腸幹細胞の維持にはIFNシグナルの抑制が重要
–– インターフェロンと腸幹細胞。興味深い組み合わせですね。
樗木:今回の研究のそもそものきっかけは、2004年ごろに、I型インターフェロンのシグナルを抑制するインターフェロン制御因子(IRF)2をノックアウトしたマウスで、表現型の異常をいくつか見いだしたことにあります。2007年ごろからは、佐藤君が中心となって、異常の1つが表れた造血幹細胞(HSC)の自己複製能について詳しく解析しました。その結果、IRF2ノックアウト(以下、Irf2-/-)マウスでは、IRF2が機能しないことでI型インターフェロンがHSCに作用し続け、これが幹細胞維持能と分裂能に対する大きな生理的ストレスになっていることを突き止めました1。この時に、「他の組織幹細胞ではどうなのか?」と疑問に思い、当時、世界で研究が活発だった腸幹細胞で検討してみたのが、今回の成果につながりました。
–– まず、I型インターフェロンについて教えてください。
佐藤:インターフェロンは、ウイルス由来のDNAやRNAなどの核酸によって分泌が誘導されるサイトカインで、I〜III型の3タイプがあります。このうちI型は、マクロファージや樹状細胞などが免疫反応誘導のために産生し、αとβに分けられます。いずれも、1979〜1980年に日本人研究者が遺伝子クローニングに成功しました。その後、I型インターフェロンの受容体をノックアウトしたマウスには骨代謝の異常が、Irf2-/-マウスには造血機能の異常、皮膚炎などの表現型が見られることも報告されました2-4。
ウイルス感染のない管理下のノックアウトマウスにこのような異常が見られるということは、非感染時にもI型インターフェロンが微量に産生され続けていて、生体に作用して影響を与えていることを強く示唆しています。私たちの研究室は免疫学研究にも取り組んでいるので、「造血機能の異常」というところに興味を抱き、2007年ごろからI型インターフェロンとHSCの増殖能に関する解析を始めました。
–– この時は、どのようなことが分かったのですか?
樗木:Irf2-/-マウスのHSCの数や増殖能について詳細に調べたところ、I型インターフェロンの持続的な刺激によって、機能を維持したHSCの数が減ると分かりました。HSCは、造血のバックアップ細胞であるため、通常はほとんど細胞分裂せずに骨髄に存在しています。ところが、野生型マウスに二本鎖RNAを注射することでI型インターフェロン分泌を一過性に誘導したところ、HSCの増殖が亢進し、分泌量の低下とともに増殖も元に戻りました。このことは、一過性のI型インターフェロンシグナルはHSCの増殖を亢進するのに対し、持続的なシグナルはHSCとしての性質(幹細胞性)を低下させることを示しています。
正常マウスでは、非感染時にわずかに産生され続けているI型インターフェロンのシグナルは、IRF2によって抑制されています。ところがウイルス感染によって産生量が一時的に増えると、ウイルスに対する免疫反応を誘導するために、一時的にIRF2によるシグナル抑制機能が解除され、HSCの細胞周期と分化が進んで免疫細胞が供給されます。一方、Irf2-/-マウスでは、IRF2が機能しないことで微量のI型インターフェロンシグナルが持続的に入り続け、それがHSCに大きなストレスを与えています。私たちは、このストレスが幹細胞をじわじわと傷害し、さまざまな表現型の異常を誘発するのではないかと考えました。
これまでのインターフェロン研究では、免疫誘導や抗がん作用などの「正の作用」に関するものが多かったのですが、私たちはHSCへのストレスという「負の作用」を見いだしたことになります。
–– 今度は腸幹細胞について検討されたわけですね。
樗木:はい、その通りです。腸上皮細胞を供給する幹細胞(ISC)でもI型インターフェロンが生理的ストレスになるのではと考えました。ISC研究の歴史は古く、幹細胞維持や自己複製能、多分化能についての知見は得られているのですが、自己複製能と多分化能のバランスを調整するメカニズムはよく分かっていないというのも、この研究の動機になりました。
佐藤:腸管上皮は、栄養や水分の吸収という役割に加えて、腸内細菌から生体を保護する粘膜バリアとしても機能しています。ISCが存在するのは陰窩と呼ばれる部位で、常に新たな上皮細胞を供給し続けています。腸管には腸内細菌由来の2本鎖RNAが豊富に存在するため、それがI型インターフェロンの産生を促していることも知られています。
今回は、前回のIrf2-/-マウスに加えて、腸上皮細胞(IEC)特異的にIRF2を欠損させたマウス(Irf2ΔIECマウス)を新たに作製して実験に用いました。この2種のノックアウトマウスと正常マウスを対象に、①活発にターンオーバーして上皮細胞を作っている定常状態と、②腸上皮が損傷を受けて再生する状態について、インターフェロンがISCの上皮供給能にどう影響するかを検討しました5。
①の定常状態の解析は、幹細胞を標識して運命を追跡する細胞系譜追跡の手法を用いました。その結果、2種のノックアウトマウスのISCの数は共に正常マウスよりも減少しているものの、IECをきちんと作り出していて、正常マウスと同レベルの恒常性を維持していると分かりました。ただし、抗がん剤として用いられる5-FU(5-fluorouracil)を投与して腸上皮を損傷させると、正常マウスではIECの再生と組織回復が見られたのに対し、2種のノックアウトマウスでは再性能が著しく低下しており、ほとんど元に戻りませんでした。このことからノックアウトマウスではISCの数が減少しているため、生理的な恒常性は維持できるものの、損傷時の組織再生機能がかなり低下していることが伺えました。
次に、野生型マウスにI型インターフェロンを誘導する二本鎖RNAを低濃度で長期間投与するか、ウイルス(リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスclone13;LCMV C13)を慢性感染させるかしたところ、いずれもISCの機能が低下すると分かりました。
正常な分泌細胞(パネート細胞)は、陰窩の最底部にISCと交互に配列されていて、抗菌ペプチドを産生して腸内環境を維持するとともに、ISCを維持する微小環境(ISCニッチと呼ばれる)の役割も担っています。正常マウスに二本鎖RNAを低濃度で長期間投与した後にISCの遺伝子発現を解析したところ、幹細胞性が失われ、パネート細胞の特徴を示していました。さらに、2種のノックアウトマウスやLCMV C13を慢性感染させた正常マウスでは、パネート細胞へ中途半端に分化した細胞が陰窩底部に大量にあることが分かりました。
–– 一連の結果から言えることとは?
