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照らし出される変性意識状態の真相

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210132

原文:Nature (2020-10-01) | doi: 10.1038/d41586-020-02505-z | The brain rhythms that detach us from reality

Ken Solt & Oluwaseun Akeju

解離とは、周りの世界から隔絶されていると感じる状態である。このほど、解離は、単一層のニューロンのリズミカルな活動によって引き起こされることが分かった。

解離状態とは一般に、現実から分離した感覚、あるいは「体外離脱」経験を持つことと説明される。この変性意識状態は、しばしば破壊的な心的外傷や薬物の乱用に起因する精神障害がある人々によって報告される。また、特定の種類の麻酔薬で誘発されたり、てんかん発作の際に起こったりすることもある。だが、解離の神経学的基盤はこれまで解明されていなかった。この状態の原因となる局所的な脳のリズムについて、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)のSam Vesunaら1Nature 2020年10月1日号の87ページで報告している。彼らの研究結果は、神経科学にとって重要な意味を持つことだろう。

Vesunaらはまず、マウスで広域カルシウムイメージング法と呼ばれるテクニックを使用して、脳全体のニューロン活動を記録した。彼らは、鎮静作用、麻酔作用、または幻覚作用を持つさまざまな薬剤を投与し、これらに反応した脳リズムの変化を調べた。使用された薬剤には、解離を誘発する3種の薬剤、ケタミン、フェンシクリジン(PCP)、およびジゾシルピン(MK801)が含まれていた。

その結果、解離を引き起こす薬剤だけが、脳梁膨大後皮質と呼ばれる脳領域のニューロン活動にロバストな振動を引き起こした。脳梁膨大後皮質は、エピソード記憶やナビゲーションなど、さまざまな認知機能に不可欠な領域である2。振動は約1~3ヘルツの低周波数で起こった。対照的に、麻酔薬のプロポフォールや幻覚剤のリゼルギン酸ジエチルアミド(LSD)などの非解離性薬剤は、このリズミカルな脳梁膨大後皮質の活動の引き金とならなかった。

Vesunaらは、2光子イメージング法と呼ばれる高分解能アプローチを使用して、活動中の細胞をさらに詳細に調べた。この解析から、振動が脳梁膨大後皮質の第5層中の細胞に限定されていることが明らかになった。続いてVesunaらは、複数の脳領域でのニューロン活動を記録した。通常、皮質と皮質下の他の部分は、脳梁膨大後皮質でのニューロン活動に機能的に接続されている。しかし、ケタミンが分離を引き起こし、そのため、これらの脳領域の多くが脳梁膨大後皮質と情報伝達を行わなくなっていた。

Vesunaらは次に、脳梁膨大後皮質リズムを引き起こすことによって解離が生じるかどうかを調べた。彼らは、第5層の細胞が光感受性のある2個のイオンチャネルタンパク質を同時に発現するように改変されたマウスを用いた。1つ目のチャネルロドプシン2は青い光に応答してニューロンの興奮を引き起こす。2つ目のeNpHR3.0は、黄色い光に応答してニューロンを抑制する。青と黄の光を交互に細胞に照射して人工的に2ヘルツのリズムを誘発すると、ケタミンによって引き起こされる状態に類似した解離状態を示唆する行動が生じた(図1a)。例えば、マウスは、脅威に対してびくっとしたり、後ろ足で立って脅威から遠ざかったりしなくなり、さらに尾を持たれて吊り下げられても逃げようとしなくなった。しかし、ホットプレートによって誘発された痛みには通常通り反応した。つまり、感覚は元の状態のままだったが、脅威への応答が鈍くなっていたのだ。このことから、周囲環境からの解離が示唆される。

図1 解離状態を誘発
解離とは、人々が現実から分離していると感じる変性意識状態を指す。解離は、ケタミンという薬剤で引き起こすことができ、またてんかん発作の前に起こることがある。
a 光遺伝学技術を用いると、光への応答によりニューロンの活動を調節できる。Vesunaら1は、マウス脳の内部領域である脳梁膨大後皮質の単一層のニューロンを調節した。研究チームは、ニューロン活動を誘発するために青い光を、活動を抑制するために黄色の光を用いた。これによって、ケタミンを投与されたマウスで見られるのと同様の低周波数のニューロンの振動が発生した。振動は解離を示唆する行動を引き起こした。
b Vesunaらは1人のてんかん患者において、脳梁膨大後皮質に相当するヒトの脳領域(深部後内側皮質と呼ばれる領域)で、同じ振動がてんかん発作前に見られることを示している。この脳領域を電気的に刺激すると、同じ振動と解離の経験が誘発された。これらの実験結果を総合すると、小さな脳領域での低周波振動が種を超えて解離を引き起こすと考えられる。 | 拡大する

さらにVesunaらは、脳梁膨大後皮質でイオンチャネルタンパク質をコードする2つの遺伝子を欠失させた。1つ目は神経伝達物質分子グルタミン酸によって作動するチャネルをコードする遺伝子。もう1つは、過分極活性化環状ヌクレオチド依存性チャネル1(HCN1)をコードするものだ。HCN1は陽イオンによって作動するチャネルで、心臓とニューロンでリズミカルな活動を起こす能力があるため、ペースメーカーと呼ばれることもある。Vesunaらは、ケタミン誘発性のリズムが、どちらの遺伝子が欠失したマウスでも減少していることを発見した。しかし、ケタミンが解離様行動を引き引き起こすのに必要なのは、HCN1チャネルだけだった。

