Gタンパク質と受容体の結合複合体ついに結晶構造解析
まだ結果が得られていないのに、実験をのぞきに来られるのをポスドクたちが嫌がることは、Brian Kobilkaも十分承知していた。しかし、Kobilkaはその欲求に抗うことができなかった。なぜならそれは、この研究分野の人すべてが20年以上も待ち続けてきた仕事だったからだ。
Kobilkaが顕微鏡をのぞいたとき、夢は現実のものとなっていた。1滴の粘稠液の中にあったのは、複数の小さな結晶だった。この結晶のひとつひとつに、壊れやすいタンパク質複合体が何百万コピーも存在しているのである。この複合体の立体構造から、最終的には、生物学の最も重要なシグナル伝達機構の1つであるGタンパク質共役型受容体(GPCR)がどのように機能するのかが明らかにされるだろう。この受容体の立体構造が、今回初めてスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)のKobilkaとミシガン大学(米国アナーバー)のRoger Sunaharaの率いる研究チームによって解明され、Natureオンライン版1に発表された。具体的にいえば、Gタンパク質と複合体を形成している活性型GPCR(β2アドレナリン受容体、β2AR)の完全な三次元構造が明らかにされたのだ。
GPCRは全身の細胞の膜に存在し、光、匂い、味などの外界からのシグナルや、ホルモン、神経伝達物質などの体内からのシグナルを検出する。これらのシグナルは細胞の内部に伝達され、そこで、細胞内Gタンパク質を活性化し、次に、このような細胞内Gタンパク質がさまざまな生化学経路を開始させる。
β2ARは、ホルモンであるアドレナリンとノルアドレナリンによって活性化され、心拍数を上げたり、気道を拡張したりすることで、体の攻撃・逃避反応、つまりストレスのかかる事態に対応する交感神経反応を開始させる。β2ARは抗喘息薬の主要な標的でもある。KobilkaによるGタンパク質と結合したβ2ARのX線結晶構造写真から、驚くべきことがいくつか明らかになった。これは、より有効な薬剤設計に役立つだろう。GPCRは、市場にある全薬剤の実に30~50%(これには売上上位の薬剤の大部分が含まれる)の標的となっているのだ。
どんなタンパク質も立体構造を決定するためには、結晶化する必要がある。しかし、GPCRは結晶化が難しいことでよく知られている。というのは、GPCRは、細胞膜から遊離させて、脂質溶液中で安定化させる必要があるからだ。光を検出するGPCRであるロドプシンの構造は2000年に解明されたが2、ホルモンや神経伝達物質によって活性化されるGPCRの結晶化はもっと難しかった。このような「リガンドによって活性化される」GPCRの仲間で最初に結晶化に成功したのが、β2ARなのである。Kobilkaの研究グループや他の研究グループが何十年も努力を重ね、2007年にやっとβ2ARの構造が明らかになった。これがきっかけとなり、この1年の間に、ほかに4個のGPCRの結晶構造が解明されている6-9。
しかし、GPCRがどのようにそのシグナルを伝達しているのかを理解するためには、Gタンパク質と受容体が結合した複合体の結晶化が必要であり、これはさらに難しい研究であった。3個の異なるサブユニットで構成されるGタンパク質は、受容体から解離しやすく、バラバラになってしまううえに、この複合体はβ2AR単独の大きさのおよそ2倍もあるのだ。β2AR−Gタンパク質複合体の構造を明らかにするには、複合体を抗体に結合させることをはじめ、何千もの異なる結晶化条件を検討するなど、複合体を純化・安定化する新しい技術の開発が必要だった。
「これは本当にブレークスルーとなる論文です」と、モンタナ大学(米国ミズーラ)の生化学者Stephen Sprangは語る。「長い間、この分野の多くの人が、この構造が明らかになるのを待ち望んできました。最終的には、この構造から、GPCRが実際にどのように機能するのか、本当に理解できるでしょう」。
ケース・ウエスタン・リザーブ大学(米国オハイオ州クリーブランド)のKrzysztof Palczewskiは、最初にロドプシンを結晶化した人であるが2、Kobilkaの研究は「すばらしい業績」であるとしつつも、この研究で用いられた組み換えタンパク質や抗体によって安定化されたタンパク質が、天然にあるタンパク質の構造とは完全にはマッチしないかもしれない、と懸念を示している。しかしKobilkaは、機能解析から、この組み換えタンパク質が天然タンパク質と同様の挙動を示すことを明らかにした、と述べている。
研究者たちは、不活型Gタンパク質はグアノシン2リン酸(GDP)という分子に結合していることをすでに知っていた(Sunaharaはこの複合体を口に何かをくわえているパックマンにたとえている)。GPCRがシグナルを受け取ると、Gタンパク質にGDPを放出させ、それによってグアノシン3リン酸(GTP)分子がGタンパク質に結合し、Gタンパク質を活性化できる。
今回、立体構造から、活性化された受容体がどのように構造を変化させ、このような状況を生み出すのかが明らかになった。最も驚いたのは、GDPが解離すると、Gタンパク質の口が大きく開くことが示されたことである。X線結晶構造は静止画像であるため、出来事の正確な順序は明らかではない。「しかし、現在、我々はこのような状況が起こることを知っているので、研究することは可能です」とKobilkaは話す。
この発見はまた、コレラ毒素の分子機構について思いもしないてがかりをもたらした。コレラ毒素は、腸細胞においてGタンパク質を常に活性化状態に維持することで、シグナル伝達経路を継続的に活性化させるのである。このような細胞は多量の水分を放出するため、下痢や嘔吐が引き起こされる。しかし、コレラ毒素が調節する部位は、Gタンパク質内に深く埋め込まれているため、「ちょっと説明のつかないこと」だったと、Sunaharaは話す。「どのように埋まっている部位から出てくるのか? 我々が明らかにした構造から、パックマンがその部位を露出できるほど大きく開くことが示されました。これがコレラの作用方法であるなら、おそらく、この方法は多くの分子がGタンパク質と相互作用する方法でもあるでしょう」。
「Brianは本当に長い間、この結果を求めて苦労を重ねてきました」と、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の構造生物学者Tracy Handelは話す。「彼が結果を得たことを神に感謝します。まさに、彼に対するご褒美だと思いますよ」。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2011.111012
参考文献
- Rasmussen, S. G. F. et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature10361 (2011).
- Palczewski, K. et al. Science 289, 739–745 (2000).
- Rasmussen, S. G. F. et al. Nature 450, 383–387 (2007).
- Rosenbaum, D. M. et al. Science 318, 1266–1273 (2007).
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