クロマチンの動きをクライオ電顕で解く
–– 教授室にギターが置いてありますね。学会場で、ギターを弾きながら歌っている姿もお見かけしました。
中高生の頃は、ロックミュージシャンを目指していました。地元の名古屋ではなく東京の大学に進学したのも、その後大学院に進んだのも、みんな東京でなら音楽活動ができるという期待からなんです。ところが、DNAの研究に接しているうちに、それがすごく面白くなっちゃって、その後は研究中心です。
とはいえ音楽は好きですから、歌を作って歌ってYouTubeなどで発信したりもしています。中には「染色体ラプソディー」「エピジェネティクスの歌」といった歌もあります。
–– DNA研究のどういう点に魅力を感じたのですか?
ヒトの細胞の中に含まれているDNAは、ヒモ状の二重らせんで、伸ばすと2 mもあるほど長い。それがヒストンというタンパク質にぐるぐる巻かれ、さらに巻かれたものがぎゅっと凝縮して存在している(図1)。それなのに、どうやって転写や相同組換えといった反応は起こるのだろうか。転写や相同組換えが起こるためには、酵素がDNAに近づいて、DNAの塩基配列を1つずつ読んでいかなければならないんです。それが不思議でしょうがありませんでした。そして、そうした難しい謎の解明に挑む研究者という職業は、とても格好良く思えたのです。
興味のあることしか夢中になれない
–– 大学院時代の研究を具体的に教えてください。
細胞から精子や卵子ができるときに、父由来と母由来の染色体の間でDNAの交換が起きて遺伝における多様性が生み出されます。この現象を相同組換えといいます。また相同組換えは、DNA鎖が切断されたときにそれを修復する際にも起こる重要な反応です。
埼玉大学と理化学研究所を兼任されていた柴田武彦(しばた・たけひこ)先生は、大腸菌のDNAと相同組換え酵素(RecA)を用いて、in vitroでこの相同組換えの反応を再現することに成功された方です。僕は柴田研究室で博士の学位を取りました。in vitroでの相同組換えの反応をいろいろな条件下で行い、その結果どんな形の組換え後のDNAが生じたかを電気泳動で検出する実験を行ったのです。検出結果は数時間後に判定できるのですが、この実験が楽しくて楽しくて、もう夢中になりました。
–– 博士号取得後の1995年に、米国に留学しました。
米国立衛生研究所(NIH、当時)のアラン・ウルフ(Alan Wolffe)博士の研究室に留学しました。先ほどDNAはヒストンに巻き付いていると言いましたが、ヒストンとそれに巻き付いたDNAのことをヌクレオソーム、ヌクレオソームが連なった状態のものをクロマチンと呼びます(図1)。ウルフ博士は、当時クロマチン/ヌクレオソーム研究の第一人者として知られていました。
柴田研究室で用いたのは大腸菌のDNAなので、ヒストンに巻き付いていない“裸のDNA”です。クロマチンを持つヒトなどの真核生物で、相同組換え反応などがどのように行われるのかを突き止めたいと思いました。
–– 英語でのコミュニケーションにはすぐ慣れましたか?
英会話は上手ではありませんでしたが、この留学以前に、柴田先生の紹介で半年間ほどエール大学(米国)に短期留学したことがあったので、コミュニケーションには慣れていました。また、そのときに仲良くなった友達から、ポスドク先を見つけるときの手紙の書き方なども教わり、ウルフ研究室に応募の手紙を書いたというわけです。ウルフ博士の名前は、たまたま手にした学会のアブストラクトで知りました。
–– ウルフ研究室での研究生活は楽しいものでしたか?
