COVID-19は武漢の市場で始まった
COVID-19の初期の症例の多くは、武漢(中国)の華南海鮮卸売市場と関連があった。 Credit: Hector Retamal/AFP Via Getty
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)の起源を追う研究で、新たな手掛かりが見つかった。国際研究チームは、中国・武漢の華南海鮮卸売市場から採取したゲノムを再解析することで、COVID-19を引き起こす重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)をヒトに感染させた可能性のある動物6種を特定し、2024年9月にCellに報告した1。今回の研究により、この市場に動物とSARS-CoV-2が存在していたことが明確になったが、これらの動物自体がSARS-CoV-2に感染していたかどうかは確認されていない。
COVID-19の最も初期の症例の多くは、華南海鮮卸売市場と関連付けられており、この市場はCOVID-19パンデミックの起源を探る上で強い関心を集めてきた。今回の研究は、この市場の試料について行われた一連の解析の最新の結果である。研究チームは、再解析によって、この市場で最初の異種間伝播(スピルオーバー)事象が起こったとする説の説得力がさらに増したと述べている。つまり、SARS-CoV-2を持つ動物がヒトにウイルスを感染させ、これによってパンデミックが始まった可能性が高まった。今回の研究は、同研究チームが、中国疾病対策予防センター(中国CDC)のデータの一部に基づいて行った予備解析を拡張したものである(この予備解析の結果は、2023年3月にオープンリポジトリZenodoで公開された)。
しかし、今回の研究チームの結論は、中国CDCを中心とする研究チームがこれらのデータを最初に解析して2023年4月にNatureに報告したものとは異なっている。このNatureの研究でも、華南海鮮卸売市場において複数の動物とSARS-CoV-2が特定されたが、パンデミックの起源におけるこの市場の役割は不明だと結論付けられていた2。
COVID-19パンデミックの起源を解明する試みは、大きな論争を呼んできた(2021年5月号「SARS-CoV-2の起源を巡る5つの謎」参照)。ほとんどの研究者は、SARS-CoV-2はコウモリに起源があり、ヒトで見られる他の病原体の場合と同様に、おそらく中間宿主の動物を介してヒトに感染したと考えている。しかし、中間宿主に関する強力な証拠がないため、一部の研究者は、SARS-CoV-2が武漢ウイルス学研究所から意図的にまたは偶然、流出した可能性があると主張している。
市場の露店
今回の研究やNatureの研究の解析に使われたゲノムデータは、2020年1月1日にこの市場が閉鎖された直後に中国CDCの研究者らによって収集されたものだ。中国CDCの職員は数週間にわたって何度もこの市場を訪れ、露店、ごみ箱、トイレ、下水、野良動物、放置された冷凍動物製品からスワブ(拭き取り)試料を採取した。これらの試料には、多数の生物や環境に由来する多くのDNAやRNAが含まれていたため、研究者らはこれらの塩基配列解読を行い、精査する必要があった。
「これは、初期のパンデミックとSARS-CoV-2の起源に関わる最も重要なデータセットの1つです」と、Cell論文の責任著者の1人で、フランス国立科学研究センター(CNRS、フランス・パリ)の進化生物学者Florence Débarreは言う。
中国CDCを中心とする研究チームが2023年4月にNatureに報告した解析結果では、華南海鮮卸売市場の試料から、SARS-CoV-2とタヌキ(Nyctereutes procyonoides)などの野生動物の遺伝物質が共に検出されたことが示されている。とりわけ、タヌキはSARS-CoV-2に感受性で、他の動物にこのウイルスを伝播させる可能性があることが知られている。しかし彼らは、こうした野生動物がSARS-CoV-2に実際に感染していたことを証明する方法はなかったと述べている。たとえ動物が感染していたとしても、ウイルスを市場に持ち込んだヒトから感染した可能性があり、必ずしもこの市場がパンデミックの発生場所であることを示すわけではない。
新しい技術
今回の最新の研究でDébarreらは、より洗練されたゲノム技術を用いて、試料に含まれる種を特定し、SARS-CoV-2の中間宿主の可能性がある6種の動物を突き止めた。宿主である可能性が最も高いのはタヌキとハクビシン(Paguma larvata)で、ハクビシンもSARS-CoV-2に感受性であると考えられている。他の候補宿主は、シラガタケネズミ(Rhizomys pruinosus)、アムールハリネズミ(Erinaceus amurensis)、マレーヤマアラシ(Hystrix brachyura)だが、これらの動物がSARS-CoV-2に感染して、感染を拡大できるかどうかは分かっていない。Débarreらは、キョン(Muntiacus reevesi)とヒマラヤマーモット(Marmota himalayana)もウイルス保有動物である可能性があるが、他の種よりも可能性は低いとしている。
