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トラにワクチン

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210507a

極東のアムールトラをジステンパーから守るために。

アムールトラ(Panthera tigris altaica)。 | 拡大する

RÜDIGER KATTERWE/EYEEM/GETTY

2003年、方向感覚を失った様子の1頭の若いアムールトラが中国国境近くのロシアの村に迷い込んだ。野生動物保護協会(WCS)の科学者はこのトラに麻酔をかけて捕獲し、犬ジステンパーに感染していることを確認した。野生のトラで確認された初めての感染例だ。ネコ科動物で犬ジステンパーの患者第1号となったこのトラは6週間後に死んだ。

犬ジステンパーはさまざまな種類の食肉目(ネコ目)動物に感染する可能性がある治療不可能なウイルス疾患で、それ以来、極東ロシアのアムールトラ亜種の生息域に広がった。新たに行われた詳しい解析の結果、このウイルスの蔓延を放置すると、絶滅の危機に瀕しているこれらネコ科動物の主要個体群が全滅する可能性が示唆された。だが、トラにワクチンを接種することでそのリスクを減らせることも分かった。

「ジステンパーが野生のトラ個体群に実際に深刻な影響を及ぼし得ることが分かりました。とりわけ、小さな個体群への影響が大きいのです」と、Proceedings of the National Academy of Sciences USA に報告された論文の筆頭著者となったコーネル大学(米国)の疫学者で野生動物獣医のMartin Gilbertは言う。このウイルスに感染するその他の動物種の小さな個体群も同様に脅かされる可能性があると、Gilbertは付け加える。

期待される効果

研究チームはジステンパーの長期的な影響を予測するため、この地域の2つの主要なトラ個体群(それぞれ500頭と30頭)における疾病動態をシミュレーションした。この結果、小さい方の個体群が今後50年間に絶滅するリスクが、ジステンパーによって65%増すことが見いだされた。この個体群の分布範囲は、中国東北部のトラの個体数を再び増やす上で重要とされる。

また、さまざまな動物種でジステンパーウイルスの遺伝子塩基配列を比較した結果、トラが主に他の野生動物からウイルスに感染していることが分かった。つまり飼い犬(この病原体の主要なリザーバーとされる)へのワクチン接種だけでは不十分だ。だが、小規模個体群を日常的にモニタリングする中で年間わずか2頭のトラにワクチンを接種するだけで、この群れの絶滅リスクを75%減らせることが判明した。

「この論文が述べている極東ロシアの個体群のように、危機に瀕した小規模の孤立したトラ個体群を守る上で、ジステンパーのワクチン接種は間違いなく一定の役割を担うでしょう」とテネシー大学(米国)の動物医学の名誉教授Edward Ramsayは評する。「ワクチンの安全性は研究によって示されているし、インドライオンでの経験から、不完全なワクチン接種事業であっても動物の死を防ぐ役に立ち得ることが実証されているのです」。

(翻訳協力:鐘田和彦)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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