これらの研究結果はヒトにも通用するのだろうか? Vesunaらは、1人のてんかん患者のいくつかの脳領域で電気的活動を記録した(被験者となったてんかん患者は、発作の活動の位置を特定するために頭蓋に電極が埋め込まれていた)。この患者は発作開始の前に解離を経験していた。Vesunaらは、この解離が深部後内側皮質の3ヘルツのリズムと相関していることを発見した。ここは、マウスの脳梁膨大後皮質に相当するヒト脳領域である。脳マッピング中に深部後内側皮質を電気的に刺激すると、その患者は再び解離を経験した(図1b)。

たった1人の実験結果から決定的な結論を出すのは、時期尚早である。しかし、Vesunaらの研究は、深部後内側皮質の低周波数リズムが、解離の基礎をなす、種を超えて進化的に保存された機構であるという説得力のある証拠となる。

Vesunaらの研究の成功の多くは、ケタミンの可逆的な解離作用によるものだ。麻酔量以下の用量では、この興味深い薬は、解離と疼痛緩和(無痛)を引き起こし、抗うつ作用と抗自殺作用を持つ。このような用量においては、脳表面のニューロン活動を検出する脳波(EEG)により、ケタミンが8~12ヘルツの振動を広く減弱させることが示されている3。一方、無意識を引き起こす、より高い用量では、ヒトの脳の前頭葉で低い周波数(1~4ヘルツ)と高い周波数(27~40ヘルツ)を交互に行き来するリズムが生じることが、EEGの結果から明らかになっている4。このような変化が脳表面の広い領域にわたって起こることを考えると、深部細胞の小さな層が特異的に解離の原因となるというのは特筆すべきことである。私たちが知る限りでは、Vesunaらが説明した振動は、これまでケタミンでは報告されていない。これはおそらく、脳表面のEEG記録では皮質深部で局所的に発生するリズムを検出できないからであろう。

ケタミン(C13H16ClNO)の構造
ケタミンは、アリルシクロヘキシルアミン系の解離性麻酔薬で、抗うつ作用があることが知られている。中毒性があるため、日本では麻薬指定されている。図中の灰色はC、水色はH、紺色はN、赤色はO、緑色はClを表す。 | 拡大する

PASIEKA/SPL/Getty

急速な技術的進歩によって、正確性と高い時間分解能を持つ神経回路を操作するためのテクニックが生み出され、どんどん洗練されつつある。Vesunaらの研究は、これらの進歩によって意識そのものの本質を研究することが可能になってきていることを例示している。また、麻酔科学にも革新がもたらされている5。研究者たちは、麻酔薬が無意識を生み出す仕組み6や、これらの機構がどのように自然な睡眠とオーバーラップするのか7、そして人々は麻酔後にどのように意識を回復するのか8をより深く理解できるようになっている。また、意識と麻酔の研究もオーバーラップする。なぜなら麻酔薬は、可逆的な変性意識状態を引き起こす、強力で信頼性の高い手段となるからだ。これらの変性意識の神経機構を理解することは、現在入手可能な薬による心拍数や血圧の変化、呼吸停止、せん妄、吐き気などといった不都合な副作用なく意識を調節したり、痛みを抑えたりする新しいアプローチにつながるかもしれない。

解離の複雑な状態について完全に説明できるのは、自分の経験を報告できる人間だけである。例えば、ケタミンの解離作用と鎮痛作用が独立していることを証明するには、ヒトでの研究が必要であった9。この先、ヒトで解離性薬剤を使用する研究は、引き続き非常に興味深いものとなるだろう。例えば、Vesunaらによって報告された脳リズムとケタミンのさまざまな望ましい特性の間の関係(それがもしあれば)などを明らかにする研究だ。また、そのような研究には、ケタミンで誘発された解離を減弱させるベンゾジアゼピンやラモトリギンなどの薬も含まれるべきである。ケタミンが脳リズムとそれに関連する行動状態を変える仕組みについて解明が進めば、やがて、慢性疼痛やうつの治療、そしておそらくは解離性障害患者の治療にもつながるかもしれない。

このような分析の実行は非常に難しいだろう。深部皮質のリズムを研究するには、頭蓋内電極が埋入された被験者が必要となるからだ。倫理的理由から、そのような研究に参加できるのは、治療目的で電極を必要とする人々だけである。私たちは、人間の脳の内部の仕組みをより深く理解する研究の被験者となってくれることに対し、そうした人々に深く感謝しなければならない。

(翻訳:古川奈々子)

Ken Solt & Oluwaseun Akejuは、ハーバード大学医学系大学院およびマサチューセッツ総合病院(ともに米国マサチューセッツ州ボストン)に所属。

参考文献

  1. Vesuna, S. et al. Nature 586, 87–94 (2020).
  2. Vann, S. D., Aggleton, J. P. & Maguire, E. A. Nature Rev. Neurosci. 10, 792–802 (2009).
  3. Vlisides, P. E. et al. Br. J. Anaesth. 121, 249–259 (2018).
  4. Akeju, O. et al. Clin. Neurophysiol. 127, 2414–2422 (2016).
  5. Melonakos, E. D. et al. Anesthesiology 133, 19–30 (2020).
  6. Hemmings, H. C. Jr et al. Trends Pharmacol. Sci. 40, 464–481 (2019).
  7. Yu, X. et al. Nature Neurosci. 22, 106–119 (2019).
  8. Taylor, N. E. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 113, 12826–12831 (2016).
  9. Gitlin, J. et al. Anesthesiology (in the press).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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