ウイルスと動物の遺伝物質が同じ場所で見つかったことは、これらの動物が感染していたことを「強く示唆している」と、ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)のバイオセキュリティー専門家であるGigi Gronvallは言う。「この市場にこれほど多くの動物がいたことにとても驚きました」と、彼女は言う。
コウモリは、おそらくSARS-CoV-2の祖先ウイルスの起源であるが、今回の遺伝学的データでは検出されなかった。コウモリのDNAが検出されなかったのは意外なことではないと、香港大学(中国)の保全生物学者で、コウモリや野生動物取引を研究しているAlice Hughesは言う。コウモリは中国南部ではよく食べられているが、中国の市場ではあまり売られていない。
Débarreらはまた、華南海鮮卸売市場で確認されたSARS-CoV-2の多様性は、この市場がパンデミックの発生場所であったことを示唆していると言う。具体的には、A系統とB系統として知られる2つのSARS-CoV-2系統がこの市場で広く認められるという事実は、このウイルスの動物からヒトへのスピルオーバーが2回起こったことを示唆していると、彼らは言う(2021年11月号「新型コロナウイルスは動物からヒトへと2度ジャンプした?」参照)。Débarreらは、感染したヒトが2回に分けてこのウイルスを市場に持ち込んだ可能性もあるが、動物からヒトへのスピルオーバーが2回起こったというシナリオに比べると、その可能性ははるかに低いと結論している。特に、Débarreらの解析からは、この時点で感染していた人はごく少数であることが示唆されており、同一人物が両系統のウイルスを伝播したとは考えにくいからである。「これは、複数の動物集団で進行中の感染が、複数回にわたって人々にスピルオーバーしたという状況と、まさに合致しているわけです」と、Gronvallは言う。
NatureのニュースチームはNature論文の著者らに、今回のDébarreらの最新の研究結果と結論について尋ねたが、期限までに回答は得られなかった。
中国南部
この最新の研究からはまた、華南海鮮卸売市場のタヌキは、同じ湖北省の他の市場で取引されている野生タヌキにより近縁で、中国北部の省で見られる毛皮用の養殖タヌキとはそれほど近縁でないことが示唆されており、中国中央部または南部を起源とする可能性が考えられる。SARS-CoV-2に最も近縁であることが知られているウイルス株は、中国南部やラオスなどの東南アジア諸国のコウモリから単離されている。
今回の研究の共著者の1人で、スクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の応用数学者であるJoshua Levyは、次のステップは、今回得られた手掛かりを基に野生動物取引の対象となっている動物を追跡することだと言う。今回の研究は、今後のスピルオーバーを防ぐ方法についての実用的な情報を示していると、Levyは話す。例えば、露店主を追跡して動物がSARS-CoV-2に近縁のウイルスを保有していないかを検査したり、市場で見られる野生哺乳類のSARS-CoV-2感受性や、これらの動物がウイルスを容易に伝播し得るかどうかを調べたりすることが考えられる。
Hughesは、今回の知見は、病原体の伝播リスクを最小限に抑えるために、野生生物取引をより適正に規制する必要があることを実証していると言う。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 1
DOI: 10.1038/ndigest.2025.250115
原文
COVID pandemic started in Wuhan market animals after all, suggests latest study- Nature (2024-09-20) | DOI: 10.1038/d41586-024-03026-9
- Smriti Mallapaty
参考文献
- Crits-Christoph, A. et al. Cell 187, 5468–5482 (2024).
- Liu, W. J. et al. Nature 631, 402–408 (2024).
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