いいえ全然。最初のうちは全くつまらない毎日でした。なぜかというと、ウルフ博士から指示された研究内容は、カエルの受精卵を用いて発生でのヌクレオソームを追跡することだったのですが、僕は興味が全然湧かなくて。
それで、同じNIH内の他の研究室のボスたちの所に話しに行き、「移りたい」と申し出たのですが、ウルフ博士の手前、誰もOKしてくれませんでした。ただこのときの僕の行動は印象的だったようで、後で役に立ちました。彼らは、海外の学会の講演者などに僕を推薦してくれたりしたのです。
–– では、指示された研究を仕方なく続けたのですか。
ある程度めどが立つまでは続けましたが、同時に、自分が興味の持てる別な実験も並行して行うことにしたのです。空いた時間を見つけて、ストレス解消に(笑)。
興味のあることで僕が思い付くことのできたことといえば、in vitroでヒストンを人工的に作り、それを用いてヌクレオソームの再構成実験を行うことでした。いわば、柴田研でやっていたことのヌクレオソーム版です。それで、まずはヒストンを人工的に作ることにしました。
ヒストンは、ニワトリの赤血球からいくらでも採取でき、同僚たちはそれを用いて実験できていたので、「なぜわざわざ人工的に作るの?」と不思議がられましたが、僕にとってはストレス解消でした。初めは全然うまくいかなかったのですが、だんだん良い結果が出るようになって、ウルフ博士も「進めていいよ」と言ってくれました。
–– ヒストンの作製に成功したのですね。
はい。しかも、幸運なことが起こりました。別な研究グループが、ヒストンの変異の発見から、クロマチンはDNAの転写の調節に働いているという論文を発表しました。それまでは、クロマチンは単にDNAを格納しているだけと思われていたのです。今後、転写とクロマチンの研究を進めるには、人工的に作製したヒストンの変異体が必要になるはずで、僕がやっていたことが役立つと大喜びしました。
さらにもう1つの発見が続きました。キャロリン・ルーガー(Karolin Luger)たちのグループ(当時スイス連邦工科大学)が、ヌクレオソームの詳細な結晶構造をNatureに発表したのです1。ヒストンとDNAの構造が初めて詳細に至るまで明らかになった金字塔たるべき研究成果なのですが、結晶化の成功は、人工的に作製した均一なヒストンが用いられたからです。ヒストンを作製することの意義はここでも明らかでした。
in vitroでクロマチンの反応を再現する
–– 帰国してからの研究テーマは?
理化学研究所の横山茂之(よこやま・しげゆき)研究室で研究員となり、自分の好きなテーマを掲げて研究することになりました。1つは、留学中に進めていた実験を発展させて、ヒトのヒストンとDNAを用いたクロマチンの実験系をin vitroで構築し、いろいろな実験を行えるようにすることです。もう1つは、そのクロマチンに対して相同組換え酵素がどのように働くかを突き止めることです。6年後の2003年には早稲田大学で自分の研究室を持つことができ、そこでもこの2つの研究テーマを継続して、現在まで続けています。
–– 大学院生のときの興味が一貫して続いているのですね。
そうですね。最初は地道な歩みであり、大きな成果が出始めたのは、2011年にNatureに発表したヌクレオソームの研究くらいからなんです2。染色体のくびれた部分のDNA領域をセントロメアと呼びますが、細胞が分裂するときには、このセントロメアの部分に特殊なヒストンが取り込まれ、そのヒストンに誘導されて微小管が付着するキネトコアを形成して、染色体を細胞の両極に引っ張っていきます。僕たちは、この特殊なヒストン(CENP-A)を含んだヌクレオソームをin vitroで作製し、その結晶構造のX線解析に成功したのです。
面白いエピソードがあって、作製するヌクレオソームのDNAを設計するときに塩基配列を1つ間違えてしまってミスマッチになっていたのですが、その部分が目印になって、ヒストンに対するDNAの位置が特定できたんです。間違いが、幸いしたんですね。
–– 近年は毎年のようにビッグジャーナルに発表されています。
クロマチンをin vitroで作製し、その実験系の構築に長年取り組んできた僕たちの研究室の技術は、今のところ世界で最も優れているだろうと思っています。転写の研究では、現助教の鯨井智也(くじらい・ともや)君が中心となって、クロマチン中のDNAが酵素(RNAポリメラーゼII)によって読み取られていく際の反応をin vitroで再現し、構造解析するという研究手法が次々とうまく進んだのですね3。
2018年からは、構造解析にクライオ電子顕微鏡も使い始めました。クライオ電顕を使って、転写が不活発な状態のクロマチン(ヘテロクロマチン)を解析し、その構造を明らかにしたり4、RNAポリメラーゼIIがクロマチン中のDNA配列を読み取っていくときの構造を示したりしました3。
さらに2022年には、ヌクレオソーム中のDNAが読み取られていく過程の全ステップの構造をクライオ電顕で明らかにしました5。in vitroで再現した転写反応を少しずつ進めては止めて、構造を解析していったのです。これは僕としては、相当にすごい成果だと自負しています。RNAポリメラーゼIIを用いた一連の研究は、この酵素を専門に研究している理研の関根俊一(せきね・しゅんいち)チームリーダー、江原晴彦(えはら・はるひこ)上級研究員との共同研究として進めてきました。
–– クライオ電顕を使うには特別な技術が必要ですか?
