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細胞壁は活発にコミュニケーションする

植物の細胞壁は、単に物理的な容器として機能するだけでなく、重要なシグナル伝達過程にも関与している。 Credit: VW Pics/Contributor/Universal Images Group/Getty

1665年、顕微鏡を使ってコルク切片を観察していたロバート・フックは、コルクがたくさんの小さな区画で構成されていることを発見し、それを「細胞(cell)」と名付けた。実は、フックが見たのは死んだ細胞の「壁」、すなわち細胞壁だったのだが、それ以来、その内側に一般的に観察される柔軟な細胞内容物質はずっと研究の対象となっている。一方、細胞壁そのものに対しては、多くの植物研究者の興味は徐々に薄れ、細胞壁は内側で起こる興味深い生物学的現象を収める静的な物理的容器だと、考えられるようになっていった。

「実際、長い間、細胞壁は死んでいると思われていました」。こう話すのは、マサチューセッツ大学アマースト校(米国)の植物分子生物学者で生化学者でもあるAlice Cheungだ。Cheungによれば、細胞壁がいかに活発で絶えず変化する構造であるかが明らかになり始めたのは、20世紀後半になってからだという。だが、細胞壁は糖分子が長く連なって分岐している多糖の複雑な混合物であるため、その当時でも、非常にチャレンジングな生化学者以外、細胞壁の研究を敬遠していた。

しかし現在では、最新の分子的手法により、細胞壁の性質や構成が解析され、細胞壁についてより詳しく明らかになりつつある。例えば、細胞壁は、細胞の成長や生殖、感染への応答に、「おしゃべり」と言えるほど、積極的に関与していることが分かってきた。細胞壁は常に、その形状と構成についてのシグナルを受け取ったり送ったりしているのだ。研究者は、こうしたシグナルを「立ち聞き」し、微調整や別の要素の追加を行うことで、細胞壁科学を用いて農業を向上させようと、つまり、作物の病気を防ぎ、新たな植物や丈夫な交配種を作り出そうと、革新的な方法を探索している。

北京大学(中国)の植物生物学者、瞿礼嘉(Li-Jia Qu)は「植物の細胞壁は、コミュニケーションの観点からすれば、最も洗練されたシステムの1つです」と言う。瞿は、細胞壁のメッセージから得た知見を用いて遠縁の植物を異種交配させ、新しい土地に農業を広げる可能性のある魅力的な作物を作り出すことを、長期的に見据えている。

防御の最前線

細胞壁は、植物が環境と接する境界面であり、塩分などのストレス因子やカビなどの病原性因子に曝露されるため、それに応じて損傷を感知したり、適応したりしなければならない。

成長中の植物の細胞壁は、硬いケーブル状のセルロースやゼリー状のペクチン鎖など、主に多糖から構築されている。ペクチンは非常に複雑な分子で、さまざまに分岐しており、メチル基をはじめとする多様な修飾を受ける。「細胞壁とは、まるでたくさんの種類のパスタがごちゃ混ぜに入った巨大なボウルのようなものです」と、ペンシルベニア州立大学(米国ステートカレッジ)の植物細胞生物学者Charles Andersonは言う。

細胞壁は内容物を保護しているが、一部の病原体は酵素を使って細胞壁に穴を開け、細胞に感染する。これによって多糖の断片が生じ、何かが細胞壁を破壊したというシグナルが細胞に伝えられる。細胞が、こうした多糖の断片を、感染している病原体の細胞壁断片と共に感知すると、植物の免疫経路の遺伝子が活性化される。植物は、免疫応答の際にカロースと呼ばれる追加の多糖を産生できるようになり、これが細胞壁を強化する。また、抗微生物ペプチドや活性酸素種などの防御分子も作り出す。

このようなシグナルの作用は、既に農業の現場で活用されつつある。農家は畑に藻類や菌類の細胞壁由来分子を噴霧することで、後々侵入する可能性のある病原体に対してあらかじめ準備させることができる。細胞壁由来分子の噴霧により植物の免疫応答が活性化され、「植物に本来備わっている機構で感染と戦えるようになるのです」と、マドリード工科大学(スペイン)の植物生物学者Antonio Molinaは言う。彼によると、この方法を用いれば、農家が強力な殺菌剤を使用しなくて済む可能性があるという。

Molinaはこの技術を使用する2つの会社を共同で設立しており、菌類あるいは植物からの抽出物を作物の保護剤として製造している。

チューリヒ大学(スイス)の植物免疫学者Cyril Zipfelは、現在の接種剤(inoculant)は植物または病原体から得られた、ほとんど未精製の混合物であると言う。Zipfelは、免疫経路の基盤となるシグナル伝達の解明に取り組んでおり、こうした研究によって、より特異的で、合成さえもできる薬剤の開発が可能になると考えられる。

