タンパク質のドグマが崩れていく
Keith Dunkerの机の周りはひどい。本や古いチョコレート、直しかけの原稿、ペン、ダイエットコークのボトル、それに、もう片方はどこへ行ってしまったのか、片方だけの靴下などであふれかえり、論文は探すのではなくコピーし直さなければならないありさまだ。「整理整頓が全然だめなんです。『ドクター無秩序』なんて呼ばれたりすることもあるんですよ」とDunkerは開き直る。しかし、その無秩序・不規則性が自らの科学者生活に入り込んできた瞬間は、鮮明に記憶している。
それは1995年11月15日の午後12時40分、生化学者として在籍していたワシントン州立大学(米国プルマン)で、結晶学者Chuck Kissingerのセミナーが開かれている最中のことだった。Dunkerは、カルシニューリン(免疫抑制剤が標的とする酵素の1種)の原子構造を示すスライドを見つめていた。Dunkerが注目したのは、その複雑な構造ではなく、そこで欠けている所だった。X線結晶解析でほとんどの部分は明らかにされているのに、その1か所は、位置が変わりすぎてアミノ酸鎖の構造が決められないという。だから点線で示されていた。Kissingerは、カルシニューリンがヒトの免疫系で重要な機能を果たすためには、このループ部分の柔軟性が保たれていることが必要なのだ、と力説していた。
「それは衝撃的でした」とDunkerは語る。この気まぐれなタンパク質が、100年以上も君臨してきたドグマをあざ笑っていたからだ。分子生物学の中心的な教義では、タンパク質の機能は、その固定された三次元構造に決定的に依存するとされている。例えば酵素が特定の基質と結びつくのは、両者の形がぴったり合うからであり、それは、1894年にはすでに化学者Emil Fischerが発表していた「カギとカギ穴」モデルで不動のものとなっている。しかし、カルシニューリンのこの部分は、構造がなくても機能を生み出しており、その規則に従っていないように思われた。そこでDunkerは、規則から外れたこうしたタンパク質がほかにどれだけあるのか、と考えるようになった。
それを明らかにするため、Dunkerの研究チームは、タンパク質のどの部分が「もともと不規則」なのか、すなわち特有の三次元的な形に自動的に折りたたまれないのか、を予測するバイオインフォマティクス・プログラムを作成した。現在、この種のプログラムの予測によれば、ヒトの全タンパク質の40%程度は30アミノ酸またはそれ以上のもともと不規則な部分を1か所以上持っており、また約25%は端から端まで不規則だという1。タンパク質の不規則な部分は、結晶の形成(構造を解明するために広く行われているX線回折法の必要条件)の妨げとなり、構造生物学者は可能な限りそれを排除してきた。そのため、タンパク質の世界では、この不規則な部分に目が向けられることがほとんどなかったのだ。
しかし「今や、不規則性への認識はますます高まっている」。スクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)のタンパク質生物物理学者であるPeter Wrightは、2010年4月、米国ワシントンD.C.で開かれた米国科学振興協会(AAAS)の会議でこう指摘した。このような認識の大部分は、核磁気共鳴分光法(NMR)を用いた研究からきている。NMRでは、小さなタンパク質が溶液中でねじれたり回転したりしていても、その構造を明らかにすることができる。そこからわかったことは、不規則性が機能にとって不可欠な場合が現実にある、ということだった。不規則性を持つシグナル伝達タンパク質が相手のタンパク質を認識して反応するのを助けたり、不規則性を持つ調節タンパク質が複数の標的と相互作用するのを促したりするのだ。「こうした話はこれまで教科書には書かれてきませんでした」とWrightは言う。
ドグマの方も生き残りをかける
しかし、構造生物学者の多くは、改訂は必要ないと考えている。エール大学(米国コネティカット州ニューヘイヴン)の結晶学者であるTom Steitzは、「機能には構造が必要だ、というのが今も私の持論です」と言い切る。「いくらかの柔軟性が必要な場合もあり、組み立て工程でそれが重要となる場面もあるかもしれませんが、タンパク質が働くようになる前の話はどうでもいいんです」。
高いレベルの不規則性を予測するコンピューター・プログラムが根本的な問題を抱えている、という批判もある。それらは、適切な相手分子と結合したときに完璧に構造が決まって結晶化することが知られているようなタンパク質も選び出してしまうからだ。また、折りたたまれていないタンパク質の鎖は生物の細胞内で長時間存在することができないと主張し、不規則なタンパク質という概念そのものを葬り去ってしまおうと考える人もいる。
しかしそうはいかないだろう。生物物理学、バイオインフォマティクス、細胞生物学など、各方面から不規則性を支持するデータが続々と集まっているからだ。不規則性の信奉者は「構造−機能パラダイム」の完全な再評価を求めている。「生物は、不規則性を利用してさまざまな機能を生み出しているのです」とWrightは語る。
