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有機合成反応の課題を電気で解決

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220639

原文:Nature (2022-04-14) | doi: 10.1038/d41586-022-00852-7 | Electrification promotes tricky synthetic chemical reactions

Charlotte Willans

有機合成では、炭素–炭素結合の形成反応に遷移金属触媒を用いることが多い。今回、遷移金属触媒を一切必要としない巧妙な電気化学的手法が開発され、これまで困難だった反応の実現に向けて、道が開かれた。

sp3混成炭素原子を持つ最も単純な分子メタン(CH4;上)と、sp2混成炭素原子を持つ最も単純な分子エチレン(C2H4;下)の分子模型。sp3混成軌道はx軸方向、y軸方向、z軸方向の成分を全て持つため、分子は立体構造をとるが、sp2混成軌道はx軸方向とy軸方向の成分のみで、z軸方向の成分は持たないため、分子は平面構造をとる。 | 拡大する

MEGGIST/ISTOCK/GETTY

炭素原子間の結合(炭素–炭素結合;C–C結合)の形成は、医薬品、農薬、材料など、さまざまな用途向けの分子の合成において非常に重要である。しかし、4つの原子と結合した炭素原子(sp3混成炭素原子)同士の結合形成は難しく、依然として課題となっている。3つの原子と結合した炭素原子(sp2混成炭素原子)同士の結合形成はより簡単で、その方法もより確立されているが、こうしたカップリング反応で生成する分子は概して平面構造であり、sp3混成炭素原子同士のカップリング反応で生成する分子が立体的であるのとは対照的だ。薬剤分子では、三次元構造を多く持つものほど臨床試験での成功率が高くなる傾向があることから1sp3混成炭素同士の結合形成の実現に向けた取り組みは、明らかに価値がある。コーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)のWen Zhangら2はこのたび、有機合成で広く用いられてきた遷移金属触媒反応ではなく、電気化学的な反応によって、sp3混成炭素を有する分子間にC–C結合を形成する方法を開発し、Nature 2022年4月14日号292ページで報告した。

化学反応性は、分子への電子の導入と、それに続く分子からの電子の除去、または分子内での電子の再配置から生じる。こうした電子の移動には、最終生成物に含まれず、反応の前後で変化することのない試薬(すなわち触媒)が必要になることが多い。例えば、金属触媒反応ではまず、触媒分子が出発物質の1つに電子を与えることで、その分子内での結合の切断が可能になる。そして、異なる分子間で新たに結合が形成され、生成物が生じる際に、触媒分子は電子を受け取って元の状態に戻る。

金属触媒の使用は、結合の切断と新たな結合の形成において、非常に効果的な方法となり得る。実際、遷移金属触媒を用いたC–C結合形成反応は化学工業で広く用いられており、代表的なものに、メタセシス反応3(二重結合を切断して組み替える反応)とクロスカップリング反応4(異なる2種類の化合物を結合させる反応)がある。有機合成化学に革命をもたらしたこれらの反応に関する研究は、それぞれ2005年と2010年にノーベル化学賞を受賞した(2005年11月号「炭素を踊らせてノーベル賞を受賞」および2010年12月号「ノーベル化学賞に巧妙なカップリング触媒」参照)。しかし、一部の金属触媒反応では、生成物の選択性が低く、電子が分子内の誤った場所で授受されて望まない副反応が起こり、不要な生成物が生じる場合もある。

これに対し、電気化学合成(電解合成)では、電流中の電子を直接用いて新しい結合を形成するため、電子伝達の役割を担う触媒を使う必要がない。また、分子によって酸化還元電位(電子の授受のしやすさの尺度)が異なるため、電圧と電流の調整により、反応をうまく制御して最適な生成物選択性を得ることが可能だ。

今回の研究チームの一部の研究者はこれまでに、有機合成の課題を克服するための電気化学的方法を複数開発してきた。そうした方法には、複雑な生物活性分子の合成の後期段階で特定の部位にメチル(CH3)基を導入する手法が含まれる5。CH3基の付加は、化合物の生物学的標的に対する結合親和性を1000倍以上も向上させるため、有用である。こうした効果は「マジックメチル効果」として知られる6。今回Zhangらは、2種類のハロゲン化アルキルの酸化還元特性の違いを利用して、これらを電気化学的にクロスカップリングし、sp3混成C–C結合を作る方法を開発した。ハロゲン化アルキルとは、C–C結合が全て単結合(すなわち、全ての炭素原子がsp3混成)である鎖式の炭化水素化合物アルカンの1個の水素原子が、ハロゲン原子で置き換わった有機化合物である。

この反応がうまく進むには、一方のハロゲン化アルキルが、もう一方のハロゲン化アルキルよりも還元されやすく(電子を受け取りやすく)なければならない。Zhangらはまず、密度汎関数理論計算とサイクリックボルタンメトリー(酸化還元電位を測定する方法)を用いて、ハロゲン化アルキルが持つハロゲン以外の置換基の数が、この化合物の還元されやすさにどう影響するかを調べた。その結果、多くの置換基を持つハロゲン化アルキル(多置換ハロゲン化アルキル)の方が、少置換ハロゲン化アルキルよりも還元されやすいとの結論が得られた。従って、2種類のハロゲン化アルキルの電気化学的クロスカップリング反応では、まず、多置換ハロゲン化アルキルが電子を受け取って還元中間体を形成し、次に、この中間体が少置換ハロゲン化アルキルを攻撃して、2分子間で新しいC–C結合を形成すると予想された。

