光合成進化の謎に迫る、新規の光合成細菌を同定!
–– まず、光合成細菌を研究し始めた経緯を伺えますか?
ツジ 私は父が日系二世、母が米国人で、米国とカナダで育ちました。子どもの頃、両親に連れられて米国のイエローストーンを旅行し、熱水という厳しい環境に生きる微生物を見て感動し、大きな興味を抱きました。このことがきっかけとなってカナダのウォータールー大学(オンタリオ州)に入学し、硝化細菌などの微生物を研究するジョシュ・ニューフェルド(Josh Neufeld)教授の研究室に入りました。極限の環境、例えば無酸素の状態が微生物にどのような影響を与えているか、そのような環境で生態系や栄養循環はどうなるのか、といったことを研究したいと考えたのです。
光合成細菌を研究するようになった契機は、特定の光合成細菌を探索するための、あるプロジェクトに参加したことにありました。2015年に、カナダ北部(オンタリオ州ケノラ近郊)に点在する「鉄分が豊富で、毎年、決まった季節に湖底が無酸素状態になる楯状地(たてじょうち)湖」に出掛け、鉄を利用して光合成を行う嫌気性の光合成細菌(クロロビ門に属する緑色光合成細菌、以下クロロビ)を採集して培養し、さまざまな解析を行うのが目的でした。クロロビは、約35億年前の鉄分豊富で無酸素状態の海にいた原始的な光合成細菌と、いくつかの特徴を共有すると考えられています。そのため、光合成細菌の進化や原始海中の微生物生態系を検討するために重要視されています。
私たちはサンプルとして湖の水を採集し、培養液、塩化第二鉄、二酸化炭素、酸素を発生する光合成細菌の阻害剤などを用いた集積培養を試みました。ところが、そう簡単にはいかず、結局2年もかかってしまいました。しかも、2年後にサンプルを対象とした簡易なDNA解析を行ったところ、目的とするクロロビは獲得できていませんでした。
失敗が未知の光合成細菌発見につながった
–– でも、「それで終わり」とはならなかったのですね?
ツジ そうなのです。目的のクロロビはいなかったのですが、私はめげずにサンプルの約3割(約50本以上)を冷蔵庫やインキュベーターの隅で保管し、毎週、培養液中の鉄濃度を測っていました。すると、その中に鉄濃度がわずかに低くなるものがありました。これは、鉄を消費する光合成細菌の存在をうかがわせる兆候です。そこで、時間を見つけては16S rRNA遺伝子による解析を進め、菌種の同定を試みました。クロロビはいなかったものの、まだ特定できない未知な光合成細菌がいそうだと思い、ワクワクしていました。
この時のサンプルは、複数の微生物が混在している状態でした。予備的なゲノム解析を行ったところ、クロロフレクサス門(Chloroflexota)細菌の未知グループではないかと思われる菌種が培養化されていること、そのクロロフレクサス門細菌が光合成関連遺伝子を持つことが分かりました。ただし、培養物の長期的な維持が難しく、研究は前に進みませんでした。そこで、カナダを離れ、光合成細菌培養の専門家である東京都立大学の花田智(はなだ・さとし)教授とMarcus Tank准教授を訪ねることにしました。滞在は5カ月と短かったのですが、花田先生らの知見を融合させることで、寒天培地の管内中に「未知のクロロフレクサス門細菌が含まれる、やや金色がかった鮮やかな緑色の培養物」を得ることに成功しました。
既知のクロロフレクサス門細菌の中にも光合成をする菌種がありますが、今回、発見した菌種は、それらとは全く異なる光合成システムを持っていると分かりました。既存の光合成を行うクロロフレクサス門細菌は「光化学系II」と呼ばれる光合成システムを使用する一方で、発見した菌種は「光化学系I」を持っていたのです。私たちは、この菌種を「Chlorohelix allophototropha(以下クロロヘリックス)」と命名し、さらに詳細な解析を進めることにしました。
–– なるほど。ここで、光合成生物について整理していただけますか?
