地球深部には珍しいタイプの硫黄が存在
ある形態の硫黄は、ラピスラズリの群青色の原因となる硫黄と似ているが、地表ではめったに見られない。しかし、地球の下部地殻や上部マントルでは多く存在している可能性がある。こんな論文が、Science 2月25日号に発表された1。
それは、三硫黄イオン(S3−)という硫黄原子3個からなるイオンであり、よく知られた硫酸イオン(SO42−)や、硫化物イオン(S2−)と全く異なっている。論文の第一著者で、ポール・サバティエ大学(フランス・トゥールーズ)の実験地球化学者Gleb Pokrovskiは、「S3−は中間的な形態なのです」と話す。
研究チームは、地下深部の硫黄を直接サンプリングしたわけではない。地殻の奥深くに存在するため、掘削して掘り出すことができないし、たとえ地表に取り出せたとしても、化学的に変化してしまうからだ。そこで、研究チームは、ダイヤモンドアンビルセルという装置を使って、硫黄を多く含んだ流体を地下10~100kmの温度と圧力になるようにした。そして、生成した物質の化学形態を赤外ラマン分光法でモニタリングし、そのような条件下ではS3−が最も安定な形態であることを見いだしたのだ。ダイヤモンドアンビルセルは地球化学研究でよく用いられるが、流体に利用するのは奇策である。「このような研究を行うグループは多くありません」とPokrovskiは言う。
学説に新風を吹き込む
今回の研究結果は難解に思えるが、初期地球の進化を理解するうえで重要になるかもしれない。従来の学説によると、光合成が行われる前の約24億~20億年前、地球の大気中酸素はきわめて少なかった。この学説は、一部、その時代の鉱床に見られる硫黄の4つの安定同位体(32S、33S、34S、36S)の比に基づいている。硫黄同位体比は大気中の酸素量の影響を受ける可能性があるため、酸素濃度を測る方法として役立つとされている。「しかし、これまでの硫黄同位体比の研究では、S3−による影響が考慮されていませんでした」と、Pokrovskiは話す。
「硫黄同位体地球化学は、『高温では硫酸塩(または二酸化硫黄)と硫化水素の2つが、硫黄を含む重要な水溶性化学種である』という基本的仮定に基づいています」と語るのは、ペンシルベニア州立大学(米国)の地球化学者、大本洋だ。「今回の研究は、その仮定が単純すぎることを示したのです。また、鉱床や火成岩に関する硫黄同位体データを正確に解釈するためには、H2S、S3−、硫酸塩、SO2の間で起こる硫黄同位体反応の速度論研究が重要であることを示唆しています」。
アリゾナ州立大学(米国)の生物地球化学者Ariel Anbarも同意見だ。「硫黄同位体の変動は、古代地球大気中の酸素の時間的変化を評価する重要な手段でした。沈み込み帯においてS3−が重要な硫黄形態かもしれないという発見から、硫黄同位体変動の原因について、特に火山起源の硫黄について新しい説が生まれるでしょう」。
貴金属を溶かして運ぶ
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(米国)の地球科学者Craig Manningは、貴金属鉱石の研究者にとってもこの発見が役立つかもしれない、と付け加える。
硫黄化合物は、金、銅、白金など、貴金属の高純度鉱石が形成される地質過程に不可欠である。鉱業会社はそのような金属がどこで見つかるかを知っているが、地球化学者はなぜそれらの鉱石が形成されるのかを十分理解していない、とManningは言う。今回の発見によって状況が変わるかもしれない。「私たちは、常に金鉱石に関する問題を抱えています。これらの金属は地質流体にあまり溶けないのです。金を溶液に溶かす新しい方法を見いだすことは、大変重要なことなのです」。Pokrovskiも、「今後、この新しい形態の硫黄が金属と結合して、金属を運搬できることを実証する必要があります」と話す。
Manningは、Scienceの同じ号でこの研究成果について解説している2が、その中でおもしろいことを言っている。「もし地表の真下をのぞくことができたら、美しい群青色の流体が見えるかもしれません」。
翻訳:藤野正美
Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 5
DOI: 10.1038/ndigest.2011.110509
原文
Rare sulphur dominates the deep- Nature (2011-02-24) | DOI: 10.1038/news.2011.124
- Richard A. Lovett
参考文献
- Pokrovski, G. S. & Dubrovinsky, L. S. Science 331, 1052-1054 (2011).
- Manning, C. E. Science 331, 1018-1019 (2011).
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