しかし、トレードオフもあるとMolinaは言う。まず、接種剤の効果は3~4週間しか持続しない。成長の遅い作物への再散布には費用がかさむ可能性がある。それでも、感染リスクが高い時期、例えば雨が降った後などに、集中的に接種剤を使用することで、うどんこ病などを防げるかもしれないとMolinaは考えている。

もう1つの課題は、植物が防御を高めるには、常に成長のための材料やエネルギーが利用されるため、成長が遅れる可能性があることだ。従って、農家は慎重に接種剤を使用する必要がある。

ペクチンの働き

もちろん、細胞にとって、細胞壁は物理的な容器として必要である。細胞壁がなければ、細胞内のすさまじい水圧によって細胞は破裂してしまうだろう。その一方で、植物の成長を鑑みれば、動きのない静的な殻として細胞壁を考えることがどれほど不十分であるかは明白である。植物細胞が成長するには、まず細胞壁が拡張しなければならないと、エバーハルト・カール大学チュービンゲン(ドイツ)の植物分子生物学者Sebastian Wolfは言う。

そこでペクチンの登場である。ペクチンは、少なくとも12種類の糖が、20タイプ以上の結合様式で連結された複雑な分子であるとWolfは言う。「ペクチンは本当にとても複雑なので、実像が分からないのです」。またペクチンは動的でもあり、修飾を受けることも多い。ペクチンは、そうした修飾によって、硬くなって頑丈な植物を支えることも、あるいはより柔らかくなって植物の成長に応じることもできる。マーマレードは、ペクチンのこの性質を利用して作られている。最初は柔らかいペクチン分子が、架橋して水分を吸収し、より硬く、ゼラチン状の粘性を帯びてくるのだ。

成長中の植物では、ペクチンを柔らかくしたり、硬くしたりする重要な修飾がある。ペクチンを構成する糖へのメチル基による修飾(ペクチンのメチル化/脱メチル化)である。細胞壁の成長や補強のためにさらなる原料が必要になると、細胞壁の内側ではメチル基で修飾されたペクチンが産生される。メチル化ペクチンは可溶性が高いと考えられ、周囲の細胞壁に分泌されるようになる。細胞壁に取り込まれたメチル化ペクチンは、酵素によってメチル基が除去され固まり始める。凝固し始めると、メチル基が結合していた糖分子の負電荷を持つ原子が露出するようになる。すると細胞壁のカルシウムイオンが、2つの糖に同時に結合してペクチンを架橋し、より硬く、水を吸収できる物質にする。

Wolfは、ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク(ドイツ)の大学院生だった2000年代初め、メチル基がペクチンに及ぼす影響に興味を持ち、植物遺伝学者が愛用するシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いて、メチル基を除去できない変異株を作製した。Wolfはこの変異株では細胞壁が柔らかくなると期待したが、変異株は予想以上に奇妙な表現型を示した。長く波打った根を持っていたのだ1。Wolfは、この表現型からセルロースが関与する細胞のシグナル伝達に異常がある変異株のことが頭に浮かび、ペクチンも、細胞壁の構造というだけでなく、細胞の「会話」にも役割を担っているのではないかと考えるに至った。

Wolfは、この研究をフランス国立農業・食料・環境研究所(ベルサイユ)で継続し、植物の成長制御に関与する細胞壁シグナル伝達(ブラシノステロイドシグナル伝達)を見いだした1,2。メチル基で修飾されたペクチンが過剰に存在していることを細胞表面の受容体が感知すると、このシグナル伝達が開始し、細胞にメチル化ペクチンの産生パイプラインを調整するよう伝えられる。すると、メチル基を除去する酵素の産生が増え、細胞壁のペクチンを凝固できるようになる。

細胞壁シグナル伝達は、成長中の細胞が独特な形状をとるのを助けることさえもできる。例えば、植物の表皮に存在する敷石細胞に見られる、互いにかみ合ったパズルピースのような形状が挙げられる。この形状は植物の葉の骨組みとなり、葉に強度を与える(「ぴったりはまる細胞壁」参照)。Andersonらは、シロイヌナズナの敷石細胞の発達中に細胞壁が送るシグナルを研究し、メチル基で修飾されていないペクチンと、このペクチンを感知するFERONIAと呼ばれる受容体が別の会話を交わしていることを見つけた3。ただし、ここではセルロースも重要になる。セルロースはペクチンと共に、パズルピースのへこんだ部分(首部分)を強化するのに必要である。首部分が強化されなければ、細胞の他の部分がそのくぼみに向かって膨らんでしまう。またFERONIAが存在しないと、このくぼみは通常ほど深くならない。

