眼の水晶体が透明になる仕組みを追い続けて
–– 水晶体も細胞で構成されているのですね。
水島氏: 眼の水晶体は、多くの細胞が層状に重なってできています(図1)。ただし、それぞれの水晶体細胞には、核やミトコンドリアといった細胞小器官が全く含まれていません。受精卵から胚が発生して水晶体が形成されるときに、細胞小器官は全て消失してしまうのです。
–– 細胞小器官はどのような仕組みで消失するのですか?
水島氏: 消失という現象が起こることは100年以上前から知られていました。しかし、その仕組みはほとんど解明されていなかったのです。それを今回、私たちが明らかにしました1。
ここに至るまでは、長い道のりでした。最初に水晶体に興味を持ったのが、2003年。私がまだ基礎生物学研究所で大隅良典研究室の助手だった頃のことです。それから18年続きました。私の研究の中でも、最長の部類と言えるでしょう。
なかなか手応えを感じられない日々
–– 水晶体に最初に興味を持ったきっかけは?
水島氏: 2003年、オートファジーの研究をしていた私は、オートファジーを行うことができないノックアウトマウスの作製に成功したところでした。オートファジーとは、真核生物の細胞に備わっている細胞内分解システムの1つで、分解のための酵素が、リソソームという袋状の細胞小器官に含まれています。
ちょうど同じ2003年、大阪大学の長田重一教授が、水晶体の核DNAの分解に必要な酵素を発見し、Nature に発表されました2。それを知って、私も水晶体に興味を持ちました。長田教授が発見された酵素もリソソームに含まれていたので、水晶体で起こる細胞小器官の分解はオートファジーによるものに違いないと思ったのです。ですから、オートファジーのノックアウトマウスができたら、最初に観察する器官を水晶体にしようと考えていました。
ところが、思惑は見事に外れて、ノックアウトマウスを観察しても、水晶体は何の影響も受けませんでした。つまり、水晶体における細胞小器官の分解は、オートファジーによるものではないと判明したのです。
–– それからどのように研究を進められたのですか。
水島氏: オートファジーでないなら、水晶体を調べよう。別の新たな細胞内分解システムが発見できるかもしれない、と思いました。本格的な解析は、水晶体の研究に興味を持ってくれた森下英晃さん(現 順天堂大学大学院医学研究科講師)が、私のラボに大学院生として入ってきた2009年ごろから始まりました。
しかし、解析は始めたものの、細胞小器官の分解に影響を与える因子は、一向に見つかりません。候補遺伝子を片っ端から調べていったのですが、ダメでした。4年ほど経過したときに、実験動物をマウスからゼブラフィッシュに変えてみたのですが、それでも何も見つかりませんでした。
–– ゼブラフィッシュに変えたのはどうしてですか。
水島氏: 卵から孵化するまでの胚が透明なので、水晶体が形成される段階を観察するのに適していました。CRISPR/Cas9というゲノム編集技術がちょうど登場し、ゼブラフィッシュの遺伝子を操作することも可能になりました。
それでも、仕組みに関係する遺伝子は見つかりませんでしたが、水晶体で細胞小器官が消失する様子を顕微鏡を使ったライブイメージングで撮影することに成功しました(図2)。魚に麻酔をかけて眠らせておき、その間の水晶体の変化を動画に収めたのです。
–– 消失する瞬間が見られるとは素晴らしいです。
水島氏: 私たちも、そう思いました。仕組みが解明できなくてもいいから、このライブイメージングの成果を論文として発表して終わりにしようかと、森下さんと相談したのを覚えています。けれども彼が、消失の原因を突き止めるまで、もう少しがんばると言ってくれて、実験が続けられたのです。
結局、実験動物をゼブラフィッシュに変えてからも、4年間くらいは、原因となる因子が見つかりませんでした。今回の発見につながる転機が訪れたのは2017年のことです。
発想を変えて、膜の分解に注目する
–– どんなことが転機となったのでしょう。
水島氏: 答えのヒントは、ライブイメージングで撮影した動画の中に隠されていました。細胞小器官が消失する様子をよく見てみると、細胞小器官内部の蛍光色素が細胞内に広がっていったのです。そして、それは、細胞小器官の膜が破れ、内容物が拡散していることを表していると気付きました。
そこで、膜が破れることに関係する酵素を調べてみることにしました。膜は脂質でできていますから、脂質分解酵素に注目したところ、見つかりました。PLAAT(phospholipase A/acyltransferaseの略。HRASLSとも呼ばれる)という酵素ファミリーが、水晶体の細胞質分解に必要であると突き止めることができたのです。
さらに驚いたのは、この酵素は、サイトゾル(細胞から細胞小器官を除いた部分)の酵素でした。サイトゾルに溶けている酵素が働いているとは、思ってもいませんでした。
–– それまではどのような遺伝子を調べていたのですか。
水島氏: リソソームの袋に含まれている酵素などを中心に調べていました。リソソームの膜との融合を引き起こし、リソソーム内部から酵素を引き出すような因子も探していました。やはり、オートファジーという既存のシステムの発想に捕らわれていたようで、サイトゾルの酵素は見逃していました。
–– 酵素の発見で長い研究も一段落しましたね。
