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心臓と頭部の結び付きの謎

手足もなければ頭もないホヤ。その研究から、脊椎動物のボディープランの進化理論が書き換えられている。

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ILLUSTRATION BY FABIO BUONOCORE

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220520

原文:Nature (2022-02-17) | doi: 10.1038/d41586-022-00413-y | An ancient link between heart and head — as seen in the blobby, headless sea squirt

Amy Maxmen

頭は威厳に満ち、冷静で、賢明で、
高貴な役割を担っている
その下に隠れているのは
熱く、衝動的な心臓

上に座す気高い頭
下で鼓動する心臓
それぞれの在処は明証している
両者の真の関係を示している ジョン・ゴッドフリー・サックス作(1898)

作家たちは何世紀もの間、「心臓」は人間の情熱や道徳や勇気の核心であり、「頭」は客観的で現実的な合理性の座であると考えてきた。1898年には米国の詩人ジョン・ゴッドフリー・サックス(John Godfrey Saxe)が、心臓と頭のこうした違いを詩に書いて、両者は互いに依存しているという言葉でこれを締めくくった。彼は、「両者が結び付くとき、それぞれは最良となる」とし、「光なき熱など、何ほどのものであろうか」と問い掛けた。しかし当時の詩人には、頭部と心臓の間に実際に深い生物学的結び付きがあることなど、知る由もなかった。

科学者たちはこの15年で、頭部と心臓の間に発生上の結び付きを見いだしてきた。例えば2010年には、マウスの胚で分裂・分化後に心臓を形成する小さな細胞プールが、喉や頭部下部の筋肉も形成していることが明らかになっている1。頭部と心臓の主要な構成要素は、同じ材料からできているのだ。

さらに驚くべきは、胚の頭部と心臓の結び付きは脊椎動物の進化的起源よりも古く、ひょっとすると頭部そのものの起源よりも古いかもしれないという発見である。この結び付きは、ホヤの研究者によって偶然発見された。ホヤは、海底に固着している壺状の海洋動物で、水を吸い込む入水口と水を吐き出す出水口があるため、英語では「sea squirt」と呼ばれている。直訳すると「海の噴水」だ。

ホヤは尾索動物(被嚢類)と呼ばれる無脊椎動物で、脊椎動物とは多くの相違点があるものの、現生の無脊椎動物の中では脊椎動物に最も近い。尾索動物には厳密な意味での頭部はないが、頭部と心臓の進化的な結び付きは強い。「この話を初めて聞いたときには、『何を言っているの?』と思いました」と言って笑うのは、ワシントン大学(米国シアトル)の進化発生生物学者Billie Swallaだ。

研究者たちはホヤ胚の細胞群の中に、分裂・分化して、心臓と、脊椎動物の喉の一部に似た構造中の筋肉の両方を形成するものがあることを発見した。このことは、数億年前に尾索動物と脊椎動物が分岐する前に、頭部と心臓の結び付きが生じていたことを示唆している。Swallaらは現在、この結び付きをどこまでさかのぼることができるかを解き明かそうとしている。また、この結び付きが最初に生じた動物は、運動能力がなく頭部もないホヤのような動物だったのか、それとも、心臓と共に頭部が進化し、前を向いて泳ぐような動物だったのかも明らかにしたいと考えている。「こうした問題と新型コロナウイルスのパンデミックで、夜も眠れません」とSwallaは言う。

科学者たちはこの15年で、頭部と心臓の間に発生上の結び付きを見いだしてきた。

結び付きを探して

「脈動して全身に液体を送り出す血管」という非常に広い意味での心臓は、ほとんどの動物にある。これに対して、脊椎動物の心臓は明確な形を持つ層状の器官であり、一定のリズムで血液を流入・流出させるためのパーツからなる。10年ほど前までは、「部屋に分かれた心臓」の進化的起源は謎に包まれていた。当時、脊椎動物に最も近いと考えられていたのは、ナメクジウオという半透明の矢のような外見の頭索動物で、ナメクジウオには、脊椎動物の心臓に似た形の器官が見られなかったからである。ナメクジウオは動き回ることができるが、その循環系は原始的で、脈動する管にすぎないため、心臓の定義にこだわる人はナメクジウオには心臓がないと考えている。心臓と頭部の結び付きは、歳月の中で失われたように見えた。

