米国の乳牛における鳥インフル:どこで終わるのか?
乳牛は鳥インフルエンザH5N1ウイルスによる感染から回復しているようだ。 Credit: Ben Brewer/Reuters
米国の低温殺菌牛乳に鳥インフルエンザH5N1ウイルスが大量に含まれているという懸念は払拭された。しかし、乳牛でのアウトブレイク(集団発生)が終息する兆しは見えず、ウシがこの適応力のあるウイルスの永続的なリザーバーとなり、ウイルスが変異を獲得してヒトに感染する機会が増えるのではないかと、研究者らは警戒を強めている。
新しいデータによると、このH5N1ウイルスはウシと鳥類の間で感染を繰り返すことが可能で、この形質によって広範囲の地域に広がる可能性があることが示されている(go.nature.com/3qajc9p参照)。このウイルスは多くの種類の哺乳類を死に至らしめるが、感染したウシのほとんどは、重篤な症状を呈したり死亡したりすることがない1。つまり、検査を行わない限り、ウシが感染しているかどうかは分からないのだ。さらに、1頭のウシに複数のタイプのインフルエンザウイルスが感染している場合があるため、時間が経つにつれて遺伝物質の交換が起こって、ヒトにより容易に感染できる株が生じる可能性がある。
アリゾナ大学(米国トゥーソン)の進化生物学者Michael Worobeyは、「結局、遺伝子断片と変異の組み合わせが悪く、蔓延するウイルスが生じてしまいました。こうしたウイルスが生じる芽を摘む機会があったかもしれませんが、検出が非常に遅れたために、機会を逃してしまったのです」と言う。
ウイルスの拡大
1990年代以降、鳥インフルエンザH5N1ウイルスのさまざまな亜型が流行している。1996年に初めて検出された特に致死的な変異型H5N1ウイルスは、数百万羽の鳥類を殺し、哺乳類の多数の種で感染が見つかっている。しかし、これまでウシがこのウイルスの宿主となることは知られていなかった。
米国当局は2024年3月25日に、乳牛においてH5N1ウイルスの感染を確認したことを初めて発表した。同年5月7日までに、9つの州の36の乳牛群で陽性反応が確認された。低温殺菌牛乳の検査では、生きたウイルスは見つかっていない。しかし、ウイルスが蔓延するにつれて、研究者らは不安を募らせている。
ボストン大学(米国マサチューセッツ州)の環境疫学者Jessica Leiblerは、「ウイルスが、ウシのような、哺乳類の新しい宿主種を獲得するたびに、ヒトへの伝播やヒト免疫を低下させるリスクが高まります」と言う。
ウシへの感染はいつから可能に?
ゲノムデータによって、乳牛でのアウトブレイクの起源が明らかになってきている。2024年5月1日にbioRxivに投稿された査読前の論文2で、米国農務省の研究者らは乳牛から得られた200以上のウイルスゲノムを解析し、このウイルスが2023年後半に野鳥から乳牛に感染したことを見いだした。この結果は、virological.orgのディスカッションフォーラムにWorobeyらが同年5月3日に投稿した解析結果(go.nature.com/4baezra参照)を裏付けている(どちらの論文もまだ査読は受けていない)。
サスカチュワン大学(カナダ・サスカトゥーン)のウイルス学者Angela Rasmussenは、H5N1ウイルスに感染した乳牛は一般にインフルエンザで死ぬことはないので、乳牛はウイルスが他のウイルスと遺伝物質を交換できる「効果的な混合容器」になると言う。さらに悪いことに、現在の株はいくつかの種に同様に感染するようである。「ウシ、ヒト、鳥類の間で感染を繰り返すウイルスであれば、こうしたウイルスは、これら全ての種において効率的に増殖するための選択圧を受けることになるでしょう」と彼女は言う。
感染した動物の数が多くなるほど、ウイルスは変異を獲得する機会が増え、上気道で増殖する能力などが高まり、結果としてヒトからヒトへの伝播が増える可能性があると、Rasmussen。
危険なリザーバー
ヒトの観点から見ると、乳牛は、その飼育頭数の多さに加え、ヒトと接触する程度から、インフルエンザの動物リザーバーとして最悪の部類に入るかもしれないと、Worobeyは言う。家禽を殺処分することで、これまでの鳥インフルエンザのアウトブレイクは抑えられてきたが、ウシを殺処分するのは現実的な選択肢ではないと、Rasmussenは言う。なぜならウシは、個体の価格が高額な上、鳥類と違って感染によって死亡する可能性が低いためだ。
テキサス大学医学部ガルベストン校(米国)の感染症疫学者Gregory Grayは、H5N1ウイルスはウシでエンデミック(風土病)になる可能性さえあると言う。H5N1ウイルスの近縁株は、既に世界の一部の地域のニワトリやブタで風土病となっている。