Andersonらは、健康な葉細胞でくぼみが生じる過程を次のように考えている。細胞壁のメチル基で修飾されていないペクチンは、「首部分を支えるのに十分なペクチンが存在している」という標識である。このメチル化されていないペクチンが細胞表面においてFERONIAを含む複合体に付着すると、細胞は同じ場所でセルロースの作製を開始する。セルロースとペクチンの協働により細胞壁が強化され、くぼんだ構造が支えられる。

一方Wolfは、細胞を形作る細胞壁の役割を研究し続けており、2025年前半にはプレプリント論文で、植物幹細胞が細胞壁ペクチンのメチル化状態を制御して、植物幹細胞の幹細胞性を維持し、植物の新たな部分を形成するに違いないと報告した4。Wolfは、これらのシグナル伝達経路を用いて、植物の形成機構に介入できる可能性があると考えている。「植物が成長する仕組みや植物の外観を根本的に変えることができます」。例えば、植物がセルロースをあまり産生しなければ、「ずんぐりとした」形に成長する。しかし、まずは基盤となる成長経路についてもっと学ぶ必要があるとも、Wolfは警告している。

交配種の可能性

こうしたパズルピース状の細胞にあるFERONIAは、細胞壁シグナル伝達で機能する重要な分子であることが明らかになった。だがFERONIAは、あらゆる植物に見られ、さまざまな結合分子と相互作用して、葉の細胞の形だけでなく、根の成長から環境ストレス応答まで、多様なシステムに影響を及ぼす。FERONIAはペクチンに結合して細胞壁の完全性を維持しているので、FERONIAがなければ、細胞壁は脆弱で多孔質になってしまう。興味深いことに、FERONIAを欠損する変異株は生存可能である。だが、かなり不健全で「非常に小さくちっぽけです」と瞿は言う。しわくちゃで縮れた葉が出て、直立状態を保つための維管束系がないため地面をはうように伸びるのだ。さらに瞿は、「種子は形成可能ですが、非常に少ないです」と付け加えた。

FERONIA欠損株でのこのような繁殖能力の低下は、FERONIAの主な役割の1つが植物の生殖過程でも細胞壁を監視し制御することのためである。実際、FERONIAはエトルリアの豊穣の女神フェーローニアにちなんで名付けられた。そして瞿とCheungは、この細胞壁シグナル伝達を利用して植物の生殖システムを変化させれば、丈夫な雑種を作り出せるのでないかと考えている。

被子植物の種子形成は、花粉が花の雌性生殖器官である雌しべの柱頭に付着することから始まる(「被子植物の生殖を支える細胞壁」参照)。花粉は柱頭に付着すると、長い管(花粉管)を伸ばし始める。この過程は発芽として知られていて、「泳ぐ」ことができない精細胞を運ぶ。花粉管が雌しべの細胞壁を貫通し、雌しべ組織中を先へ先へ進んで卵細胞が存在する胚珠に到達すると、花粉管の先端が破裂し、一対の精細胞が放出される。そのうちの1つが卵細胞と受精して胚が形成され、もう1つは中央細胞と受精して胚乳を生じる(重複受精)。胚乳は胚を支え、栄養を与える。Cheungらは、FERONIAと関連受容体がこの過程のあらゆる段階に関与していることを示した。

まず、柱頭は花粉が適合するものであるかどうか見極めなければならない。同一種の花粉でなければならないが、多くの植物は自家受精を回避し(自家不和合性)、遺伝的多様性のために異なる個体の花粉を求める。FERONIAとその結合分子は、柱頭に活性酸素種の生成を誘導して、適合しない花粉による発芽を阻止する。この認識は、鍵と鍵穴のシステムに依存していると瞿は説明する。花粉が正しい鍵を示すと、柱頭はFERONIAの活性を変化させ、活性酸素分子の生成を止める5。さらに花粉とFERONIA複合体の間の同じシグナルによって、雌しべの細胞が水を排出し、花粉に水分を与えて、発芽を助ける。

花粉管と、雌しべのFERONIAおよび関連受容体は、花粉管の卵への旅を制御する。花粉管壁を硬く保つ一方で花粉管の先端は成長のために十分柔らかくし、さらに、花粉管が胚珠に入って破裂する時まで細胞壁の完全性を維持する。これらの受容体が適切に機能しないと、複数の花粉管が精子を放出せずに個々の胚珠に侵入して混乱状態が生じ、種子形成がうまくいかない。