ツジ 光合成を行う生物は、酸素を出すもの(酸素発生型)と、出さないもの(酸素非発生型)に分類されます。酸素非発生型は細菌でしか見つかっていませんが、酸素発生型には、シアノバクテリア、植物などの細菌以外の光合成生物も含まれています。進化的には、まず、酸素非発生型が登場し、その後、酸素発生型が登場したのではないかと考えられています。
既にお話ししたように、光合成を担う中心的なシステムには、光化学系Iと光化学系IIの2種類があります。より始原的だと考えられている酸素非発生型の光合成細菌は、そのいずれか1つを使用しています。シアノバクテリアなどの酸素発生型の光合成生物は、後になって光化学系IとIIが融合することで進化したと考えられています。
研究者たちは、光合成の古代進化を理解するには、光化学系IとIIの進化的関係性を解明しなくてはならないと考えてきましたが、解明には至りませんでした。既知の「光化学系Iを持つ光合成細菌」と「光化学系IIを持つ光合成細菌」が進化系統的に大きく離れているために比較することができず、互いの関係性を説明するのが不可能に近かったからです。
日本での単離培養と詳細な解析
–– 最初の培養実験の後は、日本で解析を続けられたのですね?
ツジ 最初の培養段階では、クロロヘリックスと他の複数の微生物が混在している状態だったので、クロロヘリックス独自の特性を実験的に検証するのは困難でした。そこで学位を取得した後、他の微生物を排除してクロロヘリックスの純化を行うために、ポスドクとして北海道大学 低温科学研究所の福井学(ふくい・まなぶ)教授や、渡邉友浩(わたなべ・ともひろ)准教授らと共同で培養実験を行いました。その結果、「クロロヘリックスと共生している1種の微生物」だけを残す形で、ほぼ純化することに成功しました。これでやっと、クロロヘリックスの光合成反応や色素特定を含む生化学的な解明が可能となりました。ゲノム解析と遺伝子発現解析(メタゲノム解析・メタトランスクリプトーム解析)を組み合わせた解析では、クロロヘリックスが光化学系Iを利用して光合成を行っていることを立証できました。
–– 一連の成果により、どのような新たな知見が得られ、どのようなインパクトを与えたと言えるのでしょう?
ツジ 今回、発見した光化学系Iを持つクロロフレクサス門細菌と、既存の光化学系IIを持つクロロフレクサス門細菌は互いに近縁です。このように同じクロロフレクサス門内に光化学系Iを利用するものとIIを利用するものが混在することは、「両方の光化学系を持っている、より始原的なクロロフレクサス門細菌」の存在を示唆します。実は、既存の光合成クロロフレクサス門細菌は光化学系IIを持ちつつも「光化学系Iを利用する光合成細菌と類似した光合成遺伝子」を持っているのですが、その謎も解けたと言えます。
今後は、クロロヘリックスの発見が、クロロフレクサス門細菌の進化だけでなく、古代の光合成の進化も解き明かすことにつながることを期待しています。地球に大量の酸素をもたらした酸素発生型の光合成細菌は2つの光化学系を連動させていますが、これが、どのようにして登場したのか全く分かっていません。古代の光合成細菌に光化学系IとIIを共に持つものがいたとすれば、それが酸素発生型の光合成細菌を誕生させるカギになった可能性があります。つまり、クロロヘリックスや他のクロロフレクサス門細菌の生理学的特徴を解明して比較し、進化の道筋を解き明かすことで、原始的な光合成の機能や、光合成進化が地球にどのような変化をもたらしたのかを詳細に理解できると期待できます。
目標は、原始の海の微生物生態系を解明すること
–– どんな点に苦労され、どのように乗り越えられましたか?
ツジ 最も苦労したのは、2016年に培養化に挑戦し始めてからの約2年です。失敗続きで、どうやったらうまくいくのか1人で試行錯誤する毎日でした。2年後にようやく安定して培養できるようになりましたが、今、振り返ると、失敗しつつも独自のやり方でコツコツ進めたことが成功につながったのだと思います。当時のボスであるニューフェルド教授が非常に寛容で、励まし続けてくれたことも大きかったです。論文の共著者の1人となった学部研究員のニコレット・ショー(Nicolette Shaw)さんと共に培養実験をできたことも、大きな助けになりました。
実は、4年前に、そこまでの成果を論文にまとめてNatureに投稿しましたが、受理されませんでした。この時の論文はプレプリントにして別の学会誌に提出し、学会でも発表したのですが、他の研究者たちから「並外れた発見を証明するには、並外れた証拠が必要だ」というような批判を受けました。その後、私は、提出した学会誌の編集者と査読者の指摘を生かして追加の実験や解析を行い、内容を8割方書き換えて、再度、Natureに投稿しました。こうして受理されて出たのが、今回の論文です1。最初のバージョンと比べると、論文のクオリティーは桁違いに高くなったと自負しています。
–– 最後に、今後の予定や、研究の最終目標について伺えますか?
