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培養皿で育てたミニ涙腺が泣いた

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210610

原文:Nature (2021-03-16) | doi: 10.1038/d41586-021-00681-0 | Scientists grew tiny tear glands in a dish — then made them cry

Heidi Ledford

涙を分泌する細胞からオルガノイド(ミニ臓器)が作られた。目の病気の研究だけでなく、おそらく治療にも利用できると期待される。

涙腺オルガノイドが涙に似た液体(赤色)を分泌している。 | 拡大する

POST/HUBRECHT INSTITUTE

細胞を泣かすのに、最初は1日近くかかっていた。しかし経験を積むにつれ、研究者たちは少しの刺激を与えることでわずか30分ほどで細胞を泣かすことができるようになった。

Cell Stem Cell の2021年3月16日号(M. Bannier-Hélaouët et al. Cell Stem Cell https://doi.org/10.1016/j.stem.2021.02.024; 2021)で報告された、涙を流すこの培養細胞は、初めての涙腺「オルガノイド」、つまりミニ臓器としての機能を持つ三次元の細胞集合体だ。涙を分泌できる涙腺オルガノイドは、シェーグレン症候群と呼ばれる自己免疫疾患をはじめとする、ドライアイの原因となる疾患の研究や、最終的には治療にも利用できる可能性がある。

ハイデラバード大学(インド)の眼病理学者Geeta Vemugantiは、「非常に有望です」と話す。

涙には、感情を表現する役割の他に、目を潤滑にして保護する働きがある。ドライアイになると、痛みや炎症が生じ、感染症にかかりやすくなる。ユトレヒト大学医療センター(オランダ)の発生生物学者Hans Cleversの研究室では、涙の分泌について研究する目的で、涙腺細胞を培養してオルガノイドを作製する方法を確立した。これまでにもCleversの研究グループは、ミニ肝臓、ミニ子宮頸がん、ヘビのミニ毒腺など、多様なオルガノイドを作製する方法を開発している。

込み上げる涙

マサチューセッツ眼科耳鼻科病院(米国ボストン)で涙の分泌について研究しているDarlene Darttによれば、涙腺は特に研究が難しいのだという。涙腺は、左右の眼球の上、眼窩の骨の後方に隠れているため、容易には生検ができない。Cleversの研究室では専門的な経験を生かして、マウスとヒトの涙腺から採取した細胞の培養条件を検討した。そして、涙の分泌を促進するために、神経細胞と涙腺の間のシグナル伝達を媒介する神経伝達物質であるノルアドレナリンなどの化学物質をオルガノイドに作用させた。

オルガノイドは涙管を持たないため、「涙」が分泌されると膨張する。「もしも小さな涙管があれば水滴を観察できるはずです」とCleversは語る。このオルガノイドをマウスに移植したところ、細胞の集合体は成長し、涙液中に見られるタンパク質を内包する涙管様の構造を持つようになった。

Cleversの研究チームは、このオルガノイドが涙腺の研究や、涙の分泌に影響を与える薬剤のスクリーニングに使えるのではないかと期待している。彼らは既にCRISPRによるゲノム編集を用いて涙腺の発生を研究しており、Pax6と呼ばれる遺伝子が、細胞を誘導して涙腺の性質を持たせるために重要であることを発見している。Pax6は眼の発生を制御する遺伝子として知られていて、Pax6に相当するハエの遺伝子をショウジョウバエの肢で発現させると、その部位に眼が発生する。

涙腺オルガノイドが「涙を流す」様子。

Marie Bannier-Hélaouët/Hubrecht Institute

Cleversの研究室は現在、オランダの生物学者でテレビ番組の司会者も務めるFreek Vonkと共同で、涙腺に似たワニの器官を研究している。「ワニの涙(crocodile tears)」といえば英語では「嘘泣きの涙」という意味もあるが、研究チームがオルガノイドを使って研究したいのは本物のワニの涙だ。爬虫類は塩分を排泄するための手段として涙を利用しているという。

移植への応用

ヒトの細胞から作製したオルガノイドは将来的には、疾患や傷害によって機能しなくなった涙腺の代わりとなる移植材料としても使える可能性がある(2015年10月号「オルガノイドの興隆」、2016年1月号「ヒトiPS細胞から作製した腎臓オルガノイド」、2020年9月号「毛の生えたヒトの皮膚を人工的に培養」参照)。Cleversの研究チームと共同研究者らは、唾液腺のオルガノイドを既に開発しており、虫歯や咀嚼・味覚障害の原因となるドライマウスに悩む人々を対象とした臨床試験を2021年の夏から開始予定だ。唾液腺移植の臨床試験には、将来の涙腺移植にも応用できる手法を検討するための実験の場としての意味もあるとDarttは話す。

一方で、涙腺の特徴を明らかにする目的でCleversのチームが行った研究(涙腺とそのオルガノイドの細胞単位の詳細な地図の作成など)は、これまで考えられていたよりも涙腺の細胞が不均質であることを示しており、研究者たちを古いデータの再解釈に向かわせる可能性があるとDarttは言う。「この知見は多くの研究に影響を与えるでしょう」。

(翻訳:藤山与一)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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