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欧州でのヒトES細胞研究にブレーキ

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120318

原文:Nature (2011-12-15) | doi: 10.1038/480310a | The cell division

Alison Abbott

ドイツ人研究者Oliver Brüstleは、10年以上もヒトES細胞関連の特許について闘ってきた。しかし、欧州司法裁判所が下したのは、思いも寄らぬ厳しい判決だった。

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2011年10月18日、ルクセンブルクの欧州司法裁判所で、ある重大な判決が下された。ドイツ人神経科学者Oliver Brüstleのヒト胚性幹細胞(ES細胞:あらゆる種類の成熟細胞に分化できる能力を備えた細胞)に関する特許権に対して、環境保護団体グリーンピースが無効とする訴訟を起こしていたのだ。

この日のルクセンブルクは曇り空で、季節外れの蒸し暑さだった。だが、法廷で裁判官を待ち受けるBrüstleには、汗など見られない。やがて、ゆったりとした深紅色の法服を着た13人の裁判官が入廷し、判決を言い渡した。みるみるとBrüstleの額には汗がにじみ、心拍数は上がり、息があがった。裁判所の外では、にわかに暗くなった空から雨が激しく降り出した。

裁判長が4ページの判決文を読み上げるのには2分ほどしかかからなかった。判決内容はグリーンピースの言い分を支持するものだった。判決文には、たとえ間接的であってもヒトES細胞株を用いた特許はすべて、道徳上の理由により欧州連合(EU)の全加盟国において違法であると言明されていた。予想外だったのは、ヒトES細胞株を用いた研究もすべて同様に道徳に反すると付記されていたことだ。この判決に対する上訴はできない。

Brüstleは大きなショックを受けた。「個人的にいちばんこたえたのは、ヒトES細胞株を用いて研究している研究者は、とにかく道徳に反しているという非難の論調でした」とBrüstleは話す。彼は、この裁判で勝てると信じて疑わなかった。「でも今は、これですべてが終わったのだと感じています」。

Brüstleがここに至るまでには、長い紆余曲折があった。彼はヨーロッパの著名な幹細胞研究者の1人であり、ドイツのボン大学を研究拠点にしている。ドイツは科学研究の盛んな国だが、どんな種類のものであれ、新しい遺伝学技術の受け入れはいつも慎重で遅れがちである。Brüstleは、今回の特許をめぐる闘いのはるか前にも、ヒトES細胞を使った研究をするために闘ったが、ドイツ政府はその合法性の承認に二の足を踏んだ。

ES細胞をめぐる最近の論争は、ヒト胚を使って得られた発見の特許権に伴う倫理に集中している。特許はきわめて重要だとBrüstleは言う。彼は、ヒト胚を使って命を救える治療法を開発できると考えているが、特許が絡まないと、産業界はそうした研究に関心を持たないだろうと思われるからだ。一部では、特許が実際には研究の妨げになることもあると非難する人々もいるが、Brüstleは、学術機関が取得した特許は通常、ほかの研究者も無料で利用できると主張する。

彼の闘いは孤独であり、自分はともかく、家族にも多大な負担を強いていることもわかっている。一時は、警察による警備が家族に付いたこともあった。しかし彼は、引き下がろうと考えたことは一度もないと言う。「政府ではなく、環境保護団体が研究の理念を規定するなんて、正当とは到底思えません」と彼は話す。

Brüstleの頑としたこだわりは、攻撃的な人柄からきているわけではない。彼はもの静かで、傲慢なところなどない人物だ。「彼の闘いの原動力は、科学に対する強い信念にほかならないと思います」と、ミラノ大学(イタリア)の幹細胞生物学者Elena Cattaneoは言う。彼女は、欧州委員会が運営する科学ネットワークの一環でBrüstleとともに研究を行ったことがある。また、リーバー脳発達研究所(米国メリーランド州ボルティモア)の幹細胞研究者で、Brüstleのかつての指導教官Ronald McKayは、「Oliverは倫理問題の議論で重要な人物の1人であり、大きな称賛を受けてしかるべきです」と話す。

そうした信念によってドイツでのヒトES細胞研究は多少進展したが、現実的には、ほんの一握りの研究グループしか、ヒトES細胞株を使って研究しようとしなかった。しかも、Brüstleの特許をめぐる闘いは裏目に出てしまったかもしれない。というのも、今回の新しい判決によって、ヨーロッパでのヒトES細胞研究が遅れてしまう可能性が出てきたからだ。多くの研究者たちは、今回の判決が幹細胞研究は道徳に反するものだと明言したことで、研究助成機関が資金提供を中止する方向に動くのではないかと恐れている。これは、ヒトES細胞の使用を含む特許権は、外国のものでも国内のものでもヨーロッパでは認められず、保護されないことを確実に意味する。生物系特許に反対して孤軍奮闘している活動家で、グリーンピースのキャンペーンを陣頭指揮したこともあるChristoph Thenでさえ、今回の法廷が下したヒトES細胞研究に関する広範囲に及ぶ「有罪判決」には驚きを隠せなかった。「道徳的にみて、いかなる生命の形態であっても、それを使って特許を得る権利は誰にもないと思います。ですから、この判決は我々にとって快挙と言える勝利です。しかし、我々の本意は、この分野の基礎研究を止めることではありません」とThenは話す。

