チームワークで切り拓いたCOVID-19研究
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–– 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが起きた時には、その当初から、いち早く研究成果を発信してきました。次々と発表するそのスピードには世界が驚かされました。
私はもともとは、コロナウイルスとは全く別種の、AIDSの原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス(HIV)を専門とする研究者でした。しかし、COVID-19が猛威を振るい始め、「自分の専門外のウイルスの話などと言っている場合じゃない。ウイルス研究者として何かをしなければ」という思いに駆り立てられました。
論文を書くスピードが速いのは、私の特技でもありました。COVID-19では、研究のスピードが何より求められましたから、その特技が大いに生かされたのかもしれません。実験や解析といった研究そのもののスピードは、研究チームを立ち上げ、みんなで協力して進めたことによるところが大きいです。
COVID-19の研究に乗り出す
–– AIDSの分野ではどんな研究をされていたのですか?
HIVを分子生物学的に研究していましたが、特に、ウイルスと宿主であるヒトがどのように共進化してきたかに興味を持っていました。ウイルスやヒトの遺伝子の塩基配列を比較することで、遺伝子の変異から進化の道筋を推定するのです。コンピューターを用いた情報学の技術が重要な研究分野であり、私はそうした情報学の専門家と共同研究を行ってきました。京都大学での13年ほどの学生・ポスドク・スタッフとしての生活を経て、2018年に東京大学医科学研究所で独立しましたが、それから間もなくCOVID-19が起こったのでした。
–– COVID-19の最初の論文は、2020年3月下旬に実験開始、5月17日に投稿という速さでした。
最初の論文は、情報学(分子系統学)が専門の東海大学の中川草(なかがわ・そう)さん(当時講師、現在准教授)との共同研究で、ウイルスの変異とCOVID-19重症度の関係を解析した内容でした。
インターフェロンは、感染初期に感染を抑える働きをするヒトの免疫タンパク質です。このインターフェロンの働きを抑える遺伝子(ORF3b)が重症急性呼吸器症候群(SARS)ウイルスの研究で見つかっていました。そこで、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)についても調べてみることにしたのです。ORF3b遺伝子をヒトの培養細胞に導入し、その働きをSARSウイルスのものと比べる実験を行いました。すると、SARS-CoV-2のORF3b遺伝子は、SARSウイルスのものよりもずっと強いインターフェロン抑制効果を持つことが示されました。これは、遺伝子の配列情報を基にした私たちの予想と全く異なるもので、解釈に非常に悩みました。
この実験は、東京がロックダウンされることを危惧し、わざわざ古巣の京都大学の実験室の一角を1カ月間借りして行ったものです。簡単に諦めるわけにはいきません。私たちの実験結果を解釈できるデータが他にないかと、海外のプレプリント(査読前論文)レポジトリや、ウイルス変異が登録されているGISAIDデータベースを必死に探し、エクアドルの臨床医にメールで問い合わせたりもして、次のような解釈にたどり着いたのです。SARS-CoV-2のORF3b遺伝子はインターフェロンの働きを強く抑制すること。そしてORF3b遺伝子に変異が生じると、インターフェロン抑制効果に違いが生じ、COVID-19の重症度に違いが出ること。これにより、ようやく私たちの実験結果が正しかったことが分かり、論文にまとめられたのです1。
–– その後、G2P-Japanが立ち上がりました。
東京に戻り、SARS-CoV-2の別の遺伝子であるORF6遺伝子についてもインターフェロン抑制効果を調べ、論文にまとめました。
これらの2つの論文が評価されたこともあり、2021年初頭、COVID-19の基礎研究に関する大型研究費を獲得することができました。世の中にはSARS-CoV-2の変異株が出現してきており、ウイルスの進化に興味のある私たちには変異株の解析はぴったりです(図1)。
図1 SARS-CoV-2の進化。これまでに出現した主要な変異株の系統関係を図示したもの。右側は、さまざまなオミクロン亜株。 Credit: Kei Sato
研究をスピードアップするためには、並行して解析することが重要と考え、チームを立ち上げることにしました。チーム名は「G2P-Japan」。英国のコンソーシアム「G2P-UK」の名をなぞったものです。G2Pとは、遺伝子の変異(遺伝子型 = Genotype)からウイルスの性質(表現型 = Phenotype)を突き止めるという意味です。
中川さんをはじめ、生きたウイルスを扱う実験技術を持つ池田輝政(いけだ・てるまさ)さん(熊本大学准教授、現在教授)、さらに本園千尋(もとぞの・ちひろ)さん(熊本大学講師、現在准教授)、齊藤暁(さいとう・あかつき)さん(宮崎大学准教授)らが加わりました。
–– 今度はどんな変異に注目したのでしょうか?