ツジ 現在は、Young Research Fellowとして海洋研究開発機構(JAMSTEC)に所属し、引き続きニューフェルド教授、福井教授らとも共同研究を進めています。例えば、日本各地の湖沼でサンプルを採集し、クロロヘリックスと近縁な未知光合成細菌の同定や遺伝子レベルの解析などを行っています。クロロヘリックスとそれに近縁な光合成細菌は、カナダの湖以外に、日本の湖沼にもいるということが分かってきています。
研究の最終目標は、太古の「鉄分が豊富で酸素がなかった海」にいた微生物の生態系を明らかにし、それが、どのようにして現在の地球に変化したのかを明らかにすることです。地球と生命の進化解明に挑む壮大なテーマですが、この先の地球がどうなるかを予測するカギにもなると考えています。
私が行うのは基礎的な研究ですが、気候変動の予測や制御に寄与する可能性もあると思います。例えば、温暖化が進んだ現在の海には、低酸素状態の領域が増えてきています。このような低酸素状態が続くと生態系はどうなるのか、酸素量を元に戻すにはどうすれば良いのか、酸素量を増やすことが気候変動の幅を小さくすることに寄与するのか、といったことを検討するのに役立つと考えられます。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)
強いメンタルと生まれながらの培養センス
延 優(のぶ・まさる、Masaru K. Nobu)
海洋研究開発機構(JAMSTEC)超先鋭研究開発部門 主任研究員
ジャクソン博士は、2023年より、私と同じJAMSTECの超先鋭研究開発部門に在籍しています。ウォータールー大学の研究室において、彼はただ1人、光合成細菌を対象にし、先入観を持たず、いわば独学で辛抱強く研究を進めてきました。失敗を重ね、ボトムアップで手法や知識を積み上げ、光合成細菌の進化モデルに大きな影響を与える成果をもたらしました。ニューフェルド教授の懐の広さを感じます。
単独で集積培養を続けたこと、当初の論文がNatureに受理されず、日本で追加実験や解析を続けたことなど、ジャクソン博士の精神力の強さには脱帽します。微生物培養は誰もができるというわけではなく、「センス」が問われます。ジャクソン博士は、そのセンスに恵まれたのだと思います。今のところ、彼の他にクロロヘリックスやそれに近縁な微生物の培養に成功したとの報告はありません。
光合成の進化モデルは古くから検討されてきました。ただし、モデルには矛盾点が多く残されており、「もはや光合成の進化は解明不能なのではないか」といった意見もあります。ジャクソン博士はこのような中でクロロヘリックスを発見したのです。今回の「光化学系Iを持つクロロヘリックス」は「既知の光化学系IIを持つクロロフレクサス門細菌」と近縁にあるため、今後は、両者を比較することで光化学系IとIIの関係を詳細に検討することが可能になります。シアノバクテリアと植物だけが光化学系IとIIの両方を持っていますが、その理由も解明できるかもしれません。
光合成細菌の研究者たちは、何十年もの間、同じ議論を繰り返しています。光合成細菌には酸素を作るものと作らないものがおり、後で出たのが酸素発生型だとされますが、果たして本当にそうなのか。具体的に、いつ、どのように酸素発生型が出てきて、どのように地球に酸素が蓄積されていったのか……。ジャクソン博士の研究は、こうした謎を解明するための「触媒」になると思います。私自身は、古代生命や古代代謝の進化を研究対象にしていますが、クロロヘリックスと他の全光合成生物の遺伝子情報を総合的に解析することで、光合成の起源、光合成生物の祖先、そして酸素発生能力の誕生の謎を解明することに成功しました*。
ジャクソン博士の研究のさらなる発展を期待しています。
* Nishihara. A, et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA, 121, 25, e2322120121 (2024).
著者紹介
Jackson M. Tsuji(ジャクソン・マコト・ツジ)
海洋研究開発機構(JAMSTEC)超先鋭研究開発部門 博士研究員(Young Research Fellow)
2015年、カナダのウォータールー大学理学部生物学科卒業。2020年、同大学院にて理学博士の学位を取得。2020年より北海道大学 低温科学研究所の外国人特別研究員。2023年より現職。
Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 8
DOI: 10.1038/ndigest.2024.240839
参考文献
- Tsuji J. M., et al. Nature 627, 915–922 (2024).