Obituary

追悼:ジェームズ・ランディ

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210116

原文:Nature (2020-10-29) | doi: 10.1038/d41586-020-03050-5 | James Randi (1928–2020)

Philip Ball

いんちきを暴いて軽信の危険性を示したイリュージョニスト。

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LARRY BUSACCA/GETTY IMAGES FOR THE 2014 TRIBECA FILM FESTIVAL

イリュージョニストのジェームズ・ランディ(James Randi)は、そのキャリアの多くを、いんちきを暴くことに捧げた。科学と合理性によって迷信や呪術的思考と対決する「懐疑主義運動」の旗手と見なされていた彼は、Nature の編集者と協力して検証実験を行ったことでも知られ、そのショーは中世の宮廷やビクトリア時代の劇場でも受け入れられたはずだ。今日我々は、彼のような人物をこれまで以上に必要としており、それは、科学の進歩が軽信を廃絶できないだけでなく、軽信を生む新たな舞台を作り出してきたことを思い出させてくれる。

1928年にカナダ・トロントに生まれたランダル・ジェームズ・ツヴィンゲ(Randall James Zwinge)は、才能に恵まれた早熟な子どもだった。早くからステージマジックに夢中になり、十代で家出をしてサーカスに入ると、読心術や脱出技を得意とするイリュージョニストになった。スペクタクル好きの彼は、1970年代には演劇的なショーで知られるロックスターのアリス・クーパーとツアーを回り、毎回、ショーの最後にクーパーを「処刑」していた。

心霊主義や降霊会を調査した多くの先人と同様、ランディは、そうしたものに反証することを使命とする者としてではなく、懐疑的な者として見られることにこだわった。彼は、信仰療法家や超能力者、UFOの存在を信じる人々などに挑戦し、1976年には、数学者のマーティン・ガードナー、惑星科学者のカール・セーガン、SF作家のアイザック・アシモフと共に、「懐疑主義的調査委員会(Committee for Skeptical Inquiry)」を設立した。この組織は今でも、超常現象やその他の荒唐無稽な主張を科学的に調査するSkeptical Inquirer という雑誌を発行している。

ステージマジックを利用して迷信やいんちき心霊現象の虚偽を暴くという発想は、19世紀にはおなじみのものになっていた。英国ロンドンのエジプシャン・ホールで催されていたジョン・ヘンリー・ペッパーのイリュージョン・ショーなどは、光学や電磁気学が可能にした不思議な現象の実演としても人気があった。20世紀初頭には、英国手品師・奇術師協会の設立者であるジョン・ネビル・マスケラインが、ダベンポート兄弟のような降霊術者や、ヘレナ・ブラバツキーのような神智学者などのいかさま師と対決した。彼はまた、超自然的な力に頼ることなく、柔らかいロープを硬いポールに変えるヒンズーロープのマジックを演じられることも示した。

英国手品師・奇術師協会には、メンバーは手品の種明かしはしないものの、神秘的な力については完全に否認するという伝統がある。ランディはこの伝統に従い、自身を「正直なうそつき(an honest liar)」と称していた。この言葉は、2014年に公開された彼の半生と仕事についてのドキュメンタリー映画のタイトルにもなっている。マジックの演出法の本質に関する彼の率直さは、少なくともエリザベス朝時代の著述家レジナルド・スコットまでさかのぼることができる。スコットは、1584年の著書『The Discoverie of Witchcraft)』(魔術の暴露)において、正直な奇術師や手品師は「その術がよって立つところを常に認めているものだ」と断言した。

ランディの宿敵の1人は、英国在住のイスラエル人イリュージョニストで超能力者を自称するユリ・ゲラーだった。1970年代のテレビ番組の常連だったゲラーが「念力」によるスプーン曲げでそのスキルを見せる姿は、多くの人に強い印象を与えた。ランディとゲラーの間には奇妙な共生関係が生まれた。ランディは1975年の著書『The Magic of Uri Geller』(ユリ・ゲラーのマジック)でゲラーのいかさまを暴いたが、ゲラーはそれにひるむどころか、自分たちの論戦は良い宣伝になると考えていた。

