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人間はどこまでの暑さに耐えられるのか

皮膚や衣服を水でぬらすのは、オーバーヒートから身を守る費用対効果の高い方法の1つだ。 Credit: Rehman Asad/NurPhoto/Getty

シドニー大学(オーストラリア・ニューサウスウェールズ州)で暑熱健康研究室を率いる生理学者のOllie Jayは、2019年、猛暑をシミュレートできる気候チャンバー(恒温恒湿室)の設計に取り掛かった。200万オーストラリアドル(約1億9000万円)をかけて、チャンバーは1年半後に完成。研究者たちは現在、この実験装置を使用して、人間が耐えられる暑さの限界について検討している。実は、ほとんど分かっていないのだ。

Jayは、「問題なのは、現在、暑いと感じる状況になっているのに、暑さが人々にどのような影響を与えるのか、実際には分かっていないことです」と話す。「シミュレーションで暑熱環境を再現した空間に、注意深い医学的監視の下で人間を置くことで、生理的反応に対する理解を深められるのです」。Jayの研究チームでは、暑さによる健康リスクを軽減するのに最も効果的な冷却手段についても研究している。

地球温暖化のために、猛暑は世界中の天気予報で普通に報じられるようになっている。2024年7月には、世界で最も暑い日の記録が2度も更新された。国連は、弱者や労働者、そして経済への対策として、猛暑に対する科学的根拠に基づく行動を世界的に呼び掛けた。現在、世界の労働人口の約70%、24億人が猛暑の危険にさらされているという。

こうした状況にもかかわらず、暑さに対処する方法についての公的な助言はほとんどなく、効果的に体を冷やす方法はあまり研究されていない。ペンシルベニア州立大学(米国ユニバーシティーパーク)の生理学者Larry Kenneyは、「米国疾病管理予防センター(CDC)や世界保健機関(WHO)のような権威ある機関が発表している暑さ対策は、生理学的な観点から見ると間違いだらけなのです」と言う。

暑熱環境を作る

Jayの研究チームは、最新式の気候チャンバーを使用して、どのように暑さが生命を脅かすのか、またその条件について調べ、さらに涼しく過ごす実践的な方法を科学的根拠に基づいて研究している。

4 × 5 mのチャンバーは、5〜55℃まで毎分1℃ずつ室温を上げたり下げたり、風速を調節したり、また赤外線ランプを使って日光をシミュレートしたりできる。さらに、湿度も微調整できる。湿度は、暑さが体に及ぼす影響を左右する重要な変数である。「まさに技術の粋を集めた装置です」とJayは言う。

チャンバー内の被験者は、ハッチから食事やその他必要なものを受け渡され、睡眠をとり、運動をすることができる。被験者にはセンサーが取り付けられており、隣接する制御室で心拍数、呼吸数、発汗、体温などのデータが取得される。

Jayによれば、2010年に発表された理論的な研究1に公衆衛生機関が頼り過ぎていたせいもあり、暑さに対する人間の限界ははっきりしていなかったという。その論文では、数学的モデルを用いて、健康な若者が6時間後に死亡する湿球温度(WBT)を定義している。WBTは気温と湿度の影響を受ける指標で、暑熱ストレスを研究する際に使われている。

そのモデルの算出によれば、人間が生存できるWBTの上限は35℃であり、35℃に達すると、体温の上昇は制御できなくなる。しかし、このモデルでは人体を、汗をかいたり動いたりしない裸の物体として扱っているため、結果は現実とは少し違っていた。にもかかわらず、無数の公衆衛生機関(気候変動に関する政府間パネルでさえも)がこの値を取り入れ、より適切な数値を求めなくなってしまった、とJayは言う。「多くの制約がある基本的な物理モデルなのに、ほぼ全ての人がこれを使っているのです」。

限界温度の引き下げ

気候チャンバーに入った妊婦をモニターしているシドニー大学の研究者たち。 Credit: University of Sydney/Stefanie Zingsheim

一方、Kenneyらは2021年の研究で、生存限界となるWBTを新たに約31℃と推定した。研究チームは、サイクリングをしている健康な若者の深部体温を、気温と湿度のさまざまな組み合わせで追跡してこの値を算出した2。ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)で暑熱下の健康を研究しているRobert Meadeは、「今でも、35℃という生存限界WBTをよく目にしますが、最近ではKenneyらが推定した値も使われ始めています」と話す。

Kenneyの研究チームも気候チャンバーを使っている。気候チャンバーは世界中に数十あるが、多くはスポーツ科学の分野で使われている。Kenneyによれば、猛暑に対する体の反応を研究する最前線で、気候チャンバーを利用しているのは、Jayらを含め、ほんの一握りの研究チームだけだという。

生理学的モデル

Jayの研究チームは、昨年発表した3猛暑に体がどのように反応するかについての数学的モデルをテストしている。このモデルは、高齢者と若年者の発汗能力の測定データを取り入れており、体と環境の間で物理法則に従って熱がどのように伝達されるかを予測する。「生理学的なパラメーターを取り入れて成功しているモデルは非常に少ないのですが、これは今あるモデルの中で一番よく出来ているものだと思います」と、Kenneyは評価する。彼は、この研究ではJayと協力関係にない。

暑さに対する体の反応についてのモデルでは、ほとんどの場合、日陰にいる健康な若年者を想定している。しかし、Jayらのモデルは、日陰だけでなく日なたでも、休息中あるいは運動中の生存限界値を年齢層別に推定できる。それによると、生存限界のWBTは、若年者では26~34℃、高齢者では21~34℃と推定された。「このように異なるシナリオを非常に簡単に評価できる柔軟性が、Jayらのモデルの重要な進歩です」とMeadeは言う。