「今振り返って、これまでの特許をめぐる私の闘いが正しかったのかどうかを問うことは簡単です。ほかの国々の幹細胞研究者たちを巻き添えにしてダメージを与えてしまったことは、申し訳なく思っています」と現在のBrüstleは語っている。しかし、また同じ状況になれば、自分は全く同じことをするつもりだとも言う。「ドイツにもっと進歩的な規範を、という目的で始めたものが、結果的にヨーロッパを厳しく制限することにつながってしまうとは、誰が予想できたでしょうか」。

Brüstleは、ドイツ南部にあるウルム大学の医学生時代に、「脳」に魅了された。彼は神経外科医になろうとキャリアを積み、エアランゲン大学にレジデントとして勤務した。だがまもなく、基礎研究に強い思いを抱くようになった。1993年、レジデントを中断すると、米国の国立神経疾患・脳卒中研究所(メリーランド州ベセスダ)のMcKayの研究室に入った。McKay研では、ヒト胎児の脳細胞を胚期のラットの脳に移植するとどうなるかを調べた1。「研究室ではこんなジョークが交わされていたんですよ。移植細胞が新しい環境に対して、外向的な米国人のように適応するのか、それとも保守的なヨーロッパ人のように適応しないのか、知りたいものだってね」と彼は振り返る。(結果は、無事に適応して生着した。)1990年代半ばになると、いくつかの研究グループが、成長因子を使ってマウスES細胞から心臓細胞を作り出す手法を開発した。Brüstleは、この手法を使って神経細胞を作製した2。「あっという間に、幹細胞生物学は生体再建療法に手が届きそうなところまで進展したのです」と彼は話す。

やがてBrüstleは、ドイツに戻って研究者として独立することを考え始めた。当時ドイツでは、大学や政府が、基礎研究がいかなる利潤を生むか、あるいは公共の利益にどう結びつくかを考えるよう、研究者に強く奨励していた。なかでも特に奨励されていたのが特許の取得だ。Brüstleは思い返す。「新聞には、『ドイツの研究者はなんと愚かだ。特許も取れないのだ。それに比べて米国の研究者は自国の経済を助けているではないか』と書かれていました」。

1997年9月、Brüstleはボンに戻り、すぐに、ES細胞から神経前駆細胞を作製するための手法に関する(後に彼の運命を左右することになる)特許をドイツ特許庁に出願した。これはマウスの研究に基づくものだったが、ヒトも含めた霊長類をはじめ、ほとんどの動物種を対象範囲としていた。神経前駆細胞を際限なく供給できる手法があれば、必ずや医療に役立つだろうと彼は考えていた。「商業利用については具体的に考えていませんでした。いつか、どこかの企業がこの特許使用権を欲しがり、医療への応用につながるのではないかと考えていたくらいでした」と彼は話す。この特許は1999年に認められた。

その前年、当時ウィスコンシン大学マディソン校にいたJames Thomsonが、世界で初めて、ヒト胚からの幹細胞株の樹立に成功していた3。多くの研究者と同様に、Brüstleもその細胞株を入手して、自身の動物研究の成果を応用したいと強く思った。彼は、Thomsonのもとに共同研究の申し出が殺到していることを知り、とりあえずマディソンへの飛行機を予約した。「私はJamieに、直接会って共同研究について話し合う時間を彼が持てるまでホテルに滞在する、と伝えたのです」。彼らは会って、Thomsonの新しい細胞株から神経前駆細胞を作り出す方法を共同研究するという計画を立てた。

この決断は、ドイツでのヒトES細胞研究の容認をめぐるBrüstleの闘いの始まりでもあった。2000年8月、Brüstleは、Thomsonとともに考案した神経前駆細胞の作製法の研究に関して、ドイツの主要な大学研究助成機関であるドイツ研究振興協会(DFG)に交付申請書を提出した。「この申請はすんなり通らないのではないかという直感がありました。DFGにそうした研究への資金提供が許されているのかどうか、わからなかったからです」とBrüstleは振り返る。1990年に成立したドイツの胚保護法は、ヒト胚を使った研究を禁止しているが、樹立されたES細胞株を使った研究には言及していない。条文が書かれた当時、ES細胞株はまだ存在していなかったのだ。1999年になってDFGは、この問題に関しては「社会的議論」が必要であり、当面は成人幹細胞を使った研究のみに資金提供していくという見解を出した。Brüstleの申請はDFGのこの姿勢に真っ向から挑戦したものだったのだ。

