DOK7型先天性筋無力症の治療への道を開く抗体の開発に成功!
–– 先天性筋無力症を対象としたのはなぜですか?
学内のイベントで、神経科学を専門とするスティーブン・バーデン(Steven Burden)教授と話す機会があり、共同研究の依頼をいただいたからです。私は主にがんを研究対象としていますが、細胞膜の受容体を介したシグナル伝達が重要なことなど分子レベルで共通点があり、大いに興味を覚えました。
バーデン教授は、神経と筋肉のつなぎ目(神経筋接合部)にあるタンパク質群の構造や機能を詳しく解析されてきました。今回の研究のカギを握る、筋特異的キナーゼ(muscle specific kinase;MUSK)の発見者の1人でもあります。バーデン教授の話を聞き、創薬まで進められればインパクトが大きいと予想できました。
–– 先天性筋無力症とはどのような疾患ですか?
神経筋接合部に発現するタンパク質群の遺伝子が先天的に変異することで筋力低下、筋緊張低下、筋萎縮などが起きる疾患を、総称して「先天性筋無力症候群(CMS)」といいます。これまで原因遺伝子が20以上特定されていますが、いずれのタイプも患者数が極めて少ない稀少疾患です。神経伝達物質(アセチルコリン)の伝達効果を強める薬で症状が改善する例もありますが、根本的な治療法はありません。
今回、私たちが解析したのは、DOK7タンパク質の遺伝子に変異があるCMSです。複数あるDOK7変異の中で最もよく見られる、C末端側に4塩基が重複する変異(以下、4塩基重複変異)を対象にしました。DOK7は、東京大学医科学研究所の山梨裕司教授らが、神経筋接合部の形成に必須のタンパク質として同定しました1。CMS患者の10〜20%にDOK7変異があると分かっています2。
一方で、DOK7変異が筋無力症を発症させる機序はよく分かっていませんでした。そのため漠然と、どのようなタイプのDOK7変異でも、DOK7の「MUSKと結合することでリン酸化シグナルをさらに下流の分子に伝える機構」に異常を来すのではないか、と考えられていました。今回、私たちはこの仮説も検証し、その上でDOK7の4塩基重複変異が筋無力症を引き起こす機序を突き止めることができました。
–– DOK7について、どのようなことが分かっていたのでしょう?
神経終末では、末端部から情報伝達物質であるアセチルコリンが放出され、同時にアグリンというタンパク質が分泌されます。アグリンは、筋細胞膜上の受容体(LRP4)に結合し、LRP4とMUSKの相互作用を安定化させます(図1a)。DOK7は筋細胞内に存在し、活性化されたMUSKに結合して、そのアダプターとして働きます。二量体で安定化したMUSKは自身をリン酸化し、アセチルコリン受容体の集積および神経筋接合部の形成と維持のためのシグナル伝達に寄与すると考えられています。
DOK7の4塩基重複変異は、遺伝子の読み枠がずれる「フレームシフト」を起こします2。正常なDOK7のC末端部には、特定の立体構造を持たないと予測されるアミノ酸配列があるのですが、4塩基重複変異では、この部位のアミノ酸翻訳が途中で終了し、尾のような部分が短くなります。ただし、変異型DOK7も、N末端側にある2つのドメインの構造や機能は野生型と同じです。
–– 今回は、どのような実験をされたのですか?
まず、バーデン教授がマウス受精卵にゲノム編集を施し、ヘテロでDOK7に4塩基重複があるマウスを作りました。このヘテロ変異体に表現型の異常は見られませんでした。そこで、ヘテロ変異体同士を交配してホモ変異体を作りました。ホモ変異体は神経筋シナプス形成に重度の異常が見られ、胎内では生存できるものの、出生と同時に死に至りました。
並行して、従来の仮説を検証するために、DOK7の「MUSKと結合した際にリン酸化修飾を受ける部位(クラック結合部位)」のみに点変異を入れたマウスも作りました。クラック結合部位は、4塩基重複変異でなくなってしまう尾の部分にありますが、この点変異体では尾は短くなりません。予想に反し、この点変異を持つホモ変異体は普通に生まれ、問題なく育ち、筋無力症様の症状を示しませんでした。このことから、4塩基重複変異によるCMSは、DOK7のクラック結合部位の異常によるものではないと示唆されました。
そこで、4塩基重複変異体と野生型の胎仔で、筋細胞内のDOK7量を比較しました。4塩基重複変異体は、DOK7のドメイン構造には異常がないと分かっていたので、MUSKに結合する量が足りないのでは、と考えたのです。結果は予想通りで、4塩基重複変異体のDOK7量は、野生型の約3分の1でした。量が足りないためにMUSKを安定化させることができず、MUSKのリン酸化が阻害されていたのです(図1b)。DOK7の量が少なくなる理由は不明で、今後の解決課題です。
ここまでの結果を受け、細胞外からMUSKを安定化できればMUSKの活性を維持できるのでは、と思い付きました。山梨教授が、正常なDOK7をウイルスベクターで導入することでDOK7異常を正す方法を既に開発されていますが、遺伝子治療にはまだ多くの課題があります。その点、抗体医療は既に確立されています。ただし、抗体医薬は通常、細胞外や細胞表面の標的に作用するため、細胞内タンパク質であるDOK7を細胞の外から抗体で操作するのは困難です。そこで、膜を貫通しているMUSKを抗体を使って外から操作し、DOK7が果たすべき作用を代替させられないかと考えたのです。ここからが私のグループの出番です。
