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乳児を守れ! 悲願のRSウイルスワクチン誕生へ

呼吸器感染症を引き起こすRSウイルスにより、世界で毎年数百万人が入院し、数万人が亡くなる。ワクチン開発は半世紀もの間難航していたが、重要なタンパク質の構造解明とCOVIDワクチンでの知見の後押しにより、現在、4種類の新しいワクチンが後期臨床試験に入っている。

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RIJAN MURAT/DPA/ALAMY

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220324

原文:Nature (2021-12-16) | doi: 10.1038/d41586-021-03704-y | The race to make vaccines for a dangerous respiratory virus

Kendall Powell

2020年2月、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)の世界的な大流行が始まった直後、テキサス大学オースティン校(米国)の構造生物学者Jason McLellanの研究チームは、このウイルスがヒトの細胞に侵入する際に使用するスパイクタンパク質の構造を発表した1。その構造を基に、すぐにワクチンの開発が始められた(2021年10月号「新型コロナウイルスが細胞に侵入する仕組み」、2021年11月号「mRNAワクチン完成までの長く曲がりくねった道」参照)。だが、McLellanがウイルスタンパク質の構造を解明してワクチンの開発に拍車を掛けたのは、それが初めてではなかった。2013年には、呼吸器合胞体ウイルス(RSウイルス;RSV)と呼ばれる別の致死性ウイルスのタンパク質の構造を解析していた2

RSVは世界中で年間6400万人が罹患する呼吸器感染症の原因ウイルスである。この感染症により、毎年、5歳未満の子ども約300万人、高齢者約33万6千人が入院している。5歳未満の子どものRSV感染症によって2017年に世界中で費やされた医療費は、54億5千万ドル(約6280億円)にも上ると推計されている3

RSV感染症を予防するワクチンの開発は何十年も前から試みられてきたが、1960年代に行われた臨床試験で2人の被験者が死亡するなど、悲惨な失敗も少なくなかった。

ところが、RSVの重要なタンパク質の構造が解明されたことで、ワクチンの開発が再び勢いづいたのだ。当時、NIH国立アレルギー・感染症研究所(NIAID;米国メリーランド州ベセスダ)で博士研究員をしていたMcLellanらは、RSVが細胞膜に融合して感染する際に使用する「Fタンパク質」に注目し、Fタンパク質の立体構造を、細胞に結合する準備が整った融合直前の状態で固定する方法を見つけた。この融合前Fタンパク質(preF)の立体構造を基に、ウイルスがヒトの細胞に侵入するのを防ぐ抗体の産生を誘導するワクチンが設計された。

現在、4種類のワクチン候補と1種類のモノクローナル抗体薬について後期臨床試験が進められている。効果的なRSVワクチンに、もうすぐ手が届きそうなのだ。

モデルナ社(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)は、メッセンジャーRNA(mRNA)に特化した創薬を進めるバイオテクノロジー企業である。同社の感染症関連早期開発プログラム担当副社長であるChristine Shawは、「preFの立体構造が解明されてから8年になります。その基本的発見に基づいて設計された各社のワクチンは現在、全て第Ⅲ相試験の段階にあります」と話す。

RSVワクチンの開発もまた、COVID-19のパンデミック(世界的大流行)の影響から逃れられるものではない。実際、パンデミックはRSVワクチンの臨床試験の進行を妨げる間接的な要因となったが、その一方で、技術的な面でワクチンの開発を加速させるという恩恵もあった。

難航した初期のワクチン開発

ほとんどの子どもは3歳までにRSVに感染し、成人してからも何度も感染する機会があるが、自然免疫は長くは続かない。通常、生後2カ月未満の乳児が初めて感染した場合に最も症状が重くなる。メイモナイズ小児病院(米国ニューヨーク)の小児感染症専門医Rabia Aghaは、ワクチンや治療薬ができれば、乳児の入院や集中治療室への入室を劇的に減らすことができるだろうと話す。RSV感染症に対するワクチンや治療薬は医療現場からの期待が高いことから、欧米の規制当局は優先的に審査を行っている。

現在、臨床試験が進んでいるワクチン候補は、長らく待ち望まれていたものだ。米国では1960年代後半、不活化RSVから作られたワクチンが小児を対象として試験された。しかし、このワクチンは意図していたのとは逆の効果を発揮し、悲劇的な結果となった。ワクチンの接種を受けた小児がRSVに自然感染すると、症状はかえって重くなったのである。試験に参加した小児の大半が重度の呼吸器症状のため入院となり、2名が死亡した。

