火星表面に川の痕跡?
火星表面の急斜面に、季節によって変化する筋が数千本もあることが、発表された1。これらは塩水が流れた跡の可能性があり、今日でも微生物が生息できるかもしれない。
米国航空宇宙局(NASA)の火星探査機マーズ・リコネッサンス・オービター(MRO)に搭載された高解像度カメラHiRISEが撮影した画像には、気温が高くなる季節に数か所で、暗い色の筋が数千本も写っていた。これらの筋は、南半球の中緯度付近で赤道のほうを向いた急斜面に現れ、時には1日に20mも伸びる。この辺りの温度は、夏には27℃まで上昇し、液体の水が存在できる。さらに、塩が溶け込んでいれば凝固点が下がるので、塩水が液体で存在する可能性は高いといえる。これらの筋は、冬になると、薄くなったり消えたりした。
HiRISEの主任研究員でアリゾナ大学(米国トゥーソン)の惑星科学者Alfred McEwenは、この筋は、塩水が急勾配の小さな水路をじわじわと流れ下って形成されたと考えている。
流動的な存在
近年、火星の水については、多くの研究が発表されている。だがこれまで、現在の火星の表面に液体の水があると主張する研究者はほとんどいなかった。太古の火星は温暖で水が豊富に存在し、川が流れ、湖や海に注ぎ込んでいたと考えられている。しかし今日、火星に残っている水の大半は凍りついていて、極冠や地下氷河を形成している2。薄い大気には微量の水蒸気が含まれているが、気温も気圧も非常に低いため、表面で水が安定して存在するのはきわめて困難なのだ。
McEwenは、今回の発見は間接証拠にすぎないと言う。以前にも科学者たちが、火星軌道から撮影された画像に惑わされたことがあるからだ。例えば2006年、2、3の峡谷の色が変化しているのを発見した科学者たちは、水が今も峡谷を浸食していると考えた3。しかし現在では、この色の変化は、二酸化炭素の周期的な凝固と昇華によるものだというのが一般的だ。
また、MROの別の観測装置が水と関連した分光シグナルを発見できなかったことも、今回の発見が決定的な証拠とはならない要因の1つになっている。しかし、この装置の分解能ではもっと大きな筋しか見分けられない。また、筋の発見場所は比較的温暖な地域で、二酸化炭素が凍りつくとは考えられない。さらに、季節性の変化は、風の作用を原因とするには規則的すぎ、水が原因と考えるのが最も理にかなう。
McEwenは、水は表面のすぐ下にあるのかもしれないと言う。これが蒸発すると、表土に穴やくぼみが残り、表面のようすが微妙に変わるため、軌道からは暗い色に見えるかもしれないというのだ。
もっとよく観察する
NASAでは、年内に火星探査車キュリオシティーを打ち上げる予定だが、着陸地点ゲール・クレーターに筋は見つかっていない。しかし、たとえクレーターに筋があったとしても、惑星保護に関する取り決めにより、表面付近に氷が存在している可能性のある場所へ着陸させることはできないという。キュリオシティーは設計上、完全に消毒することができず、地球の微生物で汚染されている可能性があるからだ。
2016年には、NASAと欧州宇宙機関(ESA)が合同でトレース・ガス・オービター(TGO)の打ち上げを予定しており、搭載される分光計で大気中のごく低濃度のガスの調査が可能になる。もともと水蒸気を含んでいる大気中に、特定の季節に蒸発してくる微量の水を見いだすのは非常に困難だろうが、もし、微生物の作用や水と関連した地質学的プロセスにより、メタンや二酸化硫黄などが発生していれば検出できるかもしれない。
しかし、火星の斜面の暗い色の筋の正体が明らかになるには、ESAとNASAが2018年に合同で打ち上げる予定の火星探査車ExoMarsの到着を待つ必要があるかもしれない。この探査車は、消毒に関する厳格な要請を満たし、生命が存在する可能性のある場所で生命探査を行えるものになる予定である。
McEwenによると、暗い色の筋の多くはクレーターの縁の切り立った壁にあり、探査車が近づくのは非常に困難であるという。けれども彼は、ホロウィッツ・クレーターなどで、探査車が筋の根元部分に近づけそうな場所を数か所見つけている。そこからミステリーの核心に迫れるか、期待が膨らむ。
翻訳:三枝小夜子、要約:編集部
Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2011.111003
原文
Dark streaks guide search for life on Mars- Nature (2012-08-04) | DOI: 10.1038/news.2011.457
- Eric Hand
参考文献
- McEwen, A. S. et al. Science 333, 740-743 (2011).
- Holt, J. W. et al. Science 322, 1235-1238 (2008).
- Malin, M. C., et al. Science 314, 1573-1577 (2006).
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