研究者らは、このウイルスが乳牛群の間でどのように広がっているかを特定できていない。野鳥は、乳牛の餌の周りに集まったり、飲用水に糞をしたりするので、おそらく感染源の1つである。また鳥類は、乳牛よりもはるかに広範囲に感染を広げることができ、制御が難しいと、Grayは指摘する。
搾乳機などの農機具が感染源である可能性を示唆する証拠もあるが、空気感染の可能性を懸念する研究者もいる。「実際に乳牛への感染が起こっていると確信していますが、調べられていないのです」とGrayは言う。その主な理由は、酪農家が調査官による乳牛の検査をなかなか許可しないためだ。ウマに感染する近縁な変異株の中には、空気を介して数キロメートルにわたって伝播する株もあることが分かっており、これによって現在の株が酪農場間をどのように移動しているかを説明できるかもしれない。
Worobeyは、H5N1ウイルスの伝播経路についてより多くのことが分かるまでは、ウイルスを封じ込める最善の方法を決めるのは難しいと言う。米国農務省は2024年4月下旬以降、州境を越えて乳牛を輸送する前に検査することを義務付けている。これで必ずしも感染拡大が止まるわけではないが、少なくとも研究者がウイルスの移動経路を理解するのに役立つだろう。
集団免疫
H5N1ウイルスが空気感染する場合、乳牛へのワクチン接種が選択肢になるかもしれないとGrayは言う。H5N1ワクチンは米国のウシにはまだ使用されていないが、インフルエンザワクチンはブタや家禽に対して有効であることが証明されている。このため研究者らは、乳牛群に感染しているH5N1株に対する検討を行っている。
H5N1ウイルスがヒトからヒトへどれほど感染拡大するかについてのデータはほとんどない。2024年5月3日にNew England Journal of Medicineに発表された研究3では、テキサス州の酪農場で働いていた1名の感染が確認されたことが報告されている。しかし、この感染者と共に働いていた人や一緒に住んでいた人に対する検査は行われていない。
これまでのところ、米国当局はヒトでの多数の死亡例や重症例を報告しておらず、このウイルスの伝播性や致死性は高くなっていないことが示唆されると、Worobeyは言う。
水面下で
しかしGrayは、さらに多くのヒト症例についての事例報告があると言う。Leiblerは、酪農場で働く人への曝露は広範囲に及んでいると考えている。「症状のある患者が見つかった場合、それは氷山の一角です」と彼女は言う。最悪のシナリオとしては、H5N1ウイルスが気付かないうちに長期間にわたって複数の種に広がり、パンデミック(世界的大流行)を将来引き起こす可能性のある変異を蓄積していくということが考えられると、彼女は言う。「現在私たちは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックから、パンデミックというものがどれほど深刻な被害をもたらすのか分かっています」。
Leiblerは、公衆衛生の取り組みとして、酪農場で働く人とその家族へのウイルス検査が開始され、ヒトへの伝播が迅速に検出されるようになることを期待している。「H5N1は私たちと共存しています。決して消滅するウイルスではありません」。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 8
DOI: 10.1038/ndigest.2024.240811
原文
Bird flu in US cows: Where will it end?- Nature (2024-05-08) | DOI: 10.1038/d41586-024-01333-9
- Sara Reardon
参考文献
Burrough, E. R. et al. Emerg. Infect. Dis. https://doi.org/10.3201/eid3007.240508 (2024).
Nguyen, T.-Q. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2024.05.01.591751 (2024).
Uyeki, T. M. et al. N. Engl. J. Med. https://doi.org/10.1056/NEJMc2405371 (2024).
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