G2P-Japanの最初の研究は、本園さんの発見に着目しました。感染は、ウイルスのスパイクタンパク質がヒト細胞表面に結合して始まり、それに対しヒトの免疫系がヒト白血球抗原(HLA)を介して働くことにより感染に対抗します。本園さんは、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質のL452を含む領域が日本人に多いHLA型の人で認識され、攻撃されることを発見していました。そこで、変異株の情報解析をしてみると、米国で出現したばかりのSARS-CoV-2イプシロン株が、そのスパイクタンパク質にL452Rという変異を獲得していることを見つけました。そこでG2P-Japanでは、L452Rという変異を持つSARS-CoV-2を作って実験してみました。すると、免疫から逃げるだけでなく、感染力を強める効果もあることが分かりました。
研究を開始した1月に、「3月末までに論文にする」と私がチームのみんなに宣言しました。彼らは半信半疑だったかもしれませんが、3月中にデータが集まり、私はすぐに論文にまとめて4月13日には投稿、5月には採択されました2。「みんなで頑張れば本当に素早く論文を作ることができるんだ」と皆が実感し、チームの士気が一段と上がった気がします。
–– Natureへも次々と論文掲載されました。
デルタ株の論文を7月に、オミクロン株の論文を12月に2報、Natureに発表しました。
デルタ株の解析では、スパイクタンパク質にあるP681R変異を標的にすることを中川さんと相談して決めました。解析を開始したのは5月。この変異が感染細胞の融合を引き起こし、その結果感染を起こりやすくすることを見つけ、6月17日には急ぎプレプリントで発表しました。これは培養細胞での実験結果だったのですが、福原崇介(ふくはら・たかすけ)さん(北海道大学教授、現在九州大学教授)の動物実験でさらに確認し、特に肺組織での病原性が高いことを明らかにしてから、7月22日にNatureに投稿しました3。
次に現れたオミクロン株の解析では、英国のG2P-UKから共同研究を持ち込まれたこともあり、G2P-Japanのチームを2つに分けて、同時に実験を進めました。英国との共同研究4は、ワクチンに対する免疫抵抗性や治療薬の効果などを調べる内容でした。私たち日本のグループが主体となった研究5では、オミクロン株は感染による細胞融合が起きにくく、病原性が低いことを確認できました。また、私の研究室の伊東潤平(いとう・じゅんぺい)さん(特任助教、現在准教授)は情報学の専門家ですが、彼がウイルスゲノムのGISAIDデータベースを監視し、ウイルス株の伝播力を推定する数理モデルを作成しました。それを用いて、オミクロン株の伝播力はデルタ株より2〜5倍高いことを明らかにしました。このモデルを使えば、実効再生産数も推定でき、次にどのウイルス株が支配的になるかという予測も可能になりました。
–– 学術誌側も緊急性のある研究成果の発表に積極的でした。
当時、Natureをはじめトップ学術誌の編集者から「次はぜひ当誌に投稿を」と連絡が来るようになりました。またSNSで、「オミクロン株の論文を最初に出すのはどの研究室か?」などとオッズがかけられたりして、自分たちがCOVID-19研究のトップグループにいるのだと実感するようになりました。
私たちの研究が評価されたのは、ウイルスの「伝播力」「免疫抵抗性」「病原性」の3点を全部解析したからだと思います。他の研究者の論文は、どれか1点だけについての解析がほとんどだったのです。この3つの解析をスピーディーに行うことができたのは、やはり、チームで取り組んだからです。
チームのメンバーは皆全力を費やし、誰一人として手を抜く人はいませんでした。私が優れていたのは論文を書くスピードが速いということだけで、それ以外のところは集まったメンバーが素晴らしかったからですね。
基礎研究が社会の役に立っている
–– G2P-Japanのチーム編成で心掛けたことは?