当然のことながら、このモデルは、日陰にいるときよりも日なたにいるときの方が生存限界値は低く、また18~40歳の人と比べて65歳以上の人の生存限界値が低いことを示唆している。このモデルを用いてJayの研究チームは、高齢者や若年者が、デスクワーク、歩行、階段昇降、ダンス、重い物を持ち上げる作業などを安全に行えることを条件に、生活可能限界も定義した。ただしMeadeは、このモデルには強みがあるとしながらも、まだ人間でさらに試験する必要があると指摘する。そのためにJayらは、気候チャンバーに健康な若者を入れてさまざまな気温と湿度を組み合わせ、深部体温、心拍数、発汗などの変数を監視しながら、危険と思われる温度限界まで測定している。

今後の試験では、日陰と日なたで、運動中の人の暑さに対する体の反応を年齢層別に調べる予定である。試験で得られたデータを使ってモデルを改良すれば、猛暑に最も弱い人たちに対する、より良い健康アドバイスを作成できるだろう。

冷やす必要

バングラデシュの縫製工場では、多くの労働者が健康に影響を及ぼしかねない高温環境で働いている。 Credit: Kazi Salahuddin Razu/NurPhoto/Getty

Jayの研究室のもう1つのテーマは、暑さが労働者の健康に影響を与えるような環境条件をシミュレーションし、効果的な冷却手段を見つけることだ。

バングラデシュの縫製工場は、空調設備がほとんどなく、暑い中での長時間労働が一般的である。Jayらの研究チームは、このような環境下での冷却手段を、気候チャンバーを使って検討している。以前Jayらは、首都ダッカにある縫製工場の3フロアで室温と湿度を測定している。「そのときの労働環境と作業内容(女性は裁縫、男性はアイロンがけ)をチャンバー内で再現しました」と彼は説明する。被験者には、工場で働く労働者が着るような服も着てもらった。そして、試験を約240回行い、被験者の身体機能と仕事の生産性を評価した。「問題の1つは、暑さを感じる環境では仕事のペースが落ちることです」。研究チームは扇風機の使用や定期的に水を飲むなどの冷却手段をテストし、また工場の屋根の色を塗り替えた場合の影響もシミュレーションした。結果は学術誌に投稿される予定だ。

Jayの研究チームは、高齢者の心臓への負担に扇風機や皮膚の湿り具合がどのような影響を及ぼすかについても、さまざまな気温と湿度を組み合わせて調べた。その結果、湿度が高い条件では、扇風機を使えば少なくとも38℃の気温までは、心臓への負担を軽減できることが分かった。だが、乾燥した暑さの中で扇風機を使った場合は、心臓への負担が増加した。乾燥した暑さでも湿度の高い暑さでも、皮膚をぬらすことは有益だった。

「人々の健康を守るためには、扇風機の使用や皮膚をぬらすといった一般的な冷却手段が、最も効果的なことをはっきりさせねばなりません」とMeadeは言う。

Jayらが既に着手しているのは、ベビーカーに乗せた赤ちゃんを冷やす方法を世に広めることだ。「暑い日には、ベビーカーを白いガーゼ布で覆いますよね。でも、それが果たして本当に良いことなのかについては、いろいろ議論があります」と彼は言う。2023年Jayの研究チームは4、乾いた白いガーゼ布はベビーカー内の温度を2.5℃以上上昇させるが、湿らせた場合には大きな冷却効果があることを報告した。「ベビーカーの中から気化熱を放散させて、5℃も冷やすのです」。この研究はメディアの注目を集めた。「発表から半月くらいたった頃です。近所を散歩していると、白いガーゼ布で覆ったベビーカーを押す親御さんたちが、霧吹きを持っているのを見かけるようになったんです。これこそ、なんて『クール』なんだと思いました」とJayは話す。

Jayらの研究チームは、Google Chromeブラウザが世界中のユーザーに向けてリリースした、グローバル暑熱アラートシステムの構築にも協力した。「現在地を登録していれば、暑さが一定の限界を超えるとアラートが通知されます」。アラートは、1時間ごとにコップ1杯の水を飲む、皮膚や衣服を濡らすといった冷却のヒントを教えてくれる。

さらに2025年には、バングラデシュで、妊娠中の母体の健康と出産結果に暑さがどのような影響を与えるかを追跡調査する予定だ。また、暑い時期のインドで、冷却手段のランダム化比較試験を実施するための資金提供も求めている。

Jayの最終目標は、暑さがますます過酷になる世界で人々の健康を守ることだ。「シドニーに来た当初、研究環境が悪く、実質的には降格されたかのような状況でした。古いチャンバーはあったのですが故障しがちで、研究室の立ち上げ資金も約1万6500オーストラリアドル(約160万円)しかありませんでした」とJayは話す。「しかし、幸いにも資金調達がうまくいき、この分野を引っ張っていく力をつけることができました」。

翻訳:藤山与一

Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2024.241109

原文

What is the hottest temperature humans can survive? These labs are redefining the limit
  • Nature (2024-08-14) | DOI: 10.1038/d41586-024-02422-5
  • Carissa Wong

参考文献

  1. Sherwood, S. C. & Huber, M. Proc. Natl Acad. Sci. USA 107, 9552–9555 (2010).
  2. Vecellio. D. J., Wolf, S. T., Cottle, R. M. & Kenney, W. L. J. Appl. Physiol. 132, 340–345 (2022).
  3. Vanos, J. et al. Nature Commun. 14, 7653 (2023).
  4. Bin Maideen, M. F. et al. Ergonomics 66, 1935–1949 (2023).