水島氏: いえいえ、そうでもないのです。酵素が見つかった段階でNature に投稿したのですが、リジェクトされましたから。査読者から、「サイトゾルに溶けている酵素がどのようにして細胞小器官の膜を分解するのか、その詳しい仕組みを説明する必要がある」と指摘されました。ですから、それからさらに1年くらい実験に明け暮れた末に、ようやくそれを示すことに成功したのです。
詳しい仕組みを解明しようとする私たちにヒントをくれる論文が、ウイルスの研究者から2017年に報告されていました3。ウイルスが動物の細胞に侵入した直後はまだ動物細胞のエンドソームの膜に包まれているのですが、その膜を分解するためにPLAATが使われるというのです。その論文には、エンドソーム膜に小さな穴が開くと、そこをめがけてPLAATが移動し、その穴を広げていくことが示されていて、参考になりました。
–– 水晶体においてもPLAATはそのように働くのですか。
水島氏: はい、そうです(図3)。私たちは、それを証明することができました。PLAATがなくても、細胞小器官の膜に小さな穴が開くこと。膜に小さな穴が開かないと、PLAATは働かないこと。いったん小さな穴が開くと、サイトゾルに存在していたPLAATがそこに移動して穴に突き刺さり、膜を分解すること。これらのことなどを証明し、Nature に再投稿しました。今回は幸い、アクセプトされました。ただし、そもそも小さな穴がどのように開くかは、未解明のままですが。
–– 長かった研究が、今度こそ、本当に一段落ですね。
水島氏: ホッとしました。森下さんが粘り強く研究を続けてくれたおかげです。特に、この研究は途中でやめたくありませんでした。クエスチョンドリブン(疑問や謎をきっかけとする)の研究でしたから。良い疑問ならば、良い研究であることに間違いないはずです。最近は、大規模なデータドリブン(データ情報を基に判断する)の研究が多くなってきましたが、クエスチョンドリブンの研究も健在であることを示せました。
–– 今回の研究ではイメージングが重要な役割を果たしました。
水島氏: 私の研究室では、顕微鏡はいつでも使えるように研究室内にそれなりのものを用意しています。蛍光顕微鏡と電子顕微鏡です。顕微鏡の使い方には2つあって、見えるはずのものを見て確認する場合が1つ。もう1つは、まず顕微鏡をのぞいてみて、そこで何が起こっているかを探る場合が1つです。後者の場合は、結果が出るまで時間がかかりますし、成果が出るかどうかには関わらず、気軽に使えないといけない。厳密な目的を定めず、何が起こっているかを見てみようというくらいの気持ちで実験することが、この場合の研究を進める上では大切だと思います。
夢中になれる研究テーマに出合えるように
–– 今後はどのように研究を展開されますか。
水島氏: このPLAAT酵素ファミリーに属する酵素は、水晶体以外にも、例えば脂肪組織や精巣でも強く発現しています。それらの細胞でも、今回発見した新しい細胞内分解システムが働いていないか、調べています。
また、膜の分解にも注目していきたいと考えています。オートファジーをはじめ、これまでの細胞内分解システムの研究で調べられているのは、タンパク質の分解ばかりです。膜の分解はほとんど分かっていません。案外、膜は完全には分解されず、その残骸が細胞内で再利用されるケースがあるかもしれません。魚の浮き袋の研究でその現象を見つけたので4、広範囲に調べていきたいと考えています。
–– 今、若い研究者に何を期待しますか。
水島氏: 異分野の研究に積極的に接してほしいと思います。広く興味関心を持つこと。それが結果的に、いろいろと楽しい研究生活につながると思うのです。
私のラボでは今、ERATO(科学技術振興機構の研究プログラム)の研究を行っているので、進化学や物理学などの分野の人たちも在籍しています。パーティションを取り払い、小学校のように席替えを頻繁に行っています。異分野の学術誌を読むのはかなりハードルが高いので、隣の席にいて雑談くらいから始めるのがちょうどよいのではないでしょうか。パーティションで集中できた方が、ある意味効率は良いかもしれません。でも、それは短期的なことで、長期的には積極的に融合した方が得だと思います。
生涯同じ研究テーマに携わり続けることはほぼないでしょうから、大学院でのテーマに固執せず、自分に一番向いているテーマを見つけてください。そのテーマを見つけることのできる力や、どんな研究分野のどんな研究室でも通用する考え方などを身に付けておくことが大事だと思います。
–– ありがとうございました。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。
Author Profile
水島 昇(みずしま・のぼる)
東京大学 大学院医学系研究科 分子生物学分野 教授
1991年東京医科歯科大学医学部卒業、1996年同大学博士課程修了、基礎生物学研究所大隅良典研究室助手などを経て、2004年東京都臨床医学総合研究所室長、2006年東京医科歯科大学教授、2012年より現職。
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2021.211034
参考文献
- Morishita, H. et al. Nature 592, 634–638 (2021).
- Nishimoto, S. et al. Nature 424, 1071–1074 (2003).
- Staring, J. Nature 541, 412–416 (2017).
- Morishita, H. et al. Cell Rep. https://doi.org/10.1016/j.celrep.2020.108477 (2020).