ランディのショーを見たことがある人の目には、ゲラーのスプーン曲げはいささか物足りなく映った。私は1980年代後半にランディがNature のオフィスで見せてくれた即興のデモンストレーションのことをよく覚えている。彼は編集者にNature のバックナンバーの中から無作為に単語を選ばせてから(それは「position」だった)、そのように読める単語が雑に書かれていた紙を取り出して見せた。

ランディとNature との関わりは、当時編集長だったジョン・マドックスが、有効成分が残らないほど希釈した抗体溶液に生理活性が残っていることを発見したフランス人免疫学者ジャック・ベンベニストの主張を検証するためのチームに彼を招き入れたことから始まった。この「水の記憶」に関する論文は1988年にNature に掲載され、ホメオパシーに根拠を与えたように見えた。

ランディ、マドックス、そして科学における不正行為の専門家である国立衛生研究所(NIH;米国メリーランド州ベセスダ)の生物学者ウォルター・スチュアート(Walter Stewart)は、パリ近郊のベンベニストの研究室を訪れ、再実験に立ち会った。実験は盲検化されており、ランディはどの試料に何が入っているかを記した紙を天井に貼り付けることで、芝居がかった雰囲気を作り出した。彼は後にその意図を、不正を防ぐためではなく、誰かが不正を試みるかどうか確認するためだったと説明している。ベンベニストの論文の主張も不評だったが、このエピソードの評判も悪かった。この論文に対するCorrespondence欄には、「私は常々、Nature に掲載される論文の査読は編集者と奇術師とウサギが行っているのではないかと疑っていた。そのことが裏付けられた」とするコメントが寄せられた。なお、ベンベニストの発見は、彼自身も他の人もそれを再現することができなかったため、ほぼ否定された。

ジェームズ・ランディとアリス・クーパー。2014年4月、ドキュメンタリー映画「超絶! 衝撃! アリス・クーパーの世界(Super Duper ALICE COOPER)」の試写会後のパーティーにて。 | 拡大する

Mark Weiss/WireImage/Getty

ランディは生涯、こうした論争を求め続けた。賢者風のひげと魔法使いのような帽子に、「いかさまを暴く」という彼の活動の信憑性を損なっているのでは、と感じる人もいた。しかし、ランディの念頭には歴史からの教訓があった。それは、「見た目の派手さは、必ずしも合理性を損なうわけではなく、むしろ役に立つ可能性がある」ということだ。彼は1960年代から、超常能力や超能力を実証できた人には相当な金額を提供すると申し出ていた(懸賞金を出すという挑発の仕方を最初に思い付いたのはマスケラインである)。1996年から懸賞が終わる2015年まで、ジェームズ・ランディ教育財団は懸賞金を100万ドル(約1億円)まで引き上げていた。

いんちき医者や超能力者は今でも(そしておそらくいつまでも)世にはびこっているが、今日、最も危険なペテンは、生命や国家や国際構造を脅かす偽情報の形を取る。陰謀論からディープフェイク動画まで、ネット上では中世の大道薬売りの末裔たちが商売に励み、時には賢明な視聴者をも惑わすようなやり方で巧妙な売り込みを行っている。ランディは確かに「インフォデミック」〔information(情報)とepidemic(エピデミック)を組み合わせた造語で、不確かなものも含んだ大量の情報が氾濫する現象のこと〕の登場を予見していたが、それは舞台やスクリーンのペテン師よりもはるかに油断のならない敵だった。

ランディは92歳で死去した。彼が残した主なメッセージは、一般市民にとってはもちろん科学者にとっても重要だ。それは、「自分を過信してはならない。どんなに賢く、良い教育を受けた人でも、騙されることはある」ということだ。

(翻訳:三枝小夜子)

Philip Ballはサイエンスライターで、 ベンベニスト騒動の際にはNature の物理学の編集者だった。 『H2O: A Biography of Water』(水の伝記) 『The Devil's Doctor: Paracelsus and the World of Renaissance Magic and Science』 (悪魔の医師:パラケルススとルネッサンスの魔術と科学の世界)など著書多数。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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