樗木:大きく分けて以下の2点があります。第一に、微量であれ、持続的なI型インターフェロンの刺激は生理的なストレスとなり、ISCの自己複製能と多分化能のバランスを、前述のように崩すと分かった点です。
第二に、IRF2には、このようなI型インターフェロンシグナルの影響がISCに及ばないように制御する機能があることが分かった点です。つまりIRF2は、ISCの自己複製と分化をバランスよく調整し、ISCの機能維持に寄与していたわけです。
–– ストレス源となるインターフェロンが、なぜ常に分泌されているのでしょう?
樗木:検証したわけではありませんが、ウイルス感染が起きた際に直ちに免疫反応を発動できるように、体は常に、免疫細胞をほどほどに刺激しているとの報告があります6。車のアイドリングのような状態に例えられています。I型インターフェロンはそれだけ、生体にとって重要なサイトカインといえるわけです。ただし、この状態は免疫系にはプラスに働くものの、幹細胞維持にはマイナスに働いてしまうので、そこをIRF2が抑えているのでしょう。生命現象には、このようなトレードオフの関係を持つものが少なくありません。トレードオフの異常は疾患の原因になり、今回明らかにしたISCの維持機構の異常が慢性炎症疾患にも関連していると推測できます。
また、ウイルス性肝炎治療など、長期間I型インターフェロンの投与を受けている患者では、HSCやISCにダメージが及ぶリスクも想定する必要があるかもしれません。
佐藤:多発性硬化症でも治療にI型インターフェロンが使われていますが、副作用で炎症性腸疾患、セリアック病(グルテンを食べた際に腸粘膜に慢性の炎症が起きるアレルギー疾患)が起きることがあります。また、全身性エリテマトーデスなどの発症にI型インターフェロンシグナルの異常が関与していることも知られています。
樗木:ただし、私たちは今回の成果について、直接的な医療応用やそのための研究は考えていません。私たちが目指すのは、未知の重要な生命現象の探索です。ISCで見つかったこのシステムが、他の組織幹細胞にもあるのかなど、今後、検討したいと思っています。
–– 研究を進める上でのポリシーや実現したいことは?
樗木:研究者には対象にこだわりがあるものですが、その意味では私たちは異例だと思います。HSCを対象にしていた研究者がISCに移り、さらに他の組織幹細胞を研究するなど、普通はやりません。対象を変えると、細胞の性質、扱う技術や実験手法、研究者コミュニティーなどが異なり、新たな知識も必要になるからです。私たちのオリジナリティーは、これを壁と思わないで、あえて開拓してきた点にあると思っています。
佐藤:細胞種を変えるたびに、あちこちに出かけて勉強してきましたが、さまざまな研究にチャレンジする機会を与えていただいたことに大変、感謝しています。私の目標は、誰もが面白いと思う重要な生命現象を研究することにあります。自分で分野を限定するということはしていません。まだまだ道の途上ですが、ポジティブに前だけを向いて、めげないことが重要だと思ってやっています。
樗木:私の方は道の先が見えてきていますが、重要な生命現象を解明したいという思いは、佐藤君と同じです。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。
Author Profile
樗木 俊聡(おおてき・としあき)
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
先端分子医学研究部門 生体防御学分野 教授
佐藤 卓(さとう・たく)
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
先端分子医学研究部門 生体防御学分野 准教授
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2021.210222
参考文献
- Sato, T. et al. Nature Medicine 15, 696–700 (2009).
- Takayanagi, H. et al. Nature 416, 744–749 (2002).
- Hida, S. et al. Immunity 13, 643–655 (2000).
- Matsuyama, T. et al. Cell 75, 83–97 (1993).
- Sato, T. et al. Nature Cell Biology 22, 919–926(2020).
- Levy, D. E. & Darnell, J. E. Jr. Nature Reviews Molecular Cell Biology 2, 378–386 (2001).
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