Brüstleは善良なカトリック教徒であり、自身の道徳的立場を真剣に考えてきた。彼は、研究のためだけにヒト胚を作り出すことには反対している。しかし、ほとんどすべてのヒトES細胞株は、不妊治療で余った胚に由来するものだ。余った胚は廃棄処分となる。それらを捨てずに生物医学研究のために使うことが道徳的な責務だ、とBrüstleは主張している。

当時のDFG会長だった生物学者のErnst-Ludwig Winnackerは、Brüstleの申請を査読審査すべきだと判断し、その結果、高い評価が得られた。2001年5月、DFGは、輸入細胞株を使ったヒトES細胞研究は合法で、道徳に反するものではなく、科学的にも必要だとする見解を出した。Brüstleへの助成金交付の準備は整った。そしてこれが闘いの引き金の1つとなった。

数日のうちにドイツ政府が介入し、社会的議論をもっと重ねるために、Brüstleへの助成金交付を保留するようDFGに働きかけた。やがて、地方や国の公開討論会、新聞記事および議会での審議へと発展し、徐々に加熱していった。マスコミや教会など、一部の組織は、Brüstleを糾弾した。それに対して、Brüstleは新聞やテレビ番組で持論を展開した。一方、彼の4人の子どもたちは学校で辛い思いをする羽目になった。「強いストレスを感じた時期でした」と彼は話す。

ほかの国でも同じように議論は二極化し、その国なりの解決策を打ち出した。アイルランドなど一部の保守的な政府はヒトES細胞研究を厳しく制限したが、さほど保守的でない政府は寛容な姿勢をとった。例えば英国政府は、新しいヒトES細胞株を生殖補助医療用の余剰胚から作り出すことを許可する決定を下し、場合によっては、研究目的にヒト胚を作製することも許可した。だが、ドイツ政府は最終的に決定をごまかしてしまった。2002年1月30日に議会を通過した法案は、新たにヒト胚から得た細胞株を使う研究プロジェクトは禁止するが、ある特定の期日以前から存在する細胞株を用いた研究は許可するというものだったのだ。この年、Brüstleはようやく助成金を手にした。

道徳に反するもの

だがこの小さな勝利では、ヒトES細胞使用に関する議論を止めることはできなかった。一部の団体は、いかなるヒトES細胞株の使用もあってはならないと激しく主張した。Brüstleは、猛烈な批判の矢面に立ち、彼の講演会では警護のために聴衆に覆面警官が潜入していたほどだった。だから、2005年にグリーンピースがBrüstleの特許権に対して異議を申し立てたときも、彼は特に驚かなかった。グリーンピースは、「バイオテクノロジー発明の法的保護に関するEUの指令(バイオ指令)」の「社会的秩序」の条項を引き合いに出した。EU加盟国すべての特許法は、この指令に従わなければならない。バイオ指令では、その商業利用が道徳に反する可能性がある発明は特許権が認められないと述べており、一例としてヒト胚の製品化を挙げている。

Oliver Brüstleがヒト胚性幹細胞を用いた研究で特許を取得すると、グリーンピースは「生命の特許権を停止」させるよう圧力をかけてきた。

Getty Images

それから1年後、Brüstleは、ミュンヘンのドイツ連邦特許裁判所に、防弾装甲仕様のリムジンで3人の護衛警官を伴って現れた。裁判はグリーンピースの勝訴で、ヒトES細胞株の彼の特許権は除外されるとの判決だった。Brüstleは控訴した。

その後、裁判の妨害や遅延が次々と起こった。結局、Brüstleの主張はドイツ連邦特許裁判所の控訴審でも認められず、ドイツ最高裁判所に上訴した。2009年11月には公聴会が開かれ、最高裁はBrüstleの主張を受け入れるように見えたが、最終判決を下す前に、この案件を欧州司法裁判所にゆだねた。ヒト胚とそれに由来する幹細胞の定義および商業利用の可能性に関して、特許法のあいまいな点を明確にする、という名目だった。この時点では、グリーンピースのChristoph Thenでさえも、「我々の負けでしょう」と報道関係者に話していた。

ところがそうはならなかった。2011年3月、この訴訟を担当したYves Bot裁判官は、裁判について自分の予備的見解を述べた。それは、胚の破壊を伴う発明は道徳に反するというものだった。

