Editorial

英国版DARPAの夢は現実に根差したものであるべき

ステルス機能を備えたB-2爆撃機。米国防高等研究計画局 (DARPA) は、その基礎を築いた研究の一部に資金を提供した。

英国のジョンソン首相は、米国の国防高等研究計画局(DARPA)を手本にしたAdvanced Research Projects Agency(ARPA)の計画を大急ぎで進めている。英国は、欧州連合(EU)からの脱退に伴い、技術競争力の強化を目指しているのだ。ARPA計画の正確な詳細は明らかにされていないが、その予算規模は5年間で約8億ポンド(約1000億円)と推定されている。

DARPAは、軍事目的の野心的な技術を支援するために1958年に当時の大統領アイゼンハワーが創設した。DARPAの創設に弾みをつけたのが、1957年にソビエト連邦が打ち上げた世界初の人工衛星「スプートニク」で、この人工衛星によって実証された高い技術力は、西側諸国に衝撃を与えた。DARPA は、NASAと同じ年に創設されており、アイゼンハワーがDARPAに託した望みは、米国の軍隊が二度とこのように取り残されないようにすることだった。

DARPAの最も著名な研究投資には、トランシットと呼ばれる世界初の全球衛星測位(航法)システム、ステルス航空機、インターネットの前身であるARPANETがある(DARPAは設立当初、ARPAという名称であった)。今もDARPAが資金を提供する数多くのプロジェクトが進行中で、その一例が、切断された四肢を再生させる治療法の開発だ(2015年9月号「ペンタゴンと生命科学が手を組むとき」参照)。

DARPAが提供する資金の総額は、年間約35億ドル(約3850億円)で、米国の公共部門と民間部門の研究開発予算総額の1%にも満たない。こうした額であっても、従来の研究資金助成団体よりもリスクの高い発想を採用し、失敗に対する許容度が高いというDARPAの評判は十分に正当化される。DARPAが資金提供した研究プロジェクトの失敗例として有名なのが「ハフニウム爆弾」だ。これは、ハフニウム178にX線を照射すると大量のエネルギーが放出されるという誤った考えに基づいていた。

DARPAの研究プログラムマネジャーは、資金の提供対象となる研究プロジェクトと資金提供方法を比較的柔軟に決定できるが、DARPAほどの規模での成功例は、米国外には見当たらない。米国内でおいてさえ、これほどの成功を収めた機関はない。2009年に設立されたARPA-E(新エネルギー技術のための先端的研究プロジェクト機関)は、トランプ政権によって廃止される脅威に常にさらされている。

DARPAの成功を再現できない理由の1つは、DARPAのプロジェクトには他のプロジェクトにない資金源があることで、「DARPAには、世界で最も潤沢な資金を持つ顧客がついているのです」と、DARPAの歴史を研究するSharon Weinbergerは話す。米国の国防総省の年間研究・調達予算は総額1900億ドル(約21兆円)で、要求仕様を満たす試作品の試験を実施して、商業的に採算が取れるかどうかを判断するための大規模な研究に対して資金を拠出できるのだ。

リスク管理

DARPAをさらに詳しく調べてみると、DARPAのマネジャーがどのようにしてリスクを制御しながら大胆な発想を推進しているかが分かる。DARPAの生物技術研究室(バージニア州アーリントン)において同研究室と共同で作業を進めているチームの一員が、2016年から実施されたイニシアチブについて報告している(Nature 2020年3月12日号190ページ)。それによると、DARPAはこのイニシアチブの各プロジェクトに、研究計画に関するトラブルシューティングと研究結果の再現を行う独立した検証チームを割り当てている。この「シャドー・チーム」は、「実行チーム」と会合を行い、正確なプロトコルを学び、研究プロジェクトの再現に必要な条件を確立し、これら2つのチームが、プログラムマネジャーに対して、進捗状況に関する共同プレゼンテーションを行う。

これは大変な作業であり、再現のために最大20カ月を要したプロジェクトもあった。そのための費用も莫大で、開発された技術から同じ結果が得られることを確かめるために、研究プログラムの予算の3~8%を要している。しかし、それだけの投資をする価値はあると複数のプログラムマネジャーが話しており、この作業モデルは、DARPAの大胆なイメージが想起させる以上にDARPAによる慎重な管理を明確に示している。

DARPAのこのような作業からは、英国ARPAに何を夢見るかという点でも、科学全般という点でも、多くを学ぶことができる。英国のARPAを支持する人々の中には、最先端技術が15年以内に開発され、成功の見込みの薄い研究に大ナタを振るうことを期待する者もいる。だが、再生医療やリモートセンシングなどの分野における野心的な技術目標に関しては、慎重な研究によって成功の見込みやリスクが明確になるまでにより多くの時間を要する可能性が非常に高い。

研究者、大学で研究者を管理する者、研究助成機関のいずれもが、効果的なデューデリジェンスを行うことが各プロジェクトに必須である理由を理解している。しかし、首相官邸がARPAを「ハイリスク・ハイリターンの研究」と称賛し、「型にはまった作業」はお役所仕事だと決めつけているようでは、このような声は伝わりにくい。

DARPAの成功を再現しようとする国は、綿密な準備と検証への投資なしにハイリスク研究の成果を得ることはできないことを認識しなければならない。自由奔放に大胆な発想を推進することには、より大きな責任が伴うのだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200644

原文

DARPA ‘lookalikes’ must ground their dreams in reality
  • Nature (2020-03-11) | DOI: 10.1038/d41586-020-00690-5