人工葉緑体が太陽光から高効率で糖を作った!
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二酸化炭素(CO2)を取り込む新しい方法が登場した。植物細胞内で光合成を行っている葉緑体を人工的に作製することに成功したのだ。この人工葉緑体は、実験室で設計された化学経路によって太陽光を利用してCO2を糖に変換する。この研究成果は、Science 2020年5月8日号に掲載された1。
今回報告された新しい化学経路は、自然が進化させたどんな経路よりも高効率であるため、大気からのCO2除去への応用も期待される。ただし、経済性のある大規模な事業になり得るかどうかはこれからだ。
酵素が光合成や化学合成によりCO2を有機物(糖など)に変換する働きは「二酸化炭素固定」と呼ばれる。自然は6通りの経路を進化させたが、マックス・プランク陸生微生物学研究所(ドイツ・マールブルク)の合成生物学者Tobias Erbらは2016年、第7の経路を設計した2。「単純に熱力学的、速度論的な事項を考慮して二酸化炭素固定を見直し、効率化することを目指しました」とErbは話す。Erbらはその経路をCETCHサイクルと命名した。それは酵素の複雑なネットワークで、自然界の光合成で利用されている経路よりもエネルギー効率が20%高い。
しかし、CETCHサイクルを生きている細胞の光合成装置の残りの部分とうまく組み合わせられるかどうかが分かっていなかった。その可能性を探るため、Erbの元で研究する博士課程学生Tarryn Millerはホウレンソウに目を付けた。そして、全植物共通の光合成器官「葉緑体」から集光能を持つチラコイド膜を取り出し、CETCHサイクルの16種類の酵素と共に反応容器に投入した。微調整を行うと、その膜とCETCHサイクルの酵素は協働した。ホウレンソウの葉緑体の膜が太陽エネルギーを取り込み、CETCHサイクルの酵素がそのエネルギーを利用してCO2をグリコール酸に変換する。
今回の研究は概念実証にすぎない。しかしErbによれば、人工葉緑体は、生細胞が作れない分子を作り出すための非生物的小型リアクターにエネルギーを供給できる可能性があるという。
それについてミネソタ大学(米国ミネアポリス)の合成生物学者Kate Adamalaは、微生物よりも効率が上がるのではないかと話す。そして「自然の細胞は生き続けることに大量のエネルギーを費やしますが、合成(された系)は何ら生命的な機能を維持する必要がないのです」と説明する。合成系の全「代謝」を有用な化合物の生産に集中投下できるというわけだ。
しかし、応用を考える前に解決すべき問題がある。例えば、人工葉緑体内のホウレンソウの膜は数時間働いただけで分解が始まるため、系の実働寿命には限界がある。ホウレンソウ栽培と細胞からの膜の抽出にも時間がかかる。そこでErbらは、ホウレンソウの膜を使わない人工系の開発も進めている。
人工葉緑体の利用には「完全に人工的な生命体」という極めて興味深い可能性もある。「その『葉緑体もどき』は、人工細胞のエネルギー生成系として利用できるかもしれません」と、合成生物学者である東京工業大学の車兪澈は話す。それには人工葉緑体が自然界の葉緑体のように、いくらかの自己修復能と自己複製能を持っていることが望ましいと車は語る。この能力は、今回の人工葉緑体にはまだ備わっていない。
こうした壁が立ちはだかっていても、Erbらは人工細胞実験に着手することを躊躇していない。J.クレイグ・ヴェンター研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の研究者らとの共同研究を開始したのだ。同研究所のパートナーは、生命に最低限必要な数の遺伝子を含む小さな人工細胞を2016年に作製している(2016年6月号「遺伝子を限界まで削ぎ落とした人工生命」参照)。
「自然は時にとても保守的です。光合成の全てのオプションはもれなく試行済み、というわけではないのです」とErbは言う。「そこに興味を持ちました。私たちは、自然が到達したことのない解を実現できるのです」。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 7
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200705
原文
Cyber-spinach turns sunlight into sugar- Nature (2020-05-07) | DOI: 10.1038/d41586-020-01396-4
- Colin Barras
参考文献
- Miller, T. E. et al. Science 368, 649–654 (2020).
- Schwander, T. et al. Science 354, 900–904 (2016).
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