Editorial

実験用霊長類の確保に向けて、立ち上がれ

英国航空、ルフトハンザ航空、デルタ航空の本社前で、脳卒中やパーキンソン病患者の写真を貼ったプラカードを振り上げ、科学者がデモをするときが近づいている。生物医学研究に対する航空会社の妨害を、止めなければならないからだ。正常ならこんな行動は必要ないのだが、今後も動物を研究モデルとして使いたいのであれば、もはや科学者が最前線に出ていくしかない。動物の権利擁護運動の活動家と同じくらい目立つよう、強い決意と組織力、粘り強さで行動しなければならない。

動物実験反対派は、運輸会社を標的とする新たなキャンペーンを展開し、国民感情のツボをうまく押さえることに成功した。その結果、研究室宛の実験用霊長類の輸送を引き受ける主要航空会社は、数社にまで減ってしまった(Nature 2012年3月22日号381ページ参照)。反対運動の標的は、霊長類の輸送にとどまらない。2012年に入って、英国向け実験用齧歯類の輸送を担っていた最後の海運会社が、その取扱いを中止した。この中止で、動物実験が規制の緩い国々へと移る可能性がある、と科学者は警告する。

この問題の主役は、活動家ではなく「声なき多数派」だ。そこには、大部分の科学者、一般市民、そして病気やけがをした数百万人の患者とその家族が含まれる。今後の霊長類実験、そして究極的にはすべての動物実験による進歩を確実に享受するために、「声なき多数派」は今、人間の健康を守るために結集しなければならない。

もちろん、科学者とその支援者は、研究における動物の犠牲について、隠し立てしない姿勢を今後も堅持しなければならない。自らが管理する動物の世話に問題があれば、それをオープンに認め、直ちに修正し、最大限の再発防止策をとらねばならない。また、すでに規則に定められているように、できるかぎり下等動物や非動物のモデルを使う努力を進めなければならない。と同時に、科学者は、動物実験によって人命が救われ、人生が好転した事例を具体的かつ説得力をもって力説しなければならない。

脳卒中は、米国で毎年約79.5万人が発症し、医療費は400億ドル(約3.4兆円)以上に達する。急性脳卒中から脳細胞を守ることをめざした実験的治療法が、これまでに1000種以上開発されたが、ヒトに有効なものはなかった。しかし、2012年2月に発表されたマカクザルを用いた研究論文(D. J. Cook et al. Nature 483, 213-217; 2012)で、治療法は大きく進歩した。マカクザルは齧歯類よりも神経構造、遺伝的特性と行動がヒトに近い。この研究では、PSD-95阻害剤の投与によって、脳卒中で死滅する脳組織の容積が減り、神経機能も著しく保持されることが明らかになった。ヒトでの臨床試験が行われ、これまでのところ有望な結果が得られている。

霊長類実験からは、ほかにも多くの成果が得られている。四肢麻痺の患者が、その意思で人工四肢を制御するためのブレイン・マシン・インターフェースもその一例だ。血友病Bの遺伝子治療、進行期パーキンソン病の症状を緩和する深部脳刺激の試験などもある。また、HIVの母子感染を予防するための抗ウイルス治療法、非ホジキンリンパ腫の重要な治療薬であるリツキサン(リツキシマブ)、50年ぶりの新しいエリテマトーデス治療薬ベンリスタ(ベリムマブ)などの開発にも役立った。さらに、エボラウイルスに対するワクチンの研究が進展し、糖尿病治療薬ピオグリタゾンが早期パーキンソン病の進行を抑えることも確認された。

こうした研究を止めることは許されない。科学コミュニティーとそれを支援する患者団体や研究支援団体は、主要航空会社に対して強く働きかけるべきだ。一方、今でも実験用霊長類の空輸を続けるエールフランスには、明確な支援を表明すべきだ。その一方で、動物権利擁護運動の支持者に対しては、運動の結果が人間の犠牲を伴うという厳しい現実を突きつけるべきだ。

緊急かつ劇的な行動が、今必要だ。研究コミュニティーが沈黙し、受け身の姿勢をとれば、悲惨な状況になるのは明らかだ。思いやりと責任をもって、最も理にかなった方法と環境で実験動物と接している国々で、動物実験ができなくなってしまうからだ。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120628

原文

Flight risk
  • Nature (2012-03-22) | DOI: 10.1038/483373b