News

キログラム原器の引退勧告へ、さらに前進

原器とは別の形で1キログラムを定義するという長い取り組みの中で、ケイ素28の球を使って、新たなデータが得られた。 Credit: PTB

1キログラムの定義は科学者にとって大きな悩みの種だ。1キログラムは、公式に、パリの国際度量衡局(BIPM)に保管されている「国際キログラム原器の質量」と定められている。国際キログラム原器は白金とイリジウムの合金の円柱形で、約120年前から質量の基準として使われてきた。しかし、原器の質量は年月の経過とともに変化している。そのため、科学者は、代わりとなるより確かな基準をいろいろと探してきた。めざしているのは、1キログラムの定義を、従来のような原器による方法ではなく、普遍的な物理定数をもとにした形に変えることだ。

ブラウンシュバイクにあるドイツ物理工学研究所(PTB)のPeter Beckerが率いる研究チームは、2010年10月、質量の再定義に関する最新の研究結果をプレプリント(予稿)サーバー「arXiv」に投稿した(P. Andreas et al. http://arxiv.org/abs/1010.2317; 2010)。この研究によって、原器で定義する方式の終わりがこれまでになく近づいたといえる。

Beckerらの研究チームはケイ素28の球に含まれる原子の数を測定し、アボガドロ数を有効数字9桁まで求めた。その結果は6.02214084(18) × 1023mol−1だった。アボガドロ数は、その元素の相対原子質量(原子量)に等しい質量(単位はグラム)の試料に含まれる原子数に相当する。この関係があるため、アボガドロ数を正確に求めたうえで固定すれば、それを基礎に逆に質量を定義することができる。

問題はケイ素の球を作ることだった。通常のケイ素の試料では、原子の92%はケイ素28で、残りはケイ素29とケイ素30だ。Beckerらは、こうした重い同位体や混入したほかの原子を取り除くため、ロシアのサンクトペテルブルグにある機械製造中央設計局(CDBMB)の助けを借りた。ここでは原子力発電所のためにウランの濃縮を行っている。Beckerらは同局のガス遠心分離器でケイ素28を99.99%の純度まで精製した。そのケイ素28を5キログラムの結晶に成長させ、それを2つのほぼ完全に近い球にした。

研究チームは、レーザー干渉計を使って2つの球の表面を測定し、体積を求めた。さらにX線回折で結晶構造の画像を得た。彼らはケイ素の各原子が占めている体積を計算し、球全体にどれだけの数の原子が含まれているかをはじき出し、アボガドロ数を3.0×10−8という相対不確かさで導くことに成功した。ただし、国際度量衡局質量部門の責任者であるRichard Davisによると、国際度量衡委員会(CIPM)が1キログラムの再定義を検討するには、相対不確かさを2.0×10−8未満にする必要があるという。

測定結果は、質量を再定義するほかの取り組みの結果と、食い違っていない必要がある。主たるライバルはワット天秤を使う方法だ。この方法では、試料円柱の質量を磁場中に置かれた電流に加わる力でつり下げて測定する。この結果から、プランク定数をもとに1キログラムを定義することができる(プランク定数は、粒子の波動関数の周波数とその粒子のエネルギーの関係を定める定数)。

しかし、ワット天秤で得られたプランク定数をアボガドロ数に換算して比較すると、2つの方法で得られた結果はわずかに食い違っている。Beckerは「球を使った測定方法を改良すれば、不確かさを減らすことができると考えています。それには2年かかるとみていますが、トンネルの出口は見えています」と語っている。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110124

原文

Elemental shift for kilo