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暗殺ではイランの核開発を遅らせることはできない

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120424

原文:Nature (2012-01-19) | doi: 10.1038/481249a | Murders unlikely to slow Iran’s nuclear efforts

Sharon Weinberger

専門家は、イランの核開発計画を遅らせるには国際社会による制裁が最善の方法であると指摘する。

それはまるで『007シリーズ』の映画のようだった。2012年1月11日、32歳のMostafa Ahmadi Roshan Behdastが車に乗っていたところ、バイクに乗った男が、マグネット式の爆弾を彼の車に取りつけて走り去っていった。その数秒後、爆弾は爆発し、Ahmadi Roshanは死亡した。彼は、イランのウラン濃縮施設の職員だった。

L TO R: ロイター/アフロ; B. MEHRI/AFP/GETTY; A. KENARE/AFP/GETTY; AP/アフロ; Fars News Agency/AP/アフロ

この事件は、映画のようなすっきりした結末を迎えられそうにない。数年前から、イランの核開発計画を標的にしていると思われる暗殺やその他の攻撃が何件も発生しているからである(「狙われたイラン人科学者」参照)。

専門家は、少なくとも一部の事件は、イランによるウラン濃縮を遅延させようとする外国政府が組織的に起こしたものだろうと見ているが、その戦略の有効性については首をかしげる。ハーバード大学ベルファー科学国際問題研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の上級研究員であるOlli Heinonenは、「直接的な効果は、非常に小さいでしょう」と言う。「もしも私が国家安全保障のカギとなるプロジェクトを抱えているとしたら、1人の人間にすべてを任せるようなことは決してしないからです」と彼は言い、イランの核開発計画を遅延させるには、国際社会による制裁のほうが有効であると示唆する。

国際原子力機関(IAEA、ウィーン)の前事務次長であるHeinonenは、誰が、何のために暗殺を命じたのか、証拠はまだないと指摘する。西側の新聞の多くはAhmadi Roshanを核科学者と報道したが(彼が学位を取得したのは化学工学だった)、イランのマスコミは、彼はナタンツのウラン濃縮施設のマーケティング副部長だったと報道し、イランの核開発計画のカギを握る人物ではなかったとしている。

ロンドン大学キングズ・カレッジの名誉教授である物理学者Peter Zimmermanは、状況によっては、幹部を殺害することで核開発計画を遅延させられる場合があると指摘する。例えば、第二次世界大戦中の1942年か1943年に、マンハッタン計画の責任者だった軍人のLeslie Grovesが暗殺されていたら、原爆開発計画は大幅に遅れていただろう。この時期、原爆開発計画はまだ疑問視されていて、Grovesの強力な擁護がなかったら、頓挫していた可能性があったからだ。

しかし、「1944年にJ. Robert Oppenheimerが暗殺されても、広島への原爆投下は1か月どころか1週間も遅らせることはできなかったでしょう」とZimmermanは言う。彼によると、これまでのイラン人犠牲者のうち、核開発計画に重要な役割を果たしていた人物は1人もいないという。

イランの核開発計画の幹部を特定することさえ困難かもしれない。関与が疑われる科学者は、しばしば学術研究機関に所属しているからだ。2007年、私はFereydoun Abbasi-Davaniにインタビューをしたが、彼は、自分は大学教授であり、核に関する知識の普及を目的とするイラン原子力学会という学術団体の会長であると自己紹介した。しかし彼は、イランが秘密裏に進める軍事計画に関与しているとして、国連の制裁リストにも載っていた。2010年、Abbasi-Davaniは暗殺者に襲撃されたが、命はとりとめ、後に、テヘランにあるイラン原子力庁の長官に任命された。

インタビュー当時、Abbasi-Davaniは、イランの核開発計画を妨害しようとする各種の工作は「無益」であり、長期的な影響を及ぼすことはできないだろうと主張した。例えば、米国の主導により、各国は核反応の計算に利用できるソフトウェアをイランに販売することを禁止したが、イランの科学者は、海外の関係筋から得た情報を利用するなどして、独自にソフトウェアを開発したという。「計画は遅れましたが、我々はほかの方法を用いて、必要な知識とノウハウを入手することができたのです」。

プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン公共・国際問題スクール(ニュージャージー州)の准研究員Scott Kempは、2010年にStuxnetというコンピューターウイルスがナタンツのウラン濃縮施設の遠心分離機を破壊した際にも、同様の回復が見られたと指摘する。「彼らは攻撃を受けた施設を改良し、より高速にウランを濃縮できるようになりました。攻撃から6週間もしないうちに、彼らは遅れを取り戻してしまったのです」。彼によると、イランはその後さらにウラン濃縮能力を向上させ、核兵器に適した高濃縮ウランの製造に近づいているらしいという。

Kempは、イランの核兵器開発計画への関与が疑われる科学者の暗殺にも、同様の効果があるかもしれないと言う。すなわち、核戦力を保有しようというイランの決意をくじくどころか、逆に強めてしまうのだ。「こうした工作は、意図したものとは異なる、予想外の結果につながることがあるのです」。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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