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CRISPRによるゲノム編集はヒト胚の染色体を傷つける

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200911

原文:Nature (2020-06-25) | doi: 10.1038/d41586-020-01906-4 | CRISPR gene editing in human embryos wreaks chromosomal mayhem

Heidi Ledford

ヒト胚のゲノム編集でDNAの大規模な欠失や再編成が生じることが3件の研究により明らかになり、ゲノム編集の遺伝的影響に関する懸念がさらに高まった。

ヒト胚のゲノム編集が議論の的になるのは、ゲノムに世代を超えて継承される変化を生じさせるからだ。 | 拡大する

SPL-ZEPHYR/Brand X Pictures/Getty

ゲノム編集ツールであるCRISPR–Cas9を使ってヒト胚を遺伝的に改変した一連の実験で、この処理によって、標的とするゲノム部位かその近隣領域に望ましくない大規模な変化が生じる場合があることが明らかになった。

これら3件の研究結果は、査読前の論文を投稿するプレプリントサーバー「bioRxiv」に2020年6月に投稿された1–3。これらは未査読論文だが、総合すると、CRISPR–Cas9系を使ったゲノム編集のリスクが過小評価されているという意見について、積極的な検討を促すものだ。CRISPR–Cas9系が、標的とするゲノム部位から遠い遺伝子に「オフターゲット変異」を起こす場合があることは、従来の研究ですでに明らかになっている。しかし、今回の一連の研究で見つかった近隣領域の変化は、標準的な評価法では見逃されている可能性がある。

「標的部位を含むオンターゲット作用はオフターゲット作用よりも重要であり、排除することははるかに難しいでしょう」と、オーストラリア国立大学(キャンベラ)の遺伝学者Gaétan Burgioは言う。

安全性に関するこれらの懸念は、遺伝病を防ぐためにヒト胚のゲノム編集をすべきかどうかという現行の議論に有用な情報となるだろう。ヒト胚のゲノム編集がこのように議論の的になるのは、ヒトゲノムに世代を超えて継承され得る永久的変化を生じるためである。ヒト胚にCRISPRを使うゲノム編集実験が初めて行われたのは、2015年のことだ(2015年7月号「ヒト胚ゲノム編集の波紋」参照)。しかし、この種の研究はまだ数が少ないし、厳しく規制されているのが普通である。ヒト胚のゲノムを編集し、それらの胚を使って妊娠・出産させたことが分かっている人物は唯一、中国の生物物理学者Jiankui He (賀建奎)だけである(2019年2月号「ゲノム編集ベビー誕生の報告に非難殺到」参照)。彼は2018年に、編集を施したゲノムを持つ双子を誕生させたことを明らかにしたが、この実験的研究は倫理に反するとして各方面から非難された。その後、彼は「違法な医療行為」の罪で実刑判決を受けた。

「生殖目的のヒト胚ゲノム編集もしくは生殖系列ゲノム編集を宇宙飛行に例えれば、今回の新しいデータは、発射台の宇宙ロケットが打ち上げ前に爆発してしまったのと同等の衝撃です」と、カリフォルニア大学バークレー校(米国)でゲノム編集を研究するFyodor Urnovは話す。彼は今回の一連の研究には関与していない。

望ましくない作用

今回の研究結果は、CRISPR–Cas9系ゲノム編集の重要な段階がほとんど分かっていないことを浮き彫りにするものだと、ニューカッスル大学(英国)の生殖生物学者Mary Herbertは言う。その重要な段階とは、ゲノム編集ツールによるDNA切断をヒト胚が修復する過程だ。「我々に必要なのは、そこで何が起こっているかを示す基本的なロードマップです。それがあって初めて、DNA切断酵素をヒト胚ゲノムに使えるのです」と彼女は話す。

1番目のプレプリント論文は、フランシス・クリック研究所(英国ロンドン)の発生生物学者Kathy Niakanのチームが2020年6月5日にオンライン投稿したものだ。この研究1でNiakanらは、CRISPR–Cas9系を使って、ヒト胚発生に重要なPOU5F1遺伝子に変異を生じさせた。ゲノムを編集したヒト胚18個の約22%に、POU5F1周辺の大規模なDNA領域に影響する、望ましくない変化が含まれていた。これらの変化は、DNAの再編成やDNA数千塩基分の大規模な欠失などであり、通常想定される規模よりはるかに大きかった。

