曝量は、緊急時に復旧作業にあたる原発作業員の被曝量の上限として日本の法律が定めている250 mSvを超えていた。さらに、3号機と4号機の制御室にいた2人のオペレーターは、放射性ヨウ素131(131I)が体内に取り込まれるのを防ぐヨウ素剤(ヨウ化カリウム)を摂取していなかったため、被曝量が600 mSvを超えていた(『一般住民と原発作業員の被曝量』参照)。ただこれまでのところ、どちらのオペレーターについても、被曝による悪影響は確認されていない。

被曝量が多かった作業員の大半は、事故後早い段階に被曝した。事故発生から数時間、少人数のチームが原子炉建屋内に入って損傷を調べ、手動でバルブやその他の装置を操作している間、彼らは真っ暗になった制御室に集まっていた。特に事故発生直後は、どの場所にどのくらいの放射線があるのかわからないことも多かった。報告書によると、作業員が浴びる放射線量をモニターするための自動システムが適切に作動していなかったという。2012年4月中旬になってようやく、原発作業員の基本的な入出管理と放射線量モニタリングが回復した。

原発事故により発生する可能性が高いがんは甲状腺がんと白血病だが、専門家の意見は、いずれのがんについても検出できるほどの増加はないだろうということで一致している。米国立がん研究所(メリーランド州ロックビル)でチェルノブイリの調査チームを率いる馬淵清彦は、「発がんリスクの増加は、統計的には検出できないほど小さいものかもしれません」と言う。福島の作業員よりはるかに被曝量が多かったチェルノブイリの除染作業員は、調査の対象となった11万人のうち0.1%がこれまでに白血病になっている。しかし、すべての原因がチェルノブイリの原発事故にあるわけではない。

それと比較すると、福島第一原発から20~30 km圏内の約14万人の地域住民の健康リスクはさらに小さいようである。WHOは、事故当時の詳細な放射線測定データが入手できなかったため、吸入、経口摂取、放射性降下物の付着量から住民の被曝量を見積もった。その結果、福島県と近隣県のほとんどの住民の被曝量は10 mSv未満であったと推定された。しかし、事故から数か月後に避難した飯舘村と浪江町の住民の被曝量は10~50 mSvに上った。日本政府は、原発事故による住民の年間被曝量を20 mSv未満にすることを目標にしており、長期的には、この地域の住民の年間被曝量が1 mSv未満になるところまで除染を進めたいと考えている。

日本の科学者が行ったいくつかの健康調査では、原発周辺地域も含めて、一般住民の被曝量は1~15 mSvの範囲内であるという結果が出ており、WHOの計算結果は、こうした日本の調査結果と一致している。けれども1つだけ不安があった。浪江町に住んでいた幼児の131Iの甲状腺被曝量が、甲状腺がんのリスクが高くなる100~200 mSvに達しているおそれがあったのだ。しかし、この地域の1080人の子どもに関する調査を行った結果、50 mSvを超える甲状腺被曝をした者は1人もいなかったことが明らかになった。ちなみに、チェルノブイリの原発事故で被曝した子どもたちのがんで最も多かったのは甲状腺がんだった。

怯えと怒り

原発周辺地域の住民の人数は原発作業員の人数よりも多いため、住民ひとりひとりのリスクは低くても、将来的には、被曝による住民の発がん件数が作業員の発がん件数よりも多くなる可能性がある、とコロンビア大学(米国、ニューヨーク市)の放射線科医David Brennerは言う。けれども彼は、一般住民の被曝と発がんが決定的に関連付けられることはないだろうと考えている。放射線の影響のない普通の状況でも、「すべての人の40%ががんになるのです」と彼は言う。「疫学調査によってリスクの増加が検出できるとは思えません」。ただし、住民に対して、彼らが騙されていないことを納得させ、少しでも安心させるために、疫学調査を実施するのは有効かもしれない、と彼は付け加える。

地震と津波と原発事故による精神的なストレスを原因とする健康リスクのほうが、被曝を原因とする健康リスクよりもはるかに大きい可能性がある。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の精神医学的疫学研究者Evelyn Brometによると、チェルノブイリ原発事故により避難を余儀なくされた人々における心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症率は、全人口における発症率に比べて高かったという。福島では、そのリスクはさらに大きくなる可能性がある。彼女は、福島県立医科大学が行っている調査について、「私は、こんなひどい結果となったPTSDアンケートを見たことがありません」と言う。福島の人々は、「すっかり怯え、深い憤りを感じています。彼らはもはや、誰からの情報も信用できずにいるのです」。

全体的にみると、2つの報告書により原発事故直後の日本政府の対応は信頼性が裏付けられた。福島県立医科大学の研究者で、福島県民の健康調査を行うチームを率いる山下俊一は、今回の知見が被災者のストレス軽減に役立つことを期待している。けれども、これだけでは、日本政府と被災者との信頼関係を再構築するには不十分であるかもしれない。東京大学アイソトープ総合センター長で、原発事故への日本政府の対応を批判する急先鋒に立っている児玉龍彦は、この報告書の価値を疑問視している。「非常に短期間の日本滞在で、地方で何が起きているかをその目で見ることも許されない国際機関が、性急に報告書を作成するようなことはやめるべきだと思います」と彼は言う。

約70人の科学者からなるUNSCEARの作業委員会は、最終報告書を完成させるにあたり、これからしていかなければならないことはたくさんある。委員たちは今後も、事故に関するデータの出所を独自に確認し、原子炉から環境に放出された放射性物質の流れのモデルづくりを進めていく必要がある。原発作業員については、「統計的な追跡調査よりも、個人の医学的な追跡調査のほうが重要です」とWeissは言う。「人々は、我々が言うことが本当かどうかを知りたがっているのです」。

(翻訳:三枝小夜子)

補足報告は野沢里菜による。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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