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毛の生えたヒトの皮膚を人工的に培養

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200936

原文:Nature (2020-06-18) | doi: 10.1038/d41586-020-01568-2 | Regenerative medicine could pave the way to treating baldness

Leo L. Wang & George Cotsarelis

未分化のヒト幹細胞がin vitroで皮膚様組織に成長した。この組織をマウスに移植すると毛が生えてきたことから、このアプローチは再生医療に応用できる可能性がある。

2004年、成体マウスの皮膚より分離した幹細胞から毛包が初めて形成されたとき1、Jay Leno(米国のトーク番組『ザ・トゥナイト・ショー』の元司会者)は「科学者が脱毛症の治療に成功しました……少なくともマウスでは」とジョークを飛ばした。それから16年が経ち、今の司会者は「科学者がついに『人間の脱毛症の治療に成功』しました」と紹介することができるようになった。ボストン小児病院およびハーバード大学医学系大学院(共に米国マサチューセッツ州ボストン)のJiyoon Leeら2が、ヒトの幹細胞から毛包を再生できたことをNature 2020年6月18日号399ページで報告したのだ。これで我々は、薄毛や脱毛症で悩む人の頭皮に移植できる毛包に関して、永続的な供給を可能にする手段に一歩近づいた。さらに、このアプローチが臨床で利用できるようになれば、皮膚に傷や瘢痕のある人や遺伝性皮膚疾患の患者は、革新的な治療を受けられるようになるだろう。

皮膚組織工学の研究が始まったのは1975年のことである。画期的な研究により、ヒトの皮膚表層(表皮)からケラチノサイト(角化細胞)と呼ばれる細胞を分離し3、培養増殖できることが示されたのだ。その約10年後には、重いやけどを負った人からケラチノサイトを分離してシート化し、救命のために元の患者に移植する治療法が開発された4。2017年になると、この手法を応用したもう1つの注目すべき成果が報告された。接合部型先天表皮水疱症と呼ばれる遺伝病(皮膚が非常に脆弱になってしまう)を持つ少年の表皮を、遺伝学的手法で修正した細胞で置き換えたのだ5。しかし、このような細胞ベースのアプローチをさらに進歩させるには、表皮細胞だけでなく、毛包、色素を産生するメラニン細胞、汗腺、神経、筋肉、脂肪、免疫細胞といった、正常な皮膚に認められる要素を持つ移植皮膚が必要となる。

そこでLeeらの登場だ。彼らは幹細胞生物学と毛包発生の分野の研究成果6を活用して、ほぼ完全な皮膚オルガノイド、すなわち発生中の皮膚を模倣して実験室で培養した自己組織化組織を作製した。オルガノイドは、腸、肺、腎臓、脳といったさまざまな臓器を模倣して作製されてきた7。臓器は多種類の細胞から構成されているため、オルガノイドは通常、あらゆる種類の成体細胞に分化できる多能性幹細胞から作られる。それは胚性幹細胞(ES細胞)であってもよいし、成体細胞を胚のような状態にリプログラミング(初期化)することで作られる人工多能性幹細胞(iPS細胞)8であってもよい。

表皮と真皮(皮膚のもう1つの主要な構成要素)は、それぞれタイプの異なる細胞に由来して初期胚の段階で形成される。両方の要素を含む皮膚オルガノイドをヒト多能性幹細胞から作製するために、Leeらは必要な培養条件を最適化した。彼らは幹細胞に増殖因子を順次添加していった。まず、骨形成タンパク質4(BMP4)と、細胞増殖抑制因子であるトランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)の阻害薬を用いて表皮の形成を誘導した。次に、線維芽細胞増殖因子2(FGF2)とBMP4阻害薬で細胞を処理し、真皮に分化する頭蓋神経堤細胞の形成を誘導した。

細胞は球状に増殖した。70日以上経過すると毛包が現れ始め、最終的に毛が生えてきた(図1)。毛のほとんどは、同じく頭蓋神経堤細胞から分化してできるメラニン細胞によって色素沈着していた。毛包に関連した組織(脂腺、神経と受容器、筋肉、脂肪など)も発生し、驚くほど完全な皮膚が培養ディッシュの中で形成された9。ただ1つ欠けていた要素は免疫細胞で、これは正常な皮膚では毛包の内部や周囲に存在し、多様な役割を果たしている10

図1 将来の治療法として期待できるin vitroでの皮膚発生
Leeら2は、ヒト多能性幹細胞(あらゆる種類の細胞に分化することができる)をin vitroでオルガノイドと呼ばれる球状の皮膚様組織に成長させた。多能性幹細胞を、皮膚の表皮層の増殖を促進する増殖因子(BMP4)とTGF-β阻害薬で処理し、続いて真皮層の形成を誘導する別の増殖因子(FGF2)とBMP4阻害薬で処理した(後者の段階で脂肪細胞層も形成される)。長い潜伏期(70日以上)を経て、約50個にまで増えた毛包を含む皮膚細胞の完全な模倣体がオルガノイド内に形成された。オルガノイドを皮膚に移植すると、毛包は自然に正しい配向をとる。このオルガノイドは脱毛症あるいは遺伝性皮膚疾患の治療や、創傷治癒の促進に利用できる可能性がある。 | 拡大する

Leeらは、このオルガノイドが顎、頬、耳の皮膚に特徴的な遺伝子を発現していることを見いだした。興味深いことに、頭皮の真皮細胞も頭蓋神経堤細胞に由来している可能性がある11。このことは、Leeらのオルガノイドが実際に頭皮を模倣している可能性を示唆しており、また、彼らのプロトコルを微調整して細胞の培養条件を変えることで、身体の異なる部位の特徴を持つ皮膚を形成できる可能性を示している。