–– MUSKを二量体として安定化させる抗体を作ったのですね。
その通りです。抗体を使って細胞外でMUSK 2分子をつなぎ留めようと考えました。免疫系で働く抗体はYの字の形をしていて、分岐の先端に抗原分子を1つずつ、計2つを結合させます。この構造を参考に、MUSKの細胞外部位のうち、抗体でつなぎ留めても本来の機能に影響しない部位を探しました。自己免疫性の筋無力症を引き起こす、MUSKに対する自己抗体もありますので、そうならないようにMUSKの立体構造を丁寧に解析した上でモデルを作りました(図1c)。
次に、大腸菌とファージを使って試験管内で合成する手法(ファージディスプレイ法)を用いて抗体ライブラリーを構築し、このモデルに合う抗体を探し出しました。初めから創薬までを見据えて、完全ヒト型抗体ライブラリーを使い、ヒトとマウスのMUSKに同様に結合する抗体を探索しました。全部で400種の候補抗体を得て、そこから特異性と親和性の高い20候補を選び出しました。それぞれについて、細胞レベルでMUSKの活性化機能を検証し、8種に絞りました。最後はマウスの腹腔内に注射し、毒性のない2種に絞りました。
抗体作製と並行して、バーデン教授が重要な知見を得ました。DOK7の4塩基重複のホモ変異体は致死性だと説明しましたが、異なる系統のヘテロ変異体を交配させて生まれた雑種ホモ変異体は、生後約2週間生きられると分かったのです。明確な理由は不明ですが、異なる系統同士だと、致死性を抑制する何らかの因子が働くようです。
雑種ホモ変異体も非常に弱く、体重も全く増えないのですが、2週間だけ生体を対象に実験できる機会が生まれました。早速、生後4日目の雑種ホモ変異体の腹腔内に、候補抗体の1つである「X17」を投与してみたところ、増えなかった体重が増え始めました。3週間おきに注射し続けたところ、順調に体重が増え、正常マウス並みの成体になりました。抗体の効果が切れると体重が減り始めますが、そこで再投与すると、正常な状態が維持されました。
–– このような結果は想定通りだったのですか?
いいえ、全くの想定外でした。初めは、何かの間違いではないかと思いました。変異体マウスがホモ変異であることを確認し、実験を繰り返しても同じ結果になることから、確信に至りました。さらに、X17の投与で成長した雌をヘテロ変異体の雄と交配させたところ、妊娠し、出産にまで至りました。2週間で死ぬはずのマウスが抗体投与で普通に成長し、出産までしたことに、誰もが驚きを隠せませんでした。論文をNature に投稿したところ、編集者も査読者もとてもポジティブな評価で、スムーズに受理されました3。
–– 画期的な抗体医薬になりそうですね。
そう考え、既に、製薬企業と共に臨床試験に向けたデータ集めを始めています。マウスレベルですが、根治治療のない遺伝子疾患が抗体医薬によってほぼ完治に至ると示せたことは大きいと自負しています。今回の成果は、山梨教授やバーデン教授がDOK7やMUSKについての基礎研究を積み上げ、私のグループがその知見を生かす形で分子モデルに基づいて抗体作製したことで得られたと考えています。
–– 読者へのメッセージをお願いします。
自分が今やっていること以外にも広く興味を持ち、いろいろな分野の研究者と対話することを勧めます。私の研究の中核はタンパク質の新規機能のデザインですが、現在は9割以上が共同研究で、複数プロジェクトを並行して進めています。なるべく、専門が異なるグループとの学際的なコラボレーションを選ぶようにしています。新鮮な発見に至る可能性が高く、面白いからです。今後も世界中の研究者と共同研究を続けていきたいと考えています。
若いうちに海外に出ることも重要だと考えます。日本の良さもよく分かりますよ。さまざまなことが学べますし、予想ほどうまくいかなくても、必ず次の機会が巡ってきます。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。
Author Profile
小出 昌平(こいで・しょうへい)
ニューヨーク大学医学部教授(生化学分子薬理学科)、同大学パールムッターがんセンターコアメンバー
1991年に東京大学大学院農学系研究科にて博士(農学)を取得後、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)の博士研究員として、スクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)のピーター・ライト(Peter Wright)教授の下で、タンパク質のフォールディング機構を核磁気共鳴法を用いて研究。1995年、ロチェスター大学医学部(米国ニューヨーク州)でAssistant Professorとして研究室を主宰。2002〜2016年シカゴ大学(米国イリノイ州)生物化学分子生物学科教授を経て、2016年より現職。タンパク質の新規機能のデザインと医薬・産業への応用を中心とした研究を行っている。
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2021.211128
参考文献
- Okada, K. et al. Science 312, 1802–1805 (2006).
- Beeson, D. et al. Science 313, 1975–1978 (2006).
- Oury, J. et al. Nature 595, 404–408 (2021).