悩み深まるカリフォルニア大学の経営
教育サービスの低下、各種プログラムの縮小、授業料の値上げ。米国を代表する公立大学、カリフォルニア大学の予算状況がこれまでになく深刻な状態になっている。同大学が、長年にわたる州政府の助成金削減に苦しんできたのは、すでによく知られている。
2011年11月28日。州全土に10のキャンパスを擁するカリフォルニア大学では、大学システム全体の政策と予算を決める理事会を、テレビ会議で開催していた。ところが、4つのキャンパスでの学生の抗議行動によって、テレビ会議が中断し、会議室に不安感が広がった。抗議行動の一因は、カリフォルニア大学デービス校で警官が抗議行動中の学生に唐辛子スプレーを浴びせたという11月18日の事件だった。しかし、抗議の理由はそれだけではない。相次ぐ値上げによって学部学生の授業料は2008年から71%も増え、その一方で、2011年の大学全体の予算削減額は7億5000万ドル(約600億円)にも達する可能性があるのだ。
世界有数の公立大学の1つであるカリフォルニア大学システムは、世界金融危機の影響、数十年間にわたる教育に対する公的支援の縮小、そして、州政府の予算危機のためにあえいでいる。カリフォルニア大学バークレー校で高等教育を研究するJohn Douglassはこう指摘し、「無数の細かな予算削減をされた後で、大不況が起こって大きな打撃を受け、それに加えて、財源モデルも変化してきているのです」と続けた。
カリフォルニア大学システムは、授業料収入への依存を高めている、とDouglassは言う。2011年になって、カリフォルニア大学の収入において、授業料を含む民間資金の額が、州政府からの資金を初めて上回った(グラフ参照)。カリフォルニア大学の225億ドル(約1兆8000億円)の予算において、カリフォルニア州からの資金が占める割合は、1980年代には30%だったが、今はわずか11%にすぎないのだ。
授業料の値上げ、講座数の減少、1クラスの定員増といった影響をまともに受けているのが学部学生だ。一方、科学研究者は、連邦政府の助成制度や民間基金から相当程度の資金を得ているため、直接的な影響は少ない。ただそれでも、大学院生は資源や時間の面で制約を受けているし、キャンパスでの各種サービスや保守管理が縮小されており、緊縮予算の影響を肌身に感じている。
カリフォルニア大学バークレー校で環境科学と政策マネジメントを専攻する大学院生Philippe Marchandは、値上がりした授業料をまかなうために大学院生講師の仕事を増やす必要がある。しかし、同大学システム全体の教育予算が縮小され、それに伴って講師の求人数も減っており、Marchandは、次の学期に同じ仕事ができるかどうか、確信を持てないでいる。それに、仮に講師の仕事が得られたとしても、彼の問題がすべて解決するわけではない。「いくつかの難しい選択をする必要があります。毎学期、講師の仕事をしなければならないのであれば、私の研究を中止せざるを得ないかもしれません」と彼は言う。Marchandの所属学科では、大学院生の数が2006年比で30%も減っているのだ。
同じバークレー校で化学を専攻する大学院生Jessica Smithは、研究室の天井に水漏れが発生してしまい、1か所はゴム管で排水して直したものの、実験装置と機械がダメになってしまったと話す。「私の研究にとって、緊縮予算がもたらした最大の障害は、崩れかけた研究施設です」。
予算の削減で、教官のつなぎとめも難しくなっている、とカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の執行副学長Jeffrey Bluestoneは話す。同校は、州政府の拠出金で教官の給与と諸手当をまかなっているため、一部の民間機関の給与条件に対抗できない。例えば、遺伝学者のDidier Stainierは、マックス・プランク心肺研究所(ドイツ・バートナウハイム)に移り、合成生物学者のChristopher Voigtは、2011年にマサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)に移った。もっともVoigt については、「雲の上の世界でもなければ、彼は引き留められなかったと思いますけど」とBluestoneは付言した。
広い観点から見ると、最も懸念すべきは、現在進行している予算削減によって、カリフォルニア大学システムが、この州の技術分野を育成する能力を失ってしまうことだ、とDouglassは言う。カリフォルニア州の技術分野はこれまで、同大学出身の才能ある人材に大きく依存してきたのだ。
カリフォルニア大学の将来に関する報告書が2010年11月に公表されたが、これにより、同大学の各キャンパスでは、大学授業料の高いほかの州からの入学者数を増やした。もう1つの資金調達法は、バークレー校やロサンゼルス校といったカリフォルニア大学で最も名高いキャンパスの授業料をほかのキャンパスより引き上げることだが、これは採用されていない。来たる2012年の州議会選挙では、有権者は、高等教育などの予算をまかなうための増税の是非という論点を突きつけられる公算が大きい。
こうした対策が実施されても、州予算の大規模な削減傾向が逆転する可能性は低い、とDouglassは話す。カリフォルニア大学は、授業料の高い米国の私立大学に代わる一流大学という評判を得ているが、この評判が取り返しのつかない事態になる前に、深刻な状況を解決する努力が求められている。
翻訳:菊川 要
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2012.120314
原文
State cuts fuel California protests- Nature (2011-12-08) | DOI: 10.1038/480164a
- Erika Check Hayden
関連記事
キーワード
Advertisement