「脊椎動物の心臓の起源」への関心が再燃したのは、ナメクジウオが脊椎動物に最も近い無脊椎動物ではないことを示す研究成果が発表された2006年のことだった2。数十種の脊索動物(脊椎動物、頭索動物、尾索動物からなる門)の遺伝子解析から、脊椎動物に最も近い無脊椎動物は尾索動物であることが明らかになったのだ(「進化する系統樹」参照)。この系統樹の書き換えは、多くの研究者に衝撃を与えた。ナメクジウオがどことなく魚に似ているのに対し、ホヤは(少なくとも外見上は)ゴムの塊に似ているからだ。論文著者らは、「これからはホヤを『原始的』な動物と見なすことはできない」と結論付けた。

進化する系統樹
2006年に脊索動物の系統樹が書き換えられ、脊椎動物に最も近い動物は、自由生活を営むナメクジウオではなく、基本的に運動能力のないホヤということになった。異なる種の心臓(橙色)と咽頭(青色)の筋肉の発生を比較する研究を見ると、この変更は納得できるものであるが、自由生活と定住生活の進化についてはまだ疑問が残っている。 | 拡大する

SOURCE: REF. 6

その一方で、ホヤの解剖学的構造を研究してきた海洋生物学者たちは、この結果に胸をなで下ろしていた。カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリプス海洋研究所(米国ラホヤ)の進化発生生物学者であるLinda Hollandは、長い進化の時間の中で脊索動物の身体が進化してきた過程についてはいくつかのシナリオが提案されていたが、2006年以前の系統樹はうまく説明できなかったと言う。例えば、ナメクジウオの心臓は脊椎動物の心臓とは似ても似つかないが、ホヤの心臓は脊椎動物の心臓と似た点があり、洗練されているのだ。

尾索動物の体を覆う被嚢の下にはV字型をした層状の心臓があり、その周りを筋繊維がらせん状に取り囲んでいる。この筋繊維が、心臓を絞り込むようにして収縮させることで、血液が一方向に流れる。ちなみに、尾索動物の心臓は血液を逆方向に流すこともできる。

心臓から移動する細胞

2000年代初頭、カリフォルニア大学バークレー校(米国)のポスドクだったBradley Davidsonは、尾索動物の心臓の進化を探るため、カタユウレイボヤ(Ciona intestinalis)というホヤに着目した。発生生物学者たちは100年以上にわたって胚の個々の細胞の分裂と移動を丹念に追跡してきたが、Davidsonもこの伝統に従ったのだ。彼はホヤ胚の遺伝子を操作し、脊椎動物の心臓の形成に関与する遺伝子Mespを発現している細胞が、蛍光灯の下で緑色に光るようにした。強力な顕微鏡を使ってこの胚を見ると、その後の発生段階で心臓を形成することになる16個前後の細胞塊が確かに光っていた。

ホヤ類は、脊椎動物に最も近縁の脊索動物であった。写真は、カタユウレイボヤ(Ciona intestinalis)。 | 拡大する

DE AGOSTINI PICTURE LIBRARY/Contributor/De Agostini/Getty

2005年、この研究室のポスドクとなったLionel Christiaenは、Mespを使ったDavidsonの実験を再現してみることにした。ある朝、彼は細胞塊が光っているホヤの胚の写真を撮影してからキャンパスを後にしたが、同じ日の夕方、なんとなくキャンパスに戻って胚の状態をもう一度確認した。現在はベルゲン大学サース国際海洋分子生物学センター(ノルウェー)の進化生物学者であるChristiaenは、「その日、私は科学に貪欲だったのです」と振り返る。

驚いたことに、緑色に光る細胞の一部は胚の反対側に移動しており、発生中の咽頭の付近で「環」を形成していた。ホヤの成体は咽頭を水で満たし、プランクトンを濾過して消化器系に送り、残りの水を吐き出している。脊椎動物では、咽頭は喉の一部である。魚は、咽頭にある鰓を使って、開いた口から飲み込んだ水を処理している。マウスの心臓の筋肉が頭部下部の筋肉と同じ胚細胞プールに由来していることを示唆する論文3があることを知っていたChristiaenは、尾索動物の胚でも同じことが起こっているのではないかと考えた。