Leeらのオルガノイドは、皮膚の発生過程で働くさまざまな生物学的経路の役割を研究するための完璧なツールとなるだろう。例えば、低分子阻害薬や阻害性RNA分子を用いてタンパク質または経路を阻害し、皮膚の発生に及ぼす影響を調べることができる。また、オルガノイドをゲノムワイド関連解析やその他の遺伝学的データと組み合わせて使用することで、特定の遺伝子変異が皮膚の発生をどのように変化させるかを研究することができる。さらに、皮膚や毛髪の疾患のモデル化や、治療薬候補の毒性や有効性のスクリーニングにも役立つだろう。

このようなin vitroでの有用性に加えて、Leeらはオルガノイドが治療に役立つ可能性を持っていることをin vivoでも実証した。免疫不全マウスにオルガノイドを移植したところ(移植片が動物の免疫系に拒絶されないようにするため)、半数以上のオルガノイドで毛が発育し、それらは移植片の表層に分布していることが明らかになったのだ。この結果は、皮膚オルガノイドを傷口に移植することで治癒を促進して瘢痕を残さないようにしたり、あるいは毛髪のない部分に移植したりするといった非常に興味深い可能性を示している。

しかし、この治療法の実用化に向けては、いくつかの疑問が残されている。例えば、毛の発育はどのくらい効率的で、かつ再現性があるのだろうか? 移植片が毛包を形成するためには、どのくらいの細胞が必要なのだろうか? 第一の疑問に対しては、Leeらは、別の研究室でも同じ培養条件を用いて毛を持つオルガノイドを作製できることを証明することで、答えを出し始めている。とはいっても、幹細胞の性質のばらつきや個人差に対処するのは厄介な課題であると思われる。

Leeらの作製したオルガノイドは、毛包だけでなく、脂腺、神経や受容器、筋肉、脂肪など、免疫系以外の組織を発生した、ほぼ完全な皮膚だった。臨床応用にはまだいくつも高いハードルがあるが、薄毛や脱毛症の治療はもちろん、重度のやけどなど皮膚移植が必要な疾患の治療として期待できる。 | 拡大する

MatoomMi/iStock/Getty

胎児における皮膚の発生と同様、オルガノイドが毛包を形成するには長い時間がかかる12。いずれの状況でも、皮膚の発生では、毛包が増え始める前に「潜伏期」がある。こうして、オルガノイドが移植できるようになるまでには140日間かかるが、そのことが治療への応用を妨げる可能性がある。例えば、やけどを負った患者は皮膚移植までそんなに待ってはいられないだろう。これは、非常に関心の高い今後の研究テーマだ。この潜伏期に起きている分子イベントを解明する研究が進めば、関連するシグナル伝達経路に作用する分子を用いて、潜伏期を迅速に終わらせるための戦略が得られるはずだ。

今回のアプローチでは、これら以外のいくつかの側面もまた、臨床応用に向けては最適化する必要がある。Leeらの研究で発育した毛は微小なものだったが、将来的に頭皮の太い毛髪を発育させるためには培養条件のさらなる最適化が必要だろう。また、適正製造基準(GMP)に準拠していることを確認するために、マトリゲルと呼ばれるタンパク質混合物など、培養カクテルに使用されている成分の詳細な特性を明らかにする必要がある。今後の研究では、腫瘍の形成を促進するなど、望ましくない有害反応をもたらす可能性のある多能性幹細胞の使用を避ける必要があるかもしれない。魅力的な代替案としては、成体幹細胞を使用することが考えられる。

こうした注意事項があるとはいえ、Leeらの研究は、「ヒトの脱毛症の治療」に向けた大きな一歩であり、さらには、より重篤な疾患の治療にも道を開くものだといえる。控えめに言っても、深夜のトーク番組で大々的に紹介する価値はあるだろう。この研究は臨床応用につながる大きな可能性を秘めているのだ。今後の研究によりこの予測が実現することを確信している。

(翻訳:藤山与一)

Leo L. Wang & George Cotsarelis、ペンシルベニア大学皮膚科(米国ペンシルベニア州フィラデルフィア)に所属。

参考文献

  1. Morris, R. J. et al. Nature Biotechnol. 22, 411–417 (2004).
  2. Lee, J. et al. Nature 582, 399–404 (2020).
  3. Rheinwald, J. G. & Green, H. Cell 6, 331–343 (1975).
  4. Gallico, G. G. III, O’Connor, N. E., Compton, C. C., Kehinde, O. & Green, H. N. Engl. J. Med. 311, 448–451 (1984).
  5. Hirsch, T. et al. Nature 551, 327–332 (2017).
  6. Saxena, N., Mok, K.-W. & Rendl, M. Exp. Dermatol. 28, 332–344 (2019).
  7. Rossi, G., Manfrin, A. & Lutolf, M. P. Nature Rev. Genet. 19, 671–687 (2018).
  8. Takahashi, K. & Yamanaka, S. Cell 126, 663–676 (2006).
  9. Plikus, M. V. et al. Science 355, 748–752 (2017).
  10. Kobayashi, T. et al. Cell 176, 982–997 (2019).
  11. Ziller, C. in Hair Research for the Next Millenium: Proc. 1st Tricont. Meet. Hair Res. Socs (eds Randall, V. A. et al.) 19–23 (Elsevier, 1996).
  12. Pinkus, H. in The Biology of Hair Growth (eds Montagna, W. & Ellis, R. A.) 1–32 (Academic, 1958).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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