自分たちの考えを何でも言い合えるチームにしようと思い、同年代の若い人たちをメンバーにしました。私はあまり社交的な人間ではないので、交友関係は広くはないかもしれませんが、逆にそれが功を奏したところもあると思います。しっかりつながっている人だけを誘えたからです。
私は若い時から、米国のコールド・スプリング・ハーバー研究所で開かれるHIV関連の研究集会に参加し続けていましたが、そこで世界に研究成果を発信できる日本人研究者は少なく、どうしたら世界にアピールできるのだろうかと同年代の池田さんや齊藤さんらとよく話をしていたものです。それが、COVID-19の研究で自分たちが世界をリードする1グループとなり、感慨深いです。
–– 論文投稿とプレプリント公開をほぼ同時に行いますね。
論文ができたら学術誌に投稿し、ほぼ同時にプレプリントサーバーで発表して、SNSで拡散するやり方を続けてきました。専門家からの反応もSNSからすぐに得られます。また、プレプリントを基にマスコミから取材を受け、それがすぐにニュースになっていました。
私たちの研究は、専門家に対してだけでなく、一般の人たちの疑問にも答えられていたのだと思います。テレビの取材などで質問されるのは、「伝播力」「免疫抵抗性」「病原性」の3点でした。私たち基礎研究者の疑問と、一般の人たちの疑問がイコールになり、基礎研究がそのまま、社会のみんなの疑問に答えているのだと実感しました。
–– ところで論文を書くのがなぜそんなに速いのですか?
上手かどうかはさておき、文章を書くのがもともと好きなのだと思います。データを解釈してストーリーを作り、論文にまとめるのが好きなんです。論文の書き方自体は、大学院生のときにカナダからの留学生にみっちり教わりました。論文には構成があり、構成に沿って、そこに書くべきことを書くこと。特に日本人は、Discussionに書くべきことをResultに書きがちなので注意する、というような基礎的なことを学びました。
京都にいた時のことですが、私は幸運にも30歳になった時に、共同研究者を介して大きな研究費をもらえることになりました。ポスドクを2人雇い、論文を書くのが自分のメインの仕事になったので、データが出たらすぐに投稿して、論文書きの訓練に努めたのです。
G2P-Japanでは、Slackで連絡し合っていましたが、もちろんデータが来なければ論文は執筆できませんから、私は毎日のように「データは出ましたか? いつ出ますか?」と連絡を入れていました(笑)。私たちは互いのことをよく知っているので、言いやすかったこともあります。
–– 旧知の仲間も驚かせた行動力があると聞きました。
COVID-19の研究を始めた当初、私たちには患者の血清を手に入れる手段がありませんでした。感染者の免疫抵抗性などを調べるためにはどうしても血清が必要です。思案したあげく、テレビやSNSで見た倉持仁(くらもち・じん)医師(インターパーク倉持呼吸器内科)の熱意あふれる姿に勇気を得て、面識のなかった彼に思い切ってSNSのダイレクトメッセージを送ってみたのです。そうして、ようやく血清をいただけた、ということがありました。
私は山形の出身でもともとは、東北人気質というか、内向的でネガティブな発想をしがちという自覚があり、大学院生のときに自分の性格を変えたいと思うようになりました。ある尊敬する先輩研究者に大きな影響を受け、物事をポジティブに捉えるように心掛けたのです。例えば、自分が何か目立つような行動をしようとしたときに「周囲に妬まれるのではないか」と心配しがちだったのですが、「何も行動してない人、つまり努力していない人に、そんなこと言われても気にすることはない」とその先輩に諭され、自分の行動に自信を持てるようになったものです。
これからのCOVID-19研究
–– SARS-CoV-2の今後の変化はどうなるでしょうか?