心臓と頭部に共通の前駆細胞があることがまだ知られていなかった1983年、脊椎動物の起源を研究していた生物学者たちは、心臓のすぐ上に明瞭な頭部が進化してきた仕組みを説明するために、「新たな頭部(new head)」理論を提唱した4。彼らは、自然選択によってさまざまな特徴がカスケード的に生じたことで、脊椎動物の捕食能力が向上したというシナリオを思い描いた。脊椎動物の骨格の元になる神経堤細胞から顎が進化したのは、そうした適応の1つであるという。他にも、捕食者の「新たな頭部」にある洗練された感覚器官や、信号を統合するための複雑な脳などの重要な適応があったとも考えている。

「新たな頭部」理論の提唱者たちは、主に顎などの骨を作る細胞に注目していたため、咽頭や、顎を動かせるようにする頭部下部の筋肉の進化には触れなかった。これらの筋肉の進化については何十年も未解決のままであったが、Christiaenが、活性化したMespを持つ尾索動物の胚細胞の「環」に、その手掛かりを見いだした。

Christiaenは同僚と共に2回目の実験を行った。今度は、尾索動物の胚の中で、脊椎動物の下顎骨の形成に関係するIsletTbx1/10という遺伝子を発現する細胞を緑色に光らせた。案の定、これらの細胞は、心臓を形成したのと同じ細胞プールに由来していた。研究チームは2010年の論文5で、尾索動物の心臓と咽頭を形成する胚細胞について記述するために「cardiopharyngeal(心臓咽頭)」という造語を考案し、こうした細胞は尾索動物と脊椎動物の共通祖先にもあっただろうと示唆した。彼らはさらに、これらの特殊な細胞は、脊椎動物の循環器系をはじめ、呼吸器系や摂食システムの共進化においても助けになっただろうと提案している。Christiaenは、「心臓咽頭細胞は、顎よりも先に出現していたのです」と言う。「筋肉を備えた頭骨が出現するのを、そこで待ち構えていたのです」。

心臓はあるが移動はしない

脊椎動物とその近縁種の起源を研究しているバルセロナ大学(スペイン)の進化生物学者Cristian Cañestroは、Christiaenの研究は、脊椎動物と尾索動物の「最後の共通祖先に『新たな頭部』を作る機構が存在していた」ことを示唆していると説明する。では、共通祖先に頭部はあったのだろうか?

共通祖先には頭部があったが、尾索動物はそれを失ったという可能性はある。この可能性の裏付けとなる事実が2つある。第1に、尾索動物の幼生には明確な前後があり、海中の岩や海底に固着するまでは、自由に泳ぎ回ることができることだ。第2に、オタマボヤ綱という小さなグループに属する尾索動物は、その名のとおりホヤ綱のオタマジャクシ型の幼生に似た外見をしているが、成体になっても動き回ることができる。オタマボヤの体長は数cmで、「ハウス(house)」と呼ばれる泡状の構造物で体を包んでいる。オタマボヤが尾をくねらせて海の中をぎこちなく移動すると、尾の動きが作り出す水流が「ハウス」の中を通り抜け、プランクトンを濾過することができるのだ。

一部の研究者にとって、オタマボヤの存在は、尾索動物の祖先に運動能力があったことを示唆しているように思われた。Cañestroは、オタマボヤについてもっと知るべきだと考え、バルセロナの研究室の地下室に幼生のコロニーを作った。ここでは、塩水を循環させたガラスの水槽の中で、数百匹のオタマボヤが塵のように漂いながら、短い一生を生きている。Cañestroは、「オタマボヤは受精から5日で破裂し、数百個の精子もしくは卵子を水面に放出するのです」と説明する。