1950年代後半以来、生成してくるタンパク質は、すぐさま自動的に特有の三次元的形状に折りたたまれると考えられてきた2。エネルギー的に最も安定で、機能を果たすことができる唯一の立体配座に、である。したがって、折りたたまれないことが知られている一握りのタンパク質は、「おかしなものとされていたのです」とWrightは話す。しかし、こうした見方は1999年に変わり始めた。Wrightは、やはりスクリプス研究所に所属していたNMR特別研究員のJane Dysonとともに総説論文3を発表し、状態が不規則なのに機能を持つと考えられるタンパク質が次々に発見されていることを示した。「今でもとても重要な論文です」と現在はインディアナ大学医学系大学院(米国インディアナポリス)に所属しているDunkerは語る。
当時もまた今も、ホットな問題は、一定の形がないのにタンパク質がどうやって機能することができるのか、ということだ。CNRS酵素学構造生化学研究所(フランス・ジフ‐シュール‐イヴェット)の構造生物学者であるJoël Janinは、「柔軟性についてはみんな受け入れています」と話す。「問題は、どうしたら柔軟性で認識を得ることができるのか、ということなのです」。不規則性という概念そのものが、カギとカギ穴のモデルと相いれないように思われるのだ。ゆでたスパゲティでカギを開けることができるのか。
不規則が機能を発揮する仕組み
2007年、Wrightの研究室に所属していた博士研究員の菅瀬謙治が答えを見つけた。スパゲティは、あらかじめカギの形をしているのではなく、カギ穴を利用してカギの形になるのだ。菅瀬が注目したCREBは、学習や記憶など、数多くのプロセスに関与する遺伝子調節タンパク質だ。CREBは、DNAと結合すると、CBPというタンパク質を認識して結合する必要があり、そうして初めて遺伝子のスイッチを入れることができる。しかし、CREB 上のCBPとかかわる部分は、不規則な状態からスタートする。どうしたらそんなことができるのだろうか。
それを明らかにするため、菅瀬は、超高速NMRカメラに相当する装置を開発し、CREBの分子内の接点、およびCBPとの接点を調べるなかで、のたうちまわるCREBの鎖を原子レベルの分解能で連写した。そこでわかったのは、複合体全体が決まった形になるためには、CREBの内部およびCBPとの間で複数の結合が協調的に形成される必要がある、ということだった4。それはまさに、平均的な「球状」タンパク質が折りたたまれる仕組みと同じものだ。全体をいっぺんに引っ張って作り上げるために、分子内で互いに広範な化学結合を形成する必要がある2。
CREBの場合は、CBPと結合することによって、そうした相互作用をしているのだ。この結合がほんのわずかでも弱ければ、カギは形成されず、カギ穴と結合することは決してない。CREBは不規則であるがゆえに、固いタンパク質よりも排他的にCBPと結合することができ、有効に機能している、とWrightらは考えている。そしてWrightは、このようなプロセスのおかげで、多くのシグナル伝達タンパク質は、変化が急激なのに選択的な相互作用を行うことができるのではないか、と考えている。
全く折りたたまれないで機能を発揮
最近、構造−機能論は、さらに大きな打撃を受けた。それは、折りたたまれる部分を全く持たないタンパク質の研究から出てきた。Sic1というシグナル伝達タンパク質は、細胞周期の重要な調節因子で、細胞分裂の準備ができるまでDNAの複製にブレーキをかけている。2001年、トロント大学(カナダ)で酵母の細胞周期を研究していたMike Tyersのチームは、そのスイッチのメカニズムを調べ始めた。研究の結果、Sic1上の6か所にリン酸基が付加すると、Cdc4という別のタンパク質と結びつくことができ、Sic1はそれによって細胞のタンパク質処理経路に送られることがわかった5。そしてSic1が分解されると、ブレーキが外れてDNAの複製が開始される。ところが、その分解が正確なタイミングで行われないと、DNAの複製は混乱し、細胞は最終的に死ぬこともある。
細胞は、4つや5つではなく、正確に6つのリン酸を受け取って確実にスイッチを入れることで、そのような正確性を実現している。しかし、問題がある。Cdc4がリン酸基のために持っている高親和性の結合ポケットは、たった1つだけなのだ。指が1本しかないのに、どうやって6まで数えられるのだろうか。
Sic1の結晶を得るためのありとあらゆる試みに失敗したTyersのチームは、学内のNMR専門家であるJulie Forman-Kayに声をかけた。2008年、Forman-Kayの研究室の博士研究員だったTanja Mittagは、Sic1が不規則であることを明らかにした6。それは、遊離した状態だけでなく、驚くべきことに、Cdc4と結合していても折りたたまれていなかったのだ。その複合体は、一定の動的平衡状態の中で変化する、さまざまな立体配座の混合体のように見えた。そして、一番の驚きは、Sic1上の6つのリン酸基のそれぞれが、次々に1つのCdc4ポケットに入っているのがわかったことだ。それはまるで、キャンプファイヤーの火の周りでみんなが踊り回っているようなイメージだ(右図参照)。