必要です。現准教授の滝沢由政(たきざわ・よしまさ)君は、米国に留学してクライオ電顕の技術を学んできた専門家です。
クライオ電顕の装置は、現在は、僕たちの研究室で高性能のものを配備しています。同じタイミングで、理研と東京大学医学部も高性能のクライオ電顕をそろえたので、それらも使えることになり、研究にはとても良い環境下にあります。
相同組換えの仕組みも明らかに
–– もう1つのテーマであった相同組換えの研究はどのように進みましたか。
実は、なかなかうまく進まなかったので、しばらく放り出してありましたが、2021年に僕の研究室に入ってきた大学院生の塩井琢郎(しおい・たくろう)君がDNA修復に興味を持っていたので、相同組換えの研究を進めてもらうことにしました。大腸菌の組換え酵素RecAに対応するヒトの酵素はRAD51といいます。ヒトのDNAが切断されると、RAD51が相同組換え反応を引き起こし、DNAを修復するのです。クロマチン中のDNAがどのように修復されるのか、詳しい反応の様子は分かっていませんでした。私たちは、in vitroでRAD51とクロマチンを反応させ、その際の構造をクライオ電顕で明らかにすることに成功し、Natureに発表できました(図2)6。
この研究では、何もかも新しい発見ばかりでした。クライオ電顕の像を最初に見た塩井君が「ドーナツみたいな形が見えます」と言ってきたときのことをよく覚えています。これは、RAD51分子が集まってリング状の構造を形成してクロマチンに結合していた状態を示していたのです。RAD51が活性化されると、ヒストンに巻かれていたDNAがヒストンから離れていくことも分かりました。
–– 若い人をどのように指導されていますか?
僕は好きなことしか夢中になれないですから、若い人たちにも好きなテーマを研究してもらっています。結果が出ないときには、すぐに中断して、別なことを行うようにアドバイスしています。結果が出ない実験を延々続けるなんて拷問のようなものですからね。
今は、クロマチンの反応をin vitroで再現する私たちの技術は優れていますが、それに甘んじていたら、すぐに世界に追い付かれてしまうでしょう。重要な技術であればあるほど、世界が注目していますから、新たな技術の開拓を続けていかないとダメだよと、若い人たちにはいつもそう助言しています。
–– ではこれからの研究はどのように?
これまでin vitroでクロマチンの反応を再現して検証してきましたが、それとは逆に、細胞の中のクロマチンをそのままクライオ電顕で解析することにも挑戦していこうと思います。一方で、反応過程の中間体のようなものを捉えるには、やはり試験管の中での再構成が重要であることも再認識しているところです。
歌を歌って楽しむことも忘れてはいませんよ。最近発信した歌では、塩井君がキーボードで参加してくれています。
–– ありがとうございました。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)
著者紹介
胡桃坂 仁志(くるみざか・ひとし)
東京大学定量生命科学研究所
クロマチン構造機能研究分野 教授
1991年、東京薬科大学大学院薬学研究科 博士前期課程修了。1995年、埼玉大学大学院理工学研究科 博士後期課程修了。1995年、NIH(米国)博士研究員。1997年、理化学研究所 研究員。2003年、早稲田大学理工学部 電気・情報生命工学科 助教授を経て教授。2018年より現職。
Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 12
DOI: 10.1038/ndigest.2024.241236
参考文献
- Luger, K. et al. Nature 389, 251–260 (1997).
- Tachiwana, H. et al. Nature 476, 232–235 (2011).
- Kujirai, T. et al. Science 362, 595–598 (2018).
- Machida, S. et al. Mol. Cell 69, 385-397.e8 (2018).
- Ehara, H., Kujirai, T. et al. Science 377, science.abp9466 (2022).
- Shioi, T. et al. Nature 628, 212–220 (2024).
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