放射性炭素14の超高感度測定法
放射性炭素14による年代測定は、考古学などの分野できわめて重要な技術であり、炭素含有試料であれば、約5万年前までの年代を推定することができる。これまで、試料中の炭素14の量は、高エネルギー加速器による質量分析によってのみ、測定可能であった。しかし、その質量分析計は大きくて扱いにくく、高価でかつ複雑だった。
こうした現状の中で、イタリア・フィレンツェにある国立光学研究所(INO)のIacopo Galliらは、「光学的方法による放射性炭素濃度測定法」1を開発し、その詳細をPhysical Review Letters 2011年12月30日号で報告した。彼らの新しい方法は、現在抱えている課題を解決するとともに、年代測定だけでなく、体内で有機化合物を追跡するトレーサーとして炭素14を利用するなど、応用範囲を大きく広げていく可能性がある。ちなみに同位体分析の分野では、現在、質量分析の代わりに光学的手法を使うという技術革新が進行中で、今回の成果もその一例といえる2-4。
地球上には、自然界に存在する炭素同位体は3種類ある。最も豊富で99%を占めるのが炭素12(12C)で、残りのほとんどは炭素13(13C)だ。炭素14(14C)もわずかに存在しているが、その割合は地球大気中の全炭素の1兆分の1(0.0000000001%)にすぎない。3つの中では炭素14のみが放射性であり、半減期は約5730年で、放射標識として使えるため、さまざまな分野での応用が期待されている。
炭素14は、主に地球大気中の窒素分子が宇宙線に照射されて生成する。植物は光合成の際に大気中の二酸化炭素を取り込む(固定する)ので、植物、そしてその植物を食べた動物が死んだときの炭素14濃度は、その当時の大気中の炭素14濃度とほぼ等しいことになる。死んだ生物の炭素14量は放射性崩壊によって減少するため、炭素が固定された年代(つまり、生物が死んだ年代)は、化石の中の炭素14量を測定すれば推定することができる。具体的には、試料中の炭素14原子の個数とほかの炭素原子の存在比を測定すればよい。これが放射性炭素年代測定の原理であり、考古学の発掘場所から見つかった化石の年代を推定するうえで、きわめて有効な技術となっている。
ただし、炭素14がごく微量であるため、放射性炭素による年代測定は技術的には難しい。通常、同位体比の測定は質量分析法によって行われる。これは、イオンが真空中の電場や磁場、あるいはその両方の中を飛ぶときの軌跡を測定して、質量を測る方法である。しかし、標準的な質量分析計の分解能では、最もありふれた窒素の同位体である窒素14(14N)と炭素14(14C)の質量の違いを区別することができない。両者の質量差は非常に小さく、また窒素14が大量に存在するために、炭素14からの信号が覆い隠されてしまうことが多いのだ。
この問題は高エネルギー加速器質量分析を使うことで解決できる。高エネルギー加速器質量分析では、まず、試料を一連の化学変化を通して固体炭素(グラファイト)にする。そして、グラファイトにセシウムイオンをぶつけて負に帯電した炭素イオンを作り、数百万Vの正電圧で加速する。
この炭素イオンを光速の数%まで加速し、次に、気体あるいは薄い金属薄片でできた電子ストリッパー(はぎ取り装置)で正に帯電したイオンに変えて、最終的に、その正イオンの質量を決定する。窒素原子は安定な負イオンを作らないので、この方法であれば、窒素の影響を受けないデータが得られることになる。このように、高エネルギー加速器質量分析計は強力な道具である。しかし、装置を作製・維持するには数億円規模の費用がかかるため、国立研究機関にしかないケースが多いのだ。
これよりもはるかに単純な方法として、試料を完全に酸化し、あらゆる炭素原子を二酸化炭素に変えてしまう方法がある3。炭素同位体の異なる二酸化炭素は、赤外スペクトルがわずかに異なるため(つまり、わずかに異なる振動数の赤外光を吸収するため)、それぞれを区別することが可能なのだ。逆に言えば、ある二酸化炭素試料中の炭素同位体比を決定するには、気体試料中のそれぞれの炭素同位体に対応する赤外吸収スペクトルの強度を、正確に測定すればよい。幸いなことに、水蒸気や窒素などのほかの化合物と、炭素の赤外吸収スペクトルとが干渉することはない。これらの化合物の赤外スペクトルは、二酸化炭素と異なっているか、赤外遷移が“許されて”いない。つまり、赤外領域でのエネルギー遷移が量子力学によって禁じられている。
この光学的方法はすでに、炭素12と炭素13を含む二酸化炭素の炭素同位体比を決定するために用いられている3。しかし、炭素14については、含有量がごく微量であるため、測定するのが非常に難しかった。今回、Galliらは、飽和吸収キャビティリングダウン分光法5という超高感度の技術を使って、炭素原子全体に占める炭素14の比率が自然界の存在度を大きく下回る場合にも、その濃度を測定することに成功した1。