2番目の論文は、コロンビア大学(米国ニューヨーク)の幹細胞生物学者Dieter Egliが率いた研究で、視力障害の原因遺伝子EYSに変異のある精子を使って受精させたヒト胚について調べた2。彼らは変異を矯正する試みとして、EYS遺伝子の該当DNAを切断するためにCRISPR–Cas9系を使った。その結果、処理した胚の約半数で、EYSが存在する染色体の大規模領域が失われており、この染色体が丸ごとなくなった場合もあることが分かった。

また、オレゴン健康科学大学(米国ポートランド)の生殖生物学者Shoukhrat Mitalipovが率いた3番目の研究では、心疾患を生じる変異がある精子で受精させた胚について調べた3。このチームも、ゲノム編集によって変異遺伝子を含む大規模な染色体領域が影響を受けた形跡を見つけた。

これらの研究はいずれも、ヒト胚を研究目的のためだけに使い、妊娠させる目的では使わなかった。3本のプレプリントの主執筆者らは、NatureのNewsチームに対して、査読付きの学術誌に論文として掲載されるまで研究の詳細を説明することは控えたいと回答した。

今回報告されたゲノムの変化は、ゲノム編集ツールが利用する「細胞のDNA修復過程」で生じたものだ。CRISPR–Cas9系は、RNA鎖を使ってCas9酵素をゲノムの類似塩基配列のある部位へ向かわせる。到達したCas9酵素は、そのDNA部位の二本鎖の両方を切断し、生じたギャップは細胞のDNA修復機構により修復される。

CRISPR–Cas9系による編集の産物は、そうしたDNA修復過程の際に生じる。細胞はほとんどの場合、少数のDNA塩基を挿入または削除するという間違いの起こりやすい仕組みを使って、切断部分を修復する。もしそこにDNA鋳型を提供すれば、細胞がその塩基配列を使って切断部分を修復し、「正しい書き換え」ができる場合もあるだろう。しかし、破壊されたDNAがその染色体の大規模領域の再編成や欠失を引き起こしてしまう恐れもある。

遺伝子の編集が大規模で望ましくない影響を及ぼし得ることは、CRISPRをマウス胚や胚以外の種類のヒト細胞に使った近年の研究ですでに明らかになっている4,5。しかし、ヒト胚でそうした影響を明らかにすることが重要だったのだとUrnovは話す。細胞の種類によって、ゲノム編集による影響が異なる可能性があるからだ。

こうしたゲノム再編成は見逃されやすいのかもしれない。一塩基の変化や少数塩基の挿入・欠失といった、他の望ましくない小規模な影響を探す研究が多いからだ。しかし今回の3件の研究は、標的部位近くの大規模な変化を特異的に探した。「これは、科学研究に携わる我々全員がすぐさま、これまで以上に真剣に受け止めるべき結果です」とUrnovは言う。「この結果は1回限りのまぐれ当たりではないのです」。

遺伝的変化

今回の3件の研究は、DNA変化の生じ方について異なる説明をしている。EgliのチームとNiakanのチームは、ゲノム編集した胚で見られた変化の大半が、大規模な欠失と再編成によるものだと見なしている。しかしMitalipovのチームは、見つかった変化の最大40%が、遺伝子変換と呼ばれる現象によって生じたものだと述べている。これは、1対の染色体のうち一方の染色体を修復するために、もう一方の染色体の塩基配列をコピーして使うDNA修復過程である。

Mitalipovのチームは2017年に同様の知見を報告している6が、一部の研究者は、胚で頻繁に遺伝子変換が起こることについて懐疑的だった(2017年10月号「CRISPRでヒト胚の遺伝子変異を修復」参照)。Egliのチームは、今回の研究で遺伝子変換について調べたが、見つけることはできなかったという。Burgioの指摘によれば、Mitalipovらが今回の研究で使った分析法は、2017年に使われたのと同様の分析法である。1つの可能性として、切断されたDNAの修復の仕方は染色体の部位によって異なるのではないかと、基礎科学研究院(韓国ソウル)の遺伝学者でMitalipovチームのプレプリントの共著者であるJin-Soo Kimは述べている。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Alanis-Lobato, G. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2020.06.05.135913 (2020).
  2. Zuccaro, M. V. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2020.06.17.149237 (2020).
  3. Liang, D. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2020.06.19.162214 (2020).
  4. Adikusuma, F. et al. Nature 560, E8–E9 (2018).
  5. Kosicki, M., Tomberg, K. & Bradley, A. Nature Biotechnol. 36, 765–771 (2018).
  6. Ma, H. et al. Nature 548, 413–419 (2017).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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