Brüstleは、それでもまだ、13人の裁判官全員が出席する大法廷では、これまでとは別の裁定が下されるだろうと信じていた。彼は、欧州委員会とEU加盟国の多くが出した声明文をすでに読んでいた。そこには、ヒトES細胞株に基づく特許権を違法とするよう求めたものは1つもなかったからだ。

だが、2011年10月に大法廷が下した判決には、楽観的な見解の余地はなかった。さらに予備裁定では、胚の破壊を間接的に伴う発見であっても道徳に反し、特許は得られないとの判断が下された。法廷から出たBrüstleは、報道陣に取り囲まれ、5時間もかけて今回の判決は間違っていると思う理由を説明した。「国の政府が許可し、国の機関が助成している研究を、どうして欧州司法裁判所が道徳に反すると判断できましょうか」。

EU各国のこの判決への反応は鈍いものだった。ドイツの科学機関は沈黙していたが、12月7日、ようやく判決を非難する合同声明を発表した。「私は、この判決後に誰も声を上げなかったことに大きなショックを受けました」と、Winnackerは話す。ほかの国では、少数の特許専門弁護士や企業、研究者が、「いずれにしても特許権はさほど重要ではない」あるいは「問題が明確になることで有利になる」と発言するにとどまった。「企業も、たとえその裁定が厳しいものでも、線引きが明確になってほしいと考えていたのです」と、Cellartis社(スウェーデン・イエーテボリ)の最高責任者Johan Hyllnerは話す。同社は薬剤開発用にヒトES細胞株由来の細胞株を提供している。「今や我々は事業の進め方をわきまえ、特許を取らずに企業秘密を守るほうを選択することもできるのです」。

しかし、こうした意見は今回の判決によるダメージを軽視するものだと、Brüstleをはじめ一部の幹細胞研究者、そして法律専門家は考えている。「関係者の多くは、投資家や研究助成機関がこの領域から手を引いてしまうことを恐れています」。こう話すのは、ライデン大学医療センター(オランダ)の幹細胞研究者Christine Mummeryだ。

判決が下されて以降、ヨーロッパ各地の研究者や研究助成機関は、その影響を分析してきた。今後、学術研究機関所属のヒトES細胞を使っている研究者が、新規にバイオテクノロジー企業を立ち上げたいと思っても、難しいだろう。そのことはHyllnerも認めており、「ベンチャー投資家は強い特許ポートフォリオ(企業が所有する特許群のプロファイル)を希望しますが、これがヨーロッパでは不可能になるのです」と話す。すでに、助成機関が資金提供に及び腰になっている兆候も見られる。2011年11月23日、欧州中央銀行の生物倫理に関する超党派の行政作業部会は、EUが構想している数百億ユーロ規模の研究プログラム「ホライズン2020」では、ヒトES細胞研究に対して資金提供しないようにと強く求めた。なぜなら、現状では、研究が法に触れる可能性があるからだ。しかし、その1週間後に、欧州委員会の研究・イノベーション・科学担当委員Máire Geoghegan-Quinnは、ヒトES細胞研究への資金提供を続けたいと述べた。

研究者たちは今後も闘いが続くことを期待している。Brüstleによれば、訴訟の間ずっと、ヒトES細胞の研究者たちに支えられてきたという。彼の申し立てに遺憾の意を表明したES細胞研究者はこれまで皆無である。

だが現在、Brüstleは闘いを中断している。成人細胞を再プログラム化し、さまざまな細胞種へ分化する能力を持つ幹細胞を作り出す手法に、活路を見いだそうとしており、その研究を重点的に進めているのだ。2011年11月には、マシャド・ジョセフ病患者から採取した皮膚細胞を再プログラム化して、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立したことを報告した4。これは、この稀少疾患で神経細胞が攻撃を受ける仕組みの解明に役立つ。「しかし、こうしたiPS細胞が十分機能するかどうかはまだわかりません。研究には、ヒトES細胞はまだ必要なのです」とBrüstleは話す。

彼がどうしても理解できないのは、ヒトES細胞を使った研究および特許権に関する今回の厳しい判決が、ほかの多くの国のように、立法や行政関係者による妥当な議論によって下されたものではなかったことだ。「今回、1人の研究者と1つの環境保護団体の争いだったのに、大きな司法判断が下されました。それで本当によかったのでしょうか」。

(翻訳:船田晶子)

Alison AbbottはNatureのヨーロッパシニア特派員。

参考文献

  1. Brüstle, O. et al. Nature Biotechnol. 16, 1040–1044 (1998).
  2. Brüstle, O. et al. Science 285, 754–756 (1999).
  3. Thomson, J. A. et al. Science 282, 1145–1147 (1998).
  4. Koch, P. et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature10671 (2011).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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