風変わりなウイルスDNAが生物学者に秘密を漏らす
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210802
原文:Nature (2021-04-29) | doi: 10.1038/d41586-021-01157-x | Weird viral dna spills secrets to biologists
細菌に感染するウイルスには、通常とは異なる核酸塩基で遺伝情報を書き込む特殊な酵素がある。
PASIEKA/SPL/Getty
この世では「奇妙な」ゲノムが見つかることがある。細菌に感染するウイルスの中には、他のほぼ全ての生物が利用する遺伝子コードとは異なるコードを利用するものがいる。このほど、上海科技大学(中国)の計算生物学者Suwen Zhao(趙素文)を中心とする研究チーム、およびエヴリー大学(フランス)の遺伝学者Philippe Marlièreとパスツール研究所(フランス・パリ)の生化学者Pierre-Alexandre Kaminskiが率いた2つの研究チームがそのシステムの仕組みを明らかにし、Science 2021年4月29日号に3編の論文を発表した。数十種類のバクテリオファージ(または単に、ファージ)が、アデニン(遺伝学の教科書で示されているA、T、C、Gという塩基のうちのA)ではなく、2-アミノアデニン(Zと略記)という塩基を利用してゲノムを書く仕組みが明らかになった。
「科学者たちは、塩基の多様性を高めることを長年夢見てきました。でも、自然は既に多様な塩基を利用する方法を見いだしていたのです。私たちの研究は、このシステムを明示しています」。Zhaoらは論文にこう記し「Z-DNA」がどう作られるのかを示している1。フランスの2つの研究チームも、類似の知見をそれぞれ発表している2,3。
結合を強めるもの
Z-DNAは、ソビエト連邦の科学者たちにより、1970年代後半に最初に発見された4。それは、光合成細菌に感染するS-2Lというファージが持つものだった。彼らは、S-2LのDNAは、変性して2本のらせん状の鎖が解離するときに奇妙な振る舞いを示すことを見つけた。DNAの二重らせん構造は、通常、塩基AとT、GとCが結合している。GとCの間で形成される結合は、AとTの結合よりも強く、切断はより高い温度でなされるので、GC含量が多いほど高い温度で1本鎖となる。だが、S-2LのDNAは主にGとCでできているかのように振る舞っていた。調べた結果、S-2LではAがZに置き換えられ、Tとの結合が強くなっていることが分かった。「この発見は、これまでの法則から外れているように思われました」と、発明家でもあるMarlièreはこう語る。
続く研究で、通常のDNAより強度が増しているS-2Lのゲノムは、DNA分解酵素に強く、また細菌が繰り出すその他のファージ対策にも強いことが分かった。しかし、Z-DNAシステムがどう働くのか、そしてそれが一般的なものなのかどうかは不明だった。こうしてZ-DNAは、ファージDNAに存在することが知られている無数の改造版DNAの1つにすぎないとされてきた。
そうした問題の解を得るため、2000年代前半に、MarlièreとKaminskiを中心とする研究チームは、S-2Lのファージのゲノム塩基配列を解読した。すると、Z-DNA合成のある1つの段階に関与すると考えられる遺伝子が発見された。しかし、当時のゲノムデータベースにはその配列に一致するものがなく、Z-DNAの基盤を解明しようとする研究は行き詰まった。
Marlièreらは、S-2Lゲノムの特許を取得し、さらに公開して、ゲノムデータベースの探索を続けた。そして2015年、ついにそれは見つかった。Vibrio属の水生細菌に感染するファージが、S-2Lゲノムの一部に一致する遺伝子を持っていたのだ。その遺伝子は、細菌がアデニンの産生に利用する酵素に似たものをコードしていた。「それは心躍る瞬間でした」とMarlièreは振り返る。
2019年、Zhaoらも類似の一致をデータベースに見つけた。両チームとも、どのS-2Lファージも、Zヌクレオチドの産生に関与する酵素をコードしているPurZという遺伝子を持っていることを明らかにした。さらにZhaoらは、Zヌクレオチド合成経路を完成させる複数の酵素を発見した。それはファージが感染する細菌のゲノムにコードされていた。
しかし、重要な問題が残された。発見された酵素はZ-DNAの材料(dZTPと呼ばれる分子)を産生するものだったが、それではファージが(dATPと呼ばれる化合物の形の)A塩基を排除してZをDNA鎖に組み込む仕組みについて説明できなかったのだ。
今回、両チームの結論は分かれた。VibrioファージゲノムのPurZのそばには、DNA鎖をコピーする酵素であるポリメラーゼを生成する遺伝子がある。MarlièreとKaminskiらは、そのファージのポリメラーゼが全てのA塩基を排除しながらdZTPをDNAに取り込むことを発見した。「Aが排除される理由はそれで説明がつきました」とKaminskiは語る。
Zhaoはそれが事の顛末だとは考えていない。Zhaoらの研究結果は、dATPを切り捨ててdZTPを残すには別のファージ酵素が必要であることを示唆している。彼女らは、dATPに対してdZTPの量を多くするだけで細胞のポリメラーゼがZ-DNAを作るようにできることを見いだした。
ある種のウイルスの遺伝子コードではAの代わりにZの塩基が使われ、形成される水素結合が2本から3本に増えているために、2本のDNA鎖が解離しづらくなっている。 | 拡大する
ミッシングリンク
宿主がどのようにして自分のDNAにZを組み込まないようにしているのか、そしてタンパク質産生のためにDNAを読み出す細胞装置がZ-DNAにどう対処しているのかは、今なお明らかにされていない。また、Z-DNAがどうやってコピーされているのかもよく分かっていない。
エモリー大学(米国ジョージア州アトランタ)の生物物理学者David Dunlapによれば、宿主の酵素は、Z-DNAに作用するときに機能性が向上したり低下したりしている可能性があるという。Dunlapは、大腸菌の酵素が異質な二重らせんを懸命に巻いたり曲げたりするのを発見した人物だ5。Z-DNAを持つ他のファージやその生成に関与する遺伝子が発見されれば、ファージがZ-DNAを利用することでどんな利益を得ているのかを知るのに役立つだろう。
応用面では、Z-DNAの強度が、始まったばかりのDNAデータストレージ技術の安定性と耐久性を改善する可能性がある。DNA折り紙として知られるナノマシンも、Z-DNAで作れば成形時間が短縮されるかもしれない。
応用分子進化財団(Foundation for Applied Molecular Evolution;米国フロリダ州アラチュア)を創設した合成生物学者Steven Bennerは、今回の論文により、遺伝子をコードする文字を改変する推進力を明らかにする研究が活発化することを期待している。「自然が同じ方向にわずかに進んでいるという事実は、DNAを改変することは可能であり、また改変がプラスの効果ももたらし得ると分子生物学者たちに認識させるのに必要な、知的カフェインかもしれません」とBennerは語る。
(翻訳:小林盛方)
参考文献
- Zhou, Y. et al. Science 372, 512–516 (2021).
- Sleiman, D. et al. Science 372, 516–520 (2021).
- Pezo, V. et al. Science 372, 520–524 (2021).
- Kirnos, M. D., Khudyakov, I. Y., Alexandrushkina, N. I. & Vanyushin, B. F. Nature 270, 369–370 (1977).
- Fernández-Sierra, M., Shao, Q., Fountain, C., Finzi, L. & Dunlap, D. J. Mol. Biol. 427, 2305–2318 (2015).