Editorial

日本の「エリート大学」戦略に死角はないのか

岸田文雄首相が率いる日本政府は、世界最高水準の研究力を目指す大学の支援のため、10兆円規模の大学ファンドを創設。支援する国際卓越研究大学の指定は2023年秋ごろの予定。 Credit: Anadolu Agency/Contributor/Anadolu Agency/Getty

日本は、研究資金の助成では世界の模範であり、イスラエルや韓国、スウェーデンと共に研究開発予算が常に国内総生産(GDP)の3%以上に達している数少ない国の1つだ。経済協力開発機構加盟国の平均は、2.7%弱(2020年)だった。

しかし、投資だけで研究開発の成功を保証することはできない。それに日本には、欧米諸国のトップクラスの大学と同程度の自律性を備えたトップクラスの大学が十分にないことを、日本の政策当局者は心配している。この点は、Nature 2023年3月9日号の付録Nature Indexの日本特集号で報じている(同S86ページ参照)。日本政府の高官は、世界の大学ランキングで、日本の大学の順位が落ちてきていることにも懸念を示している。

日本政府は対応策として、大学の研究体制強化のために政府主導による総額10兆円の大学ファンドを創設することを2021年に発表した。このファンドの運用益(年間3000億円程度の見込み)が、「国際卓越研究大学」に認定される研究大学に配分される。

このように一部の大学を選び出して対応するという日本の政策手法には前例がある。例えば、米国のアイビーリーグ、オーストラリアのG8、英国のラッセルグループなどだ。 しかし、こうした著名な大学は今、特別な扱いを受けていることの功罪を、特に多様性、公平性、包摂性(インクルージョン)に関して、より真剣に考えざるを得ない状況に差し掛かっている。

日本の大学ファンドは、少なくとも部分的には米国の私立大学の寄付モデルから着想したものだが、決定的な違いがあることに留意する必要がある。例えば、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の基金は2022会計年度末現在で509億ドル(約6兆6200億円)と世界最大であり、この基金から毎年ハーバード大学に約20億ドル(約2600億円)が拠出され、その一部が研究資金に充てられる。ハーバード大学の基金は1万4000人以上の寄付金が原資であるのに対して、日本の大学ファンドは、公的資金が原資になっている。そのため、大目標である大学の自律性増進達成を阻害する恐れのある政治的干渉が起こり得るとして、懸念が高まっている(前掲S84ページ参照)。

国際卓越研究大学の認定申請は3月末で締め切られ、文部科学省の有識者会議が秋までに候補を選定することになっている。しかし、認定を最終決定するのは、研究コミュニティーではなく日本政府だ。理想から程遠い状態と言える。

英国では、相当な額の研究助成金を一部の大学に集中的に交付するという運用が確立されており、こうして助成金を得た大学の成果と知名度を高めるために役立っている。主要な公的研究資金制度の1つである「質関連研究(QR:quality-related)資金」の約3分の2は、研究集約型大学(24校)で構成されたラッセルグループに属する大学に交付されている。そのため、研究助成金を受領する資格のある大学の大部分(約130校)は、残りのわずか3分の1を分け合う形になっている。QR資金の総額は、2022年に20億ポンド(約3100億円)を超えた。

日本の動きに対する反応は、さまざまだ。前例が数多く存在する道筋が選ばれたことを歓迎する声が一部の研究者や政策アナリストから聞かれるが、研究資金の再配分が必要とされる場合に手厚く助成すべきなのは所得の低い地域の大学だろうと主張する者や、新たな研究助成金を未開拓の研究分野に活用することで経済成長を後押しできると主張する者もいる。

大学ファンドの原資は公的資金であり、政治的干渉が起こり得るとして懸念が高まっている

国が研究資金制度をこれほど根本的に改革することは滅多にないが、ドイツは改革を続けている。ドイツでは、2005年にエクセレンス・イニシアチブ(Excellence Initiative)が実施され、国内最大級の大学の一部に研究資金を重点的に配分することが目的の1つに加えられていた(2013年12月号「ドイツの科学は絶好調」参照)。フランスも同じ方向に進みたいと考えていたが、その方針には研究者が抵抗した。

このドイツの新制度の下では、新制度による研究助成金を得た大学とそうでない大学との間で研究資金の格差が生じるという予想通りの結果になった(L. Mergele and F. Winkelmayer High. Educ. Policy 35, 789–807; 2022)。導入から10年以上を経て、この制度は変わりつつある。直近年度の実績によると、これまでより多くの資金が小規模な大学や学際的な研究に振り向けられるようになっている。また、英国には、研究卓越性枠組み(REF:Research Excellence Framework)という数値評価システムがあり、研究の評価とQR資金の配分に役立てられている(2018年4月号「研究とインパクトを結び付ける」参照)。次回のREFについては、研究風土を測る指標と研究環境の質を測る指標を今よりも重視することを求める声が上がっている。

国際卓越研究大学に認定される日本の大学は、研究の価値を高め、新しい学問分野を切り開き、地球規模の問題に取り組み、世界的に知名度を高めることが求められている。日本のトップクラスの大学の知名度は、明らかに低下してきており、近年、ランキングを落としている大学もある。タイムズ・ハイアー・エデュケーションの世界大学ランキングによると、2013年版で5校がトップ200入りしていたが、10年後の2023年版では、わずか2校に減った。大学のランキングを引き上げるために役立つ方法の1つは、研究助成金の交付対象を少数の大学に絞り込むことだ。一部の採点評価法では、教職員・研究者数や出版物データと共に研究資金が重視されるからだ。

日本が歩み始めている道は、少数の大学を豊かにする可能性が高く、研究成果やランキングなどの分野でも良い結果が得られるかもしれない。しかし、学界では、燃え尽き症候群に苦しむ人々の数と離職率が上昇し、仕事に対する満足度が低いことを示す証拠が世界的に積み上がっている。日本の政策当局者は、研究助成金を少数の大学に集中させる上述のような戦略を推し進めることで、何が得られ、何が失われるかの両方を検討すべきだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2023.230605

原文

‘Elite university’ strategies might boost rankings - but at what cost?
  • Nature (2023-03-08) | DOI: 10.1038/d41586-023-00639-4