次に、研究チームはコンピューターモデルを開発し、このタンパク質の構造に関する実験データを集めて、そこに片っ端から投入してみた7。その結果、Sic1は、結合した状態では不規則だが、ややコンパクトな構造を維持しており、それゆえに、すべてのリン酸基が平均的な静電場を形成するのに十分なだけ近接していて、それによってSic1がCdc4に張り付いている、という結論に至った。リン酸基が6個あって初めて、Cdc4とSic1とが張り付くのに十分な接着強度が得られ、Sic1は細胞の処理分解装置に運ばれる、というわけだ。この全過程でSic1が不規則でなければならないのは、やや硬い処理装置の手をSic1全体に届かせて、分解するための化学標識でSic1を埋め尽くすためだろう、と研究チームは考えている。ちなみに、すべての標識をいっぺんにつなごうとすれば、とてつもなく巧妙なタンパク質が必要になってしまう。
ハーバード大学医学系大学院(米国ボストン)の構造生物学者であるStephen Harrisonは、「この結果は興味深いです」と語る。「というのも、相互作用モチーフ(分子配列)は非構造化部分に沿って多かれ少なかれ反復的に認められることが多く、この研究は、そうした多重性がどうやって機能するのかを示しているからです」。
Forman-Kayは、「多構造」状態の採用によって、多くの相手からのシグナルを同時に安定的に探査して感知できるようなタンパク質は、ほかにもあるのではないかと考えている。これは、ハブの機能を果たすタンパク質、つまり、急激に変化する分子相互作用の巨大ネットワークにおいて、いわば中心的な役割を果たしているタンパク質にとって、特に重要な性質だ。「これまで語られてこなかった複雑さがあるのです」とForman-Kayは言う。「そうしたハブタンパク質は、複雑な細胞環境をたちどころにキャッチしなければならないわけです」。
極端な例が、腫瘍抑制因子p53だ。これは、複数のシグナル伝達ネットワークに見事に接続されたハブタンパク質であり、ヒトのがんにかかわることが最も多い。p53の接続先の多さは、その多機能的な変幻自在の構造に求めることができそうだ。きちんと構造のあるものから不規則なものまで、ありとあらゆる立体配座を取りうるのだ。コアドメインは球状で、DNAや数種類のタンパク質とだけ結合する。ところが横に伸びた2本の翼はほとんど不規則で、何百種類ものシグナル伝達分子と結合することができる。しかも、一方の翼の内部のある部分は、まるでカメレオンのように、結合相手によって4種類の構造化状態のどれかに切り替わるのだ8。ケンブリッジ大学(英国)の生物物理学者でNMRを専門とするAlan Fershtは、「p53の長い部分が細胞内でほぼ不規則状態であることは、間違いありません。疑いの余地は全くないと思います」と語る。
予測の問題
しかしなお、不規則なタンパク質が広い範囲で見られるのかどうか、疑問を持つ研究者は多い。生化学者はこれまで100年以上もの間、組織抽出物を調製するとき、タンパク質がほどけたりもつれあったりして不溶性のかたまりにならないように、またプロテアーゼと呼ばれる酵素に消化されないように、苦労してきたのだ。だから「不規則なタンパク質がクズ以外の何かを生み出すとは、なかなか信じられないのです」とJaninは指摘する。
しかし、不規則性を追いかける研究者は、そうした懸念はだいたいが見当違いだと話す。例えば、マックス・プランク研究所(ドイツ・マーティンスリート)でタンパク質の品質管理を専門とするUlrich Hartlは、ヒトの細胞では、非特異的なプロテアーゼがリソソームと呼ばれる区画に閉じ込められており、その外でなら不規則なタンパク質は存在し続けることができる、と説明する。また不規則なタンパク質は、凝集してしまうこともないと考えられる。球状タンパク質とは異なり、互いに結びつきやすい疎水性アミノ酸が少なく、代わりに極性アミノ酸が多いので、自由に水中を動き回れるからだ。
おそらく、不規則なタンパク質は、凝集に対抗する自然選択によって、その特別なアミノ酸組成を獲得したのだろう、とHartlは考える。言い換えれば、アミノ酸組成自体は不規則性の特徴ではない、ということだ。このことは、不規則性の予測プログラムが一見して首尾一貫していないことを説明してくれる。タンパク質から切り出されると自分で折りたたまれることがないのに、プログラムは、そうした球状タンパク質の内側部分を拾い上げることをしないのだ2。理由は、その部分が疎水性アミノ酸に富んでいて、予測プログラムが検出する特徴的な配列を示さないからだ。それはまた、一部のきちんと構造を持っているタンパク質を予測プログラムが選んでしまう理由をも説明してくれる。この話は、この種のプログラムをめぐる議論のもう1つのポイントだ。タンパク質に疎水性アミノ酸がないのは、なにも不規則性だけでなく、さまざまな理由があるわけだ。「これは実に理にかなっています」とDunkerは認める。