2024年末、コロナウイルスの国際会議が日本で開催された。 Credit: Kei Sato
SARS-CoV-2の進化のパターンは少なくとも2つあると考えています。1つは大進化で、デルタ株やオミクロン株、JN.1株などの出現がそれ。系統的に大きく違うものが突然出てきて、わっと増えて主流株に置き換わる。現在も年1回のペースで起きています。もう1つは連続的な小進化で、大進化で生じた株が少しずつ変化していきます。コロナウイルスのこの2つの進化パターンは今後もずっと続くと考えられます。
私の研究室の伊東さんが作った情報科学モデルは、世界中のウイルス変異が登録されるGISAIDデータベースを常に監視し、伝播力の強い変異株の出現を予測できます。次に主流になる株を予測して、実験による検証を早期に開始できるのです。小進化が予測された場合はこの研究室内でワクチンの効果(免疫抵抗性)だけを調べ、大進化が見つかった場合には、G2P-Japan全体で病原性なども加えて解析することにしています。G2P-Japanは、発足当初はたった数人の研究チームでしたが、2025年1月現在では総勢100人を超える大所帯となりました。
–– これからのCOVID-19研究をどう進めていきますか?
私たちの研究室は、HIVの研究に戻ることなく、今後もコロナウイルスを研究していくことに決めました。日本では2023年にCOVID-19が感染症法の5類になり、COVID-19に関する研究で研究費を獲得するのが驚くほど難しくなりました。同じことが世界中で起きています。パンデミックで急増したCOVID-19の研究者が、皆いなくなってしまうのです。これでは、コロナウイルスの研究が全然深まりません。
幸いにも私の研究室はいくつかの研究資金が得られています。SARS-CoV-2だけでなく、重症急性呼吸器症候群ウイルス(SARS-CoV)や中東呼吸器症候群ウイルス(MERS-CoV)などを含めたコロナウイルス全般を対象に、進化的な起源なども含め研究していきます6–9。これらのコロナウイルスは、21世紀に入って既に3回もアウトブレイクを起こしているのです。ですから、近い将来にまたコロナウイルスのアウトブレイクが起きる可能性は十分に考えられ、それに対する備えは絶対重要だと思います。
2024年にはコールド・スプリング・ハーバー・アジアの国際会議を日本で開催し、次なるパンデミックに備えて、コロナウイルスの進化、病原性などについて話し合いました。
–– 進化的な起源とは?
SARS-CoV-2がコウモリを起源とすることは間違いないと思いますが、コウモリのウイルスがどのようにしてヒトへ伝播したのか、そして、どのようにしてヒトからヒトへと感染する能力を獲得したのかを突き止めることは、将来起きるかもしれないパンデミックへの根本的な備えになります。私たちは東南アジアのさまざまな地域でサーベイランスを開始し、ヒトへの感染力があるコウモリのウイルスを調べているところです。
私の興味の原点は、高校生の時に読んだ、HIVの進化的起源を解明する研究者の新聞記事です。私は、G2P-Japanの研究を紹介する書籍(『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』日経サイエンス社)を2023年末に出版し、2024年はそれを全国の高校に寄付することにしました。私たちの研究に興味を持ってくれる若い人が増えてくれることを願っています。
–– ありがとうございました。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)
著者紹介
佐藤 佳(さとう・けい)
東京大学医科学研究所
感染・免疫部門システムウイルス学分野教授
2010年京都大学大学院医学研究科医学専攻博士後期課程修了(短縮)(医学博士)。京都大学ウイルス研究所附属新興ウイルス研究センター特定助教。2012年京都大学ウイルス研究所助教、講師などを経て、2018年東京大学医科学研究所感染症国際研究センター准教授。2022年より現職。
感染症研究のやりがいを一般社会に伝えるために、週刊プレイボーイのウェブサイトで、「「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常」を連載中。
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2025.250338
参考文献
- Konno, Y. et al. Cell Reports 32, 108185 (2020).
- Motozono, C. et al. Cell Host & Microbe 29, 1124–1136 (2021).
- Saito, A. et al. Nature 602, 300–305 (2022).
- Meng, B. et al. Nature 603, 706–714 (2022).
- Suzuki, R. et al. Nature 603, 700–705 (2022).
- Ito, J. et al. Nat. Commun. 14, 2671 (2023).
- Tamura, T. et al. Nat. Commun. 14, 2800 (2023).
- Tamura, T. et al. Nat. Commun. 15, 1176 (2024).
- Fujita, S. et al. eBioMedicine 104, 105181 (2024).
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