研究者は、植物を何とか異なる種と交配させようと、花粉が柱頭に付着したまさにその瞬間からFERONIAのメッセージの正確性を低下させる方法を試験している。例えば、Cheungと、以前Cheungの研究室に所属していて、現在は山東農業大学(中国泰安)の植物生物学者である段巧紅(Qiaohong Duan)は、柱頭で活性酸素種を除去する分子を用いて、不和合花粉との交配(自家受精)を容易にした6。また、瞿はCheungと共同研究もしており、合成した「花粉の鍵」を用いて、外来花粉が雌しべへ進入できるようにし、雑種胚を作り出した7。さらにCheungと段らも、遺伝学的な技術により、FERONIAシステムを一過性に無効化し、遠縁の花粉が柱頭ゲートを通過できるようにした8

これによって、不適合な受精を防ぐ全てのシステムを除去できるわけではないが、一部を無効化するだけで十分であるはずだとCheungは言う。1つでも雑種胚の作製に成功すれば、植物育種家が栽培するには十分だとCheungは言う。「それでビジネスになります」。

細胞壁の構成要素、特にペクチンの変化は、果実の成熟と密接に関係しており、研究者が新しいタイプの作物を設計するのに役立つ可能性がある。例えば、トマトの発育と成熟には細胞壁構造に関係する50以上の遺伝子が関与していると、ノッティンガム大学(英国)の植物生物学者Graham Seymourは言う。これらの遺伝子が関与する特定の細胞壁シグナル伝達についてはあまりよく分かっていないが、生物工学者がこうしたシグナルを変化させることで、果実を改変できる可能性があるとSeymourは推測している。「細胞壁構造を変化させて、よりとろける食感やシャキシャキした食感を実現したり、非常に良い品質を維持しながら保存期間を延ばしたりすることも可能でしょう」。

これは、新しい考え方ではない。フレーバーセーバー(Flavr Savr)と呼ばれるトマトがその例だ。フレーバーセーバーは、ペクチン分解酵素の産生を大幅に減らすよう改変されており、つるに実がなった状態で成熟してよりおいしくなるようにし、さらに、従来のトマトより日持ちするようにしているので長距離輸送や販売期間の延長が見込まれた。実際、米国のスーパーマーケットで1990年代に販売されたが、それでも結局は柔らかくなり、また高い生産コストの割には期待された味わいとはならなかった。今となっては、フレーバーセーバーは市場から姿を消してしまった。

ペンシルベニア州立大学の植物生物学者Daniel Cosgroveは、問題はペクチンベースの会話には複雑で重なり合う経路の数千の遺伝子が関与していることだと言う。そのため、植物生物工学者が1つの遺伝子、あるいはいくつかの遺伝子を変化させても、不運なフレーバーセーバーで起こったように、目的を達成できないかもしれない。「結局のところ、いまだ私たちの理解の域を超えているのだと思います」とCosgroveは言う。

しかし、瞿をはじめとする植物研究者らは、この分野の数奇な歴史や複雑なシグナル伝達経路にひるんでいない。瞿自身、キャベツとクレス(コショウソウやクレソン)、あるいはカリフラワーなど、近縁な植物を交配するだけのアイデアに満足していない。彼は、食用ではないが塩水で育つマメ科植物と、大豆や米などの代表的な作物との交配に非常に興味を持っている。

瞿の研究が成功すれば、いつか中国の海水に浸かった沿岸が水田に変わり、景観や食料供給を劇的に変化させる日が訪れるかもしれない。それは、「細胞壁が細胞の別の部分に話し掛け、細胞が返事をする会話」のおかげということになる。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 23 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2026.260137

原文

Plants have a secret language that scientists are only now starting to decipher
  • Nature (2025-10-30) | DOI: 10.1038/d41586-025-03473-y
  • Amber Dance
  • 米国カリフォルニア州ロサンゼルス在住の科学ジャーナリスト

参考文献

  1. Wolf, S., Mravec, J., Greiner, S., Mouille, G. & Höfte, H. Curr. Biol. 22, 1732–1737 (2012).
  2. Wolf, S. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 111, 15261–15266 (2014).
  3. Lin, W. et al. Curr. Biol. 32, 497–507 (2022).
  4. Zerin, T. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2025.05.19.654883 (2025).

  5. Liu, C. et al. Science 372, 171–175 (2021).
  6. Zhang, L. et al. Curr. Biol. 31, 3004–3016 (2021).
  7. Lan, Z. et al. Cell 22, 4773–4787 (2023).
  8. Huang, J. et al. Nature 614, 303–308 (2023).