Zhangらは、この仮説を実験で検証し、実際に予想通りのクロスカップリング反応が起こることを見いだした(図1)。さらに研究チームは、この化学反応を用いて、C–C結合だけでなく、炭素–ケイ素結合(C–Si結合)や炭素–ゲルマニウム結合(C–Ge結合)を形成し、多種多様な数十種類のクロスカップリング生成物を合成した。こうした生成物には、医薬品化学に関係するものも含まれ、例えば、イブプロフェンメチルエステル(鎮痛剤であるイブプロフェンの誘導体)や、レチノイン酸(ビタミンAの代謝物)の受容体を活性化させる化合物へのCH3基の付加反応も、今回の電気化学的手法で実現された。

図1 電気化学的クロスカップリング反応
a ハロゲン化アルキルは、炭素–炭素結合(C–C結合)が全て単結合である鎖式炭化水素化合物アルカンの1個の水素原子が、ハロゲン原子[ここでは臭素(Br)原子]で置き換わった有機化合物である。ハロゲン以外の置換基を多く持つハロゲン化アルキル(多置換ハロゲン化アルキル)は、少置換ハロゲン化アルキルよりも、炭素と結合している水素原子の数が少ない。球は、水素以外の原子または置換基を表す。今回Zhangら2は、2つのハロゲン化アルキルが反応してC–C結合を形成する電気化学的クロスカップリング反応を報告した。この反応では、まず、電子が多置換ハロゲン化アルキルに選択的に付加して負電荷を持つ還元中間体を形成し、次に、この中間体が少置換ハロゲン化アルキルを攻撃して2分子間でC–C結合を形成する。b 電気化学的クロスカップリングの例。Meはメチル基、Bpinはホウ素を含む置換基。 | 拡大する

電気化学合成分野における課題の1つは、変数の多さである。従来の有機反応では、反応に影響を及ぼす変数として、濃度や温度など数種の条件を考慮すればよかったが、電気化学反応ではこれらに加えて、電流、電圧、電極材料なども考慮する必要がある。反応ごとにこうした変数の全てを最適化するには極めて時間がかかり、また、1つの反応についての最適条件が、関連する別の反応では最適条件とならない可能性もある。従って、電気化学反応の複雑さを理解して結果を予測することが、電気化学的な方法や技術を用いて有機合成における未充足の課題に取り組む上でのカギとなる。

Zhangらの今回の電気化学的クロスカップリング反応では、最適な電極材料はマグネシウムである。しかし、この金属はそれ自体が電気化学的に活性であり、反応進行中にマグネシウム塩を放出して電極表面に層を形成するため、最終的に反応の進行が妨げられてしまう。今回の研究を拡張し、こうした制約を取り除く(理想的には電極材料を改良して金属塩の形成を阻止する)ことで、この新しい反応の工業規模での実用化に近づくだろう。

電気化学的な酸化還元反応の代表例である、水の電気分解反応の実験装置。電気化学合成(電解合成)反応でも、この反応と同様に、電極表面での電子の授受によって酸化還元反応が進む。 | 拡大する

HARYIGIT/ISTOCK/GETTY

電気化学合成はこの10年で再び注目を集めており、利用しやすい技術の登場によって、この分野に参入できる研究者の幅が広がっている7。また、電気化学は従来の有機合成と比べて、安全性、選択性、持続可能性が高く、より環境に優しいと見なされている。とはいえ、現在多くの合成化学者が電気化学反応を用いるようになったものの、反応最適化のために考慮すべき変数の多くが見落とされていることも少なくない。一方で、物理化学者や電気化学者による多くの研究によって、そうした変数の考慮に役立つ情報が大量に入手可能となっている。電気化学合成反応のあらゆる側面を十分理解してうまく利用するには、さらなる基礎研究や、合成化学者と電気分析化学者との共同研究が必要である。

(翻訳:藤野正美)

Charlotte Willansは、リーズ大学(英国)に所属。

参考文献

  1. Lovering, F. MedChemComm 4, 515–519 (2013).
  2. Zhang, W. et al. Nature 604, 292–297 (2022).
  3. Ogba, O. M., Warner, N. C., O’Leary, D. J. & Grubbs, R. H. Chem. Soc. Rev. 47, 4510–4544 (2018).
  4. Blakemore, D. C., Doyle, P. M. & Fobian, Y. M. (eds) Synthetic Methods in Drug Discovery Vol. 1 (RSC, 2016).
  5. Novaes, L. F. T. et al. J. Am. Chem. Soc. 144, 1187–1197 (2022).
  6. Schönherr, H. & Cernak, T. Angew. Chem. Int. Edn 52, 12256–12267 (2013).
  7. Schotten, C. et al. Green Chem. 22, 3358–3375 (2020).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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