全体として、タンパク質内の任意のアミノ酸が規則的構造の中にあるか不規則の中にあるかを予測する成功率が80%だと主張するプログラムは多い1。予測が偶然当たる確率は50%だ。そして、結晶学者は、結晶化できないと思われるタンパク質を排除するのにそれを利用する。「不規則性の予測プログラムはかなり単純化されすぎていますが、とても役に立ちます」と話すのは、バーナム研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)のAdam Godzikだ。Godzikは、数多くのタンパク質構造の解明を目指す「タンパク質構造イニシアチブ」という大規模共同研究で、バイオインフォマティクス・グループを率いている。
不規則性の広がりと重要性についての議論は、おそらくこの分野の進歩を遅らせているはずだ。不規則性が実験的に確認されているタンパク質のデータベース「DisProt」には、タンパク質が500個余りしか含まれていない。三次元構造データベースの「Protein Data Bank」1の6万個以上と比べるとごくわずかだ。「DisProtがこれほど小さいのは、資金を得るのに時間を浪費してしまったことによるところが大きいのです」とDunkerは説明する。しかしこの数年で、もともと不規則なタンパク質の研究を目的とする大きなコンソーシアムが、いくつかの国で立ち上げられている。医薬品の標的としての不規則タンパク質への関心も高まっている。p53のように、その多くが疾患に深く関与しているためだ。
新しいタンパク質のパラダイム
タンパク質の配列、構造、機能の関係について、根本的に新しい構図が少しずつ描かれ始めている。最も固い「カギとカギ穴」という一極から、Sic1のように常に構造を持たないスパゲティというもう一極までの間に、あらゆる構造的不定性が見られるようになってきたのだ。しかし、Sic1を基にして考えれば、このような不規則なタンパク質がどうやって実際に機能しているのかをすべて解明するには、長い時間がかかるはずだ。Sic1の作用機序の解明には、いくつかの生物物理学的技術、新しいコンピューターツール、統計物理学理論が必要だったし、その多くはあまり知られていないものだった。加えて、6つの研究所で10年以上も研究が行われた結果なのだ。多構造生物学は、単純なものにはならないだろう。
それでも、DunkerとWrightをはじめとする不規則性の研究者は楽観的だ。構造生物学研究所(フランス・グルノーブル)のNMR分光法の専門家であるMartin Blackledgeも同様で、現在の熱狂を、1950年代の最初の結晶タンパク質構造を取り巻く雰囲気と重ね合わせる。「どんなものでも、新しいうちは非常に興味を引かれるものです」とBlackledgeは言う。Blackledgeが待ち望んでいるのは、あるタンパク質の部分が構造の連続のどこに該当するのかを予測して、不規則性の暗号をすべて解読できるようになる時代だ。「それこそが私の目指すところ、夢なのです」とBlackledgeは語っている。
おそらく、不規則性が広く受け入れられるには、不規則性の規則が必要なのかもしれない。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 6
DOI: 10.1038/ndigest.2011.110614
原文
Breaking the protein rules- Nature (2011-03-10) | DOI: 10.1038/471151a
- Tanguy Chouard
- Tanguy Chouardは、ロンドンを拠点とするNatureのエディター。
参考文献
- Uversky, V. N. & Dunker, A. K. Biochim. Biophys. Acta 1804, 1231–1264 (2010).
- Anfinsen, C. B. Science 181, 223–230 (1973).
- Wright, P. E. & Dyson, H. J. J. Mol. Biol. 293, 321–331 (1999).
- Sugase, K., Dyson, H. J. & Wright, P. E. Nature 447, 1021–1025 (2007).
- Nash, P. et al. Nature 414, 514–521 (2001).
- Mittag, T. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 105, 17772–17777 (2008).
- Mittag, T. et al. Structure 18, 494–506 (2010).
- Oldfield, C. J. et al. BMC Genomics 9 (Suppl. 1), S1 (2008).