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DNAが紐解く1万1000年にわたるイヌの進化史

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210208

原文:Nature (2020-10-29) | doi: 10.1038/d41586-020-03053-2 | Ancient dog DNA reveals 11,000 years of canine evolution

Ewen Callaway

イヌのゲノムに関する大規模な研究から、人類は古くから「最良の友」を伴って世界各地に移動していたことが示唆された。

オーストラリアの野生犬ディンゴ。 | 拡大する

Liens/iStock/Getty

人類の歴史はイヌの歴史でもある。ユーラシア各地のイヌのゲノムを多数解析した研究から、程度の差こそあれ、イヌの移動の歴史が人類の移動の歴史と重なっていたことが明らかになった。イヌの進化史については、これまで複数の研究で、家畜化の時期が1万年以上前であったことが示唆されていた(2013年4月号「イヌの家畜化のカギは残飯だった?」、2016年8月号「イヌは2度生まれた」参照)。今回、Science 2020年10月30日号で報告された研究1では、これを裏付けるように、イヌが1万1000年前には既に家畜化されて世界各地に広がっていたことが示された。また、人類の大規模移動がイヌのゲノムにほとんど痕跡を残さなかった事例や、逆にイヌのみに変化が見られた年代も明らかになった。ただしこの論文では、「オオカミはいつどこで家畜化され、イヌになったのか」という、長年研究者たちを悩ませてきた問題の結論は導き出されていない。

今回の研究を共同で率いたフランシス・クリック研究所(英国ロンドン)の集団遺伝学者Pontus Skoglundは、「イヌは、人類史をたどるための第二のトレーサー染料です」と言う。「ヒトのDNAからは分からない先史時代の部分が、イヌのゲノムから見えてくることもあるのです」。

数年前まで、イヌの遺伝的歴史は主に、現代のイヌのDNAに基づいて語られてきた。しかし、初期のイヌの遺伝的多様性の大部分は現代の系統が確立された時に失われたと考えられ、歴史を正確にたどることは難しかった。最近、より古い年代のイヌのゲノムが研究され始めたことで、ようやく初期のイヌの遺伝的変化の手掛かりが得られるようになったが、利用可能な古い年代のイヌやオオカミのゲノムはわずか6例と少なく、導かれた結論は予備的なものにすぎなかった。

古くからの友

古い年代のイヌのDNA資源を充実させるため、Skoglundらは今回、オックスフォード大学(英国)の進化遺伝学者Greger Larsonらのグループ、ウィーン大学(オーストリア)の考古学者Ron Pinhasiらのグループと共同で、欧州、中東、シベリアなどに由来する、年代が1万1000~100年前のイヌのゲノム27例について、塩基配列を解読した。

これらの新たなゲノム情報と公開されているゲノムデータを統合し、古代から現代までの複数のイヌ集団についてそれらの関係性をモデル化したところ、ロシア・カレリア地方の1万900年前の系統が、シベリア・バイカル地方の系統と中東レバント地方の系統から遺伝子を受け継いでいたこと、そして、欧州最古の約7000年前の系統がカレリア系統とレバント系統の交雑で生まれたことが示された。また、カレリア系統が存在した年代には既に、レバント系統、バイカル系統、アメリカ系統、東アジア系統(ニューギニア島のシンギング・ドッグやオーストラリアのディンゴにつながる系統)がそれぞれ確立していたことも示唆された。「1万1000年前には、世界には少なくとも5つの異なるイヌ集団が存在しました。つまり、イヌの起源はそれより古い、更新世までさかのぼるはずです」とSkoglundは話す。

研究チームは次に、イヌの移動や交雑のデータを、古代人ゲノムに基づく人類集団の移動データと比較した。その結果、イヌの移動は時として、人類の移動に伴っていたことが明らかになった。例えば、1万年前に起きた中東の農民集団の欧州への拡大では、イヌも同様の拡大を遂げており、両者には共に移動先の集団との交雑が認められた。また、約7000年前のレバント系統のイヌと、現代のサハラ以南アフリカのイヌの間には遺伝的な関連があり、これは、この時期に起きた人類のアフリカへの「帰還」を反映している可能性がある。

しかし、人類とイヌの移動の歴史は全てが重なり合っていたわけではない。例えば、5000年前に始まった、ロシアとウクライナにまたがるステップ地帯からのヤームナヤ人集団の欧州への大規模移動は、その後の欧州人のゲノムに永続的な変化をもたらしたが(2015年9月号「大規模DNA解析で青銅器時代の秘密に迫る」参照)、同様の痕跡はイヌのゲノムには見られなかった。さらに、欧州のイヌの多様性が過去4000年の間に大きく失われたことも明らかになったが、ヒトのDNA情報では、この期間の大規模な移動事象は確認されていない。

イヌと人類の歴史のこうした不一致の原因は謎だと話すのは、ダラム大学(英国)の動物考古学者Angela Perriだ。「何らかの病気が持ち込まれたのでしょうか、それとも文化的な変化だったのでしょうか」とPerriは思案する。「残念ながら、DNAでは答えが出せない疑問ですね」。

(翻訳:小林盛方)

参考文献

  1. Bergstrom, A. et al. Science 370, 557–564 (2020).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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