試料の年代を決定するための飽和吸収キャビティリングダウン分光法は、非常に安定な赤外レーザーを用い、高反射率反射鏡で作った光キャビティ内で二酸化炭素分子を励起させる。赤外光源をさえぎると、閉じ込められた光は、試料中の炭素14の量に依存する速度で光キャビティの中でリングダウン(減衰)する。
P CANCIO et al./INO-CNR/LENS
Galliらが使った方法1(図1)では、2枚もしくはそれ以上の数の高反射率反射鏡を用意して、光キャビティ(光共振器)を作り、その中に気体試料を置いた。光キャビティに入射した赤外光は、反射鏡の間を何度も行ったり来たりする。この結果、光の光路長が長くなり、従来の吸収実験をはるかに超える感度で、気体による赤外光吸収が検出できるようになった。
光キャビティのもう1つの重要な点は、赤外光源がさえぎられると、光キャビティに蓄えられた放射エネルギーがリングダウン(減衰)、つまり、時間とともに減少することだ。Galliらは、強力な赤外線レーザーを使うことで、赤外吸収に対応する二酸化炭素の振動–回転遷移を飽和させ、このリングダウン速度を、光キャビティ内の吸収物濃度に関する非常に精密な絶対尺度としたのである(この方法自体は、すでに赤外分光に関して報告されていた方法である5)。Galliらがリングダウン速度から得た測定結果は、約1000兆分の43の検出限界の濃度まで、試料の濃度に応じて線形に変化した。
このように優れた分解能を持つ飽和吸収キャビティリングダウン分光法は、炭素含有試料の放射性年代測定に非常に適している。それだけでなく、陽電子放射断層撮影(PET:医療分野で体の断層撮影に使われている画像撮影技術)にも応用できる可能性がある。PETでは、人工放射性同位体である炭素11(11C)で標識された二酸化炭素を使うことが多い6。
Galliらによると、この測定装置に必要な面積は約2m2にすぎず、典型的な加速器質量分析計の約100分の1だという。さらに、この装置の製造には約40万米ドル(約3300万円)しかかからず、これは加速器質量分析計の製造にかかる費用の数分の1でしかない。それでも、この赤外光技術が広く使われるためには、導入費用をさらに5分の1か10分の1程度にまで減らす必要があるとみられている。
赤外光で同位体比を測定する今回の方法は、多くの分野に応用される可能性を秘めており、まさに革新的な発明といえる。なお、質量分析では、試料のイオンは測定で中性化されてしまうので1度しか分析できない。一方、今回の方法は非破壊的であるため、繰り返し分析できるのも強みであろう。
今後この赤外分光法は、さらに改良が加えられ、炭素だけでなく、多くのありふれた元素の同位体比の測定にも使われるかもしれない。コスト削減が実現すれば、同位体比の測定技術は、物質の起源を決定する手段として、環境モニタリングから医療研究まで、幅広い分野で使われることになるはずだ。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 5
DOI: 10.1038/ndigest.2012.120512
原文
Ultrasensitive radiocarbon detection- Nature (2012-02-16) | DOI: 10.1038/482312a
- Richard N. Zare
- Richard N. Zareは、スタンフォード大学(米国)化学科に所属。
参考文献
- Galli, I. et al. Phys. Rev. Lett. 107, 270802 (2011).
- Crosson, E. R. et al. Anal. Chem. 74, 2003–2007 (2002).
- Zare, R. N. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 106, 10928–10932 (2009).
- Kasyutich, V. L. & Martin, P. A. Infrared Phys. Technol. 55, 60–66 (2012).
- Giusfredi, G. et al. Phys. Rev. Lett. 104, 110801 (2010).
- Kasyutich, V., McMahon, L. A., Barnhart, T. & Martin, P. A. Appl. Phys. B 93, 701–711 (2008).