RSVを研究しているアイオワ大学(米国アイオワシティー)のウイルス免疫学者Steven Vargaは、この初期のワクチンで悲劇が起きたのは「不運が重なった」からだと話す。ウイルスの感染を防ぐための抗体の産生を誘導する能力が低い上に、炎症反応を引き起こす性質が強かったのだ。現在ではRSVの感染機序ワクチン学に関する理解が進んでおり、開発中のワクチン候補が同じような副反応を引き起こす心配はないとVargaは言う。

ワクチンの開発者たちは粘り強く研究を続けたが、何十年もの間、誤ったウイルスタンパク質、あるいは誤った立体構造のウイルスタンパク質を標的にしていた。イタリアのシエナで働くグラクソ・スミスクライン(GSK;英国プレントフォード)の上級副社長兼ワクチン担当チーフサイエンティストのRino Rappuoliは、「1970年代からRSVワクチンを作ろうとしてきましたが、失敗の連続でした」と話す。「しかし、Fタンパク質という重要なウイルスタンパク質の性質が分かってきたとき、事態は完全に変わったのです」。

SARS-CoV-2がスパイクタンパク質を使うのと非常によく似た方法で、RSVはpreFを使ってヒト細胞膜に入り込んで融合する。融合後、preFは大規模な構造変化を起こし、より安定な立体構造の融合後Fタンパク質(postF)となる。これまで開発に失敗したワクチンの多くは、このpostFを標的としていた。

postFと比較して、preFはより強力な中和抗体の産生を誘導し、RSVがヒトの細胞に侵入するのを防ぐことが分かっているとVargaは言う。

McLellanの研究チームは、preFに両面テープのような働きをする化学結合を加えることで、抗体の標的となる抗原部位が露出するような立体構造に固定した。このように改変したpreFを利用したワクチンは、非常に強力な抗体反応を誘導することができる。現在のRSVワクチン候補は全て、改変したpreFを利用しており、高いレベルの中和抗体の産生が健康な成人で認められている。

ワクチンは免疫系に病原体の重要な部位を提示することで、抗体と免疫細胞の産生を誘導する。これにより、病原体に再び曝露されたときに、それを認識して闘うことができるようになる。開発中または承認済のCOVID-19ワクチンに使用されているものと同様のさまざまな技術が、多くのRSVワクチンでも使われている(2021年10月号「SARS-CoV-2変異株と闘うための単一ドメイン抗体」、2022年2月号「図表で見るCOVIDワクチンの1年」参照)。第Ⅲ相試験の段階にある4種類のRSVワクチンのうち、GSK社とファイザー社のものは立体構造を固定したpreFを利用している。ヤンセン社のワクチンは、細胞内でpreFが産生されるように改変したアデノウイルスとpreFを同時に接種する。4番目のモデルナ社のものは、細胞内でpreFが産生されるように改変したmRNAワクチンである。

有望な試験成績

RSVワクチンが承認されて最も恩恵を受けるのは、幼児と後期高齢者だろう。だが、競っている4社は全て、手続きの簡略化のためにまず60歳以上の人を対象として臨床試験を実施している。

これまでのところ、高齢者と若年成人を対象とした初期段階の第Ⅱ相試験のデータから、ワクチンの安全性と有効性が示されている。ヤンセン社とファイザー社は、ワクチンを接種した若年成人をRSVに曝露させる試験を小規模で実施し、ワクチンで感染を防げることを証明した。ヤンセン社、モデルナ社、GSK社のワクチンは、中和抗体のレベルを9~15倍増加させた。

初感染の乳児や高齢者は、RSVに感染すると気管支炎や肺炎を発症し、重症化しやすい。 | 拡大する

GOLFX/iStock/Getty Images Plus/Getty

GSK社、ヤンセン社、モデルナ社、ファイザー社は、数万人の高齢者を対象とした国際共同第Ⅲ相試験をそれぞれ実施中である。先頭に立っているのはGSK社で、Rappuoliによれば2022年早々にも中間結果が得られる予定だという。

新生児の免疫系は未熟なため、問題はより複雑だ。新生児は多くのワクチンに完全な応答を示さないため、小児用ワクチンの接種は生後2カ月以降に行われることが多い。だがその頃には、最も深刻なRSV感染症が心配される時期はとうに過ぎている。解決策は、胎児のうちに免疫を付けることであり、方法はある。出産の数カ月前に妊婦にワクチンを接種すれば、母体の体内で産生された抗体が、胎盤や母乳を介して胎児や新生児に移行するのである。