大学院生のAlfonso Ferrándezが博士論文のプロジェクトを探していたとき、Cañestroは彼を地下室に連れて行ってオタマボヤを見せ、その心臓の発生を研究するように勧めた。Ferrándezはまず、尾索動物と脊椎動物の心臓の発生を制御することが分かっているMespなどの遺伝子を探したが、見つけることはできなかった。彼は実験手法を工夫し、実験を繰り返し、さまざまなコンピュータープログラムを駆使してゲノム配列を丹念に調べたが、いずれもうまくいかなかった。彼とCañestroは、最終的に、心臓の遺伝子のほとんどがオタマボヤには存在していないと結論付けた。オタマボヤのゲノムは動物界で最も小さいものの1つであるため、他の動物にある遺伝子がないことはそれほど意外ではないが、非常に興味深かった。オタマボヤには、他の動物の心臓などをコードしている遺伝子がないにもかかわらず、脈動する心臓やその他のさまざまな器官があるからだ。「このときから、私は自分のプロジェクトにのめり込むようになりました」とFerrándezは言う。「最初のうちは心臓の話はあまり面白いと思っていなかったのですが、にわかに面白くなったのです」。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中で猛威を振るっていた間も、その情熱がFerrándezを動かし続けた。スペインで厳しいロックダウンが敷かれていた間も、彼はオタマボヤを死なせないように研究室に通う許可を得てプロジェクトに没頭していた。その結果、Mespやその他の既知の遺伝子はやはり欠落していたが、オタマボヤの単純な心臓の形成に寄与する少数の遺伝子を見つけることができた。オタマボヤの心臓はわずか8個の筋細胞からなり、これらがリズミカルに収縮することで全身に血液を送り出している。長い進化の時間の中で、オタマボヤは遺伝子の喪失を生き延び、他の方法で体のパーツを作って、移動し、摂食し、子孫を残せるようになったのだ、とCañestroは言う。「遺伝子の喪失は適応的なものになり得るのです」。

バルセロナ大学の研究チームは2021年11月に出版した論文6で、オタマボヤは祖先の特性を示しているのではなく、尾索動物亜門の奇妙な分枝なのではないかと結論付けている。彼らは、尾索動物の祖先はホヤのように運動能力のない動物であり、高度に改変されたオタマボヤのような自由生活はしていなかったのではないかとみている。現在スワースモア大学(米国ペンシルベニア州)に在籍しているDavidsonは、この論文は進化の過程で同じ出発点から多様性が生じる仕組みを示すものであり、「大好き」だと言う。

とはいえ、これだけの多様性の中で、動物の祖先をたどる道を見つけるのは難しい。Hollandは、オタマボヤに関する今回の研究について、尾索動物がもともと運動能力のない動物だったという主張には納得できないと言う。彼女は「ホヤの方が例外であると思われる理由」をいくつか列挙し、また、オタマボヤとナメクジウオに共通する特徴があることを示して、オタマボヤとナメクジウオはより古い動物とのつながりを保持しているのではないかと提案する。

Hollandらは、今後も脊椎動物やその近縁種の発生過程を個々の細胞や遺伝子のレベルで詳細に解明する研究を続け、数億年の歳月の間にゲノムがどのように調整されたことでそうした変化が可能になったのかを明らかにしたいと考えている。現時点で唯一確実に思われるのは、これらの変化が心臓の鼓動に合わせて起きたということである。

「脊椎動物の心臓は、おそらく尾索動物の心臓に似たものから進化してきたのでしょうが、尾索動物が急速に進化していることを忘れてはいけません」とHollandは言う。「彼らの共通祖先がどのような動物だったのか、確実に知ることはできないでしょう。はっきりしているのは、心臓があったということだけです」。

(翻訳:三枝小夜子)

Amy Maxmenは、米国カリフォルニア州オークランド在住のNature のシニアレポーター。

参考文献

  1. Lescroart, F. et al.Development 137, 3269–3279 (2010).
  2. Delsuc, F., Brinkmann, H., Chourrout, D. & Philippe, H. Nature 439, 965–968 (2006).
  3. Nathan, E. et al. Development 135, 647–657 (2008).
  4. Gans, C. & Northcutt, R. G. Science 220, 268–273 (1983).
  5. Stolfi, A. et al. Science 329, 565–568 (2010).
  6. Ferrández-Roldán, A. et al. Nature 599, 431–435 (2021).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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