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研究に商業価値を

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120307

原文:Nature (2011-12-01) | doi: 10.1038/480015a | Scientists, meet capitalists

Eugenie Samuel Reich

米国では、政府機関と学会が研究者に起業を指南して、新しい雇用を生み出そうとしている。

Satish Kandlikarにとって、そんなプレゼンテーションは生まれて初めてだった。昨年12月14日、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)で米国立科学財団(NSF)のイノベーション・コープス(I-Corps)による、全く新しい講演があった。それは、発光ダイオード(LED)を冷却して寿命を延ばす技術について、ベンチャービジネス投資家に発表するというものだ。だが、資金調達が目的ではない。21名の研究者が、ビジネス界から集まったインストラクターの前で起業家の役を演じ、指南を受けるというのだ。

この講演は、昨年7月に発足したI-Corpsにとっても初めてのものだった。I-Corpsは、NSFが資金を提供する研究を軸としたビジネスプランの開発を目的として、この21名の主任研究員に、1人当たり5万ドル(約390万円)を提供している。ロチェスター工科大学(米国ニューヨーク州)で機械工学を研究しているKandlikarもその1人だ。会議では、助成金を受ける側が、自分のアイデアに対して意見を求めることになっていた。Kandlikarは、研究から製品を生み出すという仕事は、自分たちにはあまり経験がない、と語る。「研究者ですから、製品を市場に出す方法なんて知りません。こうしたプログラムが推進力になってくれるのです」。

米国の科学機関は、助成金を受ける研究者に、産業界とのコネクションの形成を促し続けてきた。1982年に発足した中小企業技術革新研究プログラムでは、NSFや米国エネルギー省などの機関が毎年拠出する助成金の2.5%をベンチャービジネスに配分している。米国の大学の多くも、教官たちが研究成果を特許化・実用化することを支援している。

失業率が高く、連邦予算の削減が迫っている今、科学機関は、コストのかかるお荷物ではなく、自ら経済政策に参画したいと考えている。政府内では、諸機関が、自らの活動を雇用創出に結びつける方法を模索している。学術研究機関が起業家として自己改革し、あわよくば企業を設立することを推進するこうしたNSFの動きにより、研究の商業化が新たなレベルへと引き上げられるだろう。

I-Corpsはその動きを加速させており、次回のプログラムはより拡張されている。米国では化学の研究職ポストが減少傾向にあるため、米国化学会(ACS:ワシントンD.C.)は、起業訓練プログラムをスタートさせ、化学者に自分のチャンスを創出させようというのだ。その初回の応募が1月15日に締め切られた。

ハーバード大学の著名な化学者、George Whitesidesは、「学生が『外に出て世界の役に立つことがしたい』と言ったら、まずは、自分の会社を立ち上げなさい、と教えるでしょう」と語る。Whitesidesは、昨年11月2日に開催された大統領科学技術諮問委員会(米国ワシントンD.C.)の会議に出席し、また、技術革新と化学と職を考える最近のACSパネルでも進行役を務めた。

しかし、研究者のキャリア選択を研究してきたジョージア工科大学(米国アトランタ)の経済学者、Henry Sauermannによれば、多くの研究者は起業に消極的だという。「安全性や安定性がないことに不安を感じているのです」とSauermannは説明する。

一方、学術研究機関の起業を研究してきたメリーランド大学(米国カレッジパーク)の社会学者、Waverly Dingは、研究者としての地位を確立している者にはI-Corpsのようなプログラムが機能する可能性がある、と言う。しかし、若手研究者は資金集めにことさら苦労しており、そのために研究時間が奪われてしまうのはためにならないだろう、とも言う。

起業プログラムでは、起業という選択によりどんなメリット・デメリットがあるかを研究者に重点的に教えるべきだ、とSauermannは考えている。I-Corpsを取り仕切るNSFプログラム担当者3人組の1人であるErrol Arkilicは、今回のプログラムの目的はまさにそれなのだと打ち明ける。だからこそ、スタンフォード大学での会議では、ビジネスプランを評価するベンチャービジネス投資家は、潜在的な投資家ではなくインストラクターになっていたのだ。

だがその一方でArkilic は、「このプログラムは、研究者に自分の研究の商業的な値打ちを理解してもらうために発足した」のであって、起業して雇用創出させることが目的ではないと説明し、結果としてそこだけが取り上げられるのならば、NSFとしては不本意だ、と漏らす。

Kandlikarは、自分の研究が経済的利益を生み出せばよいとは思っているが、すでにその活動には大きな代償を支払っている。研究チームは、ビジネスプランに1週間当たり100時間も費やしているのだ。

科学界だけでなく、産業界にも献身が求められているのである。

(翻訳:小林盛方)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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