GSK社とファイザー社のワクチンでは、妊婦を対象とした第Ⅲ相試験を実施し、新生児の抗体レベルや1年目のRSV感染予防効果を検証している。

ファイザー社(米国ニューヨーク州パール・リバー)の臨床研究・開発担当副社長Alejandra Gurtmanによれば、妊婦へのワクチン接種の有効性を示す良い兆候として、同社が実施した第Ⅱ相試験で測定された新生児の抗体価は母親よりも高く、治療を要する新生児のRSV感染症を予防する上で、ワクチンは85%の有効性を示したという。

新生児の感染を予防するもう1つの方法は、ウイルスを標的とする抗体を注射することである。アストラゼネカ社とサノフィ社は、preFに結合するニルセビマブというモノクローナル抗体薬の試験を共同で実施した。健康な未熟児と満期産児を対象とした第Ⅲ相試験で、RSV感染症を予防する効果が証明されている。

高齢者、妊婦、新生児にはそれぞれ別のワクチン戦略が必要なため、ワクチン開発競争の結果は一人勝ちにはならないだろうとVargaは予想している。「複数のRSVワクチンが、それぞれ独自の領域で承認を得ることになるでしょう」。

呼吸器合胞体ウイルス(respiratory syncytial virus;RSV)は、パラミクソウイルス科ニューモウイルス属の一本鎖RNAウイルスで、脂質二重膜のエンベロープを持ち、その表面に並ぶ「Fタンパク質」は、コロナウイルスのスパイクタンパク質と同様に、ウイルスが細胞に結合する際に用いられる。このウイルスに感染した細胞は巨大な多核細胞(合胞体)を形成することから、その名が付けられた。 | 拡大する

KATERYNA KON/Science Photo Library/Getty

パンデミックの功罪

別の呼吸器ウイルスによるパンデミックが起きている最中にRSVワクチンの臨床試験を実施することには、不利な面と有利な面の両方があるとワクチン開発者たちは言う。問題の1つは、COVID-19の感染拡大を防ぐために実行されたロックダウンとソーシャルディスタンスの確保によって、RSV感染症の流行シーズン(通常は冬)が2020〜2021年は大幅にずれたことだ。RSV感染症の確定症例数の推移を詳しく追ったメイモナイズ小児病院のAghaらは、2020年4月に症例数はほぼゼロとなり、北半球が冬を越すまでその状態が続いたが、2021年の春になると増加の傾向が見られたため、夏にピークに達すると見込まれると報告した4。流行シーズンが予測不能となれば、医療機関は適切な備えをすることが難しくなる。加えて、RSVワクチンの臨床試験に参加した被験者がRSVに曝露されるまでの期間が長引き、ワクチンの効果を検証しにくくなる可能性もある。RSVの流行シーズンがまた平年並みに戻るかどうかは、まだ分からないとAghaは言う。

一方で、COVID-19ワクチンの開発が短期間で成功したのはパンデミックの恩恵だった。「COVID-19ワクチンの開発成功により、mRNAワクチンのような免疫系を効果的に刺激できる新技術が実用化されたという意義が社会に示されました。それにより、人々の感染症に対する認識が高まり、臨床試験に参加してみようかと考える人が増えたのです」とGurtmanは言う。

モデルナ社のmRNAベースのRSVワクチンは、SARS-CoV-2が現れる前から既に開発中で、この技術の先行事例だった。「COVID-19ワクチンの開発は先行するRSVワクチンの開発過程から恩恵を受けましたが、今は逆に、RSVワクチンの開発がCOVID-19ワクチンの開発経験から恩恵を受けているというわけです」とShawは話す。

呼吸器感染症ウイルスに有効なワクチンを今では非常に短い期間で開発できるということを、COVID-19ワクチンの例が実証してくれたとAghaは言う。「私たちは感染症の専門家として、ワクチンが完成してRSV感染症が『予防できる病気』になるのを心待ちにしています」。

(翻訳:藤山与一)

Kendall Powellは、米国コロラド州ボールダー在住のフリーランス・ライター。

参考文献

  1. Wrapp, D. et al. Science 367, 1260–1263 (2020).
  2. McLellan, J. S. et al. Science 342, 592–598 (2013).
  3. Zhang, S. et al. J. Infect. Dis. 222, S680–S687 (2020).
  4. Agha, R. & Avner, J. R. Pediatrics 148, e2021052089 (2021).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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