ヒトの足のアーチ構造と剛性の進化
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ヒトは両足を使って、地上を効率的に歩いたり走ったりできるように進化してきた。他の霊長類には見られないアーチ型の足は、ヒト固有の特徴であり、二足歩行をする上で欠かせない。アーチ構造は足に剛性を付与する。足の筋肉が地面を蹴り出すときに発生する力を伝えるためには、この剛性が必要となる。アーチ構造はまた、足に柔軟性を与える。それによって足はバネのように働き、力学的エネルギーをいったん蓄えてから放出することができるのだ。このほど、足の剛性を担っている構造について、エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)のMadhusudhan Venkadesanら1が新しい見解をNature 2020年3月5日号97ページで報告している。彼らの発見は、足の進化を理解する上で興味深い知見であるのみならず、足の健康を考えたり、より優れた靴を設計したりする際のフレームワークともなり得るものだ。
これまで足の剛性に中心的な役割を果たしていると考えられてきたのは、内側縦足弓(かかとから母指球まで伸びる縦方向のアーチ;図1)である2,3。このアーチに沿った足底筋膜(または足底腱膜)のような靭帯は弓の弦のように働き、力が加わった際にアーチがつぶれるのを防いでいる。さらに、これらの靭帯が持つバネのような力学的特性は、エネルギーを蓄えてから放出する足の能力に大きく貢献している4。
しかし、Venkadesanらは、第二のアーチである横足弓(中足骨の基部で足を横切る横方向のアーチ;図1)が、少なくとも内側縦足弓と同じくらい足の剛性に重要だという見解を提示している。彼らは、横足弓の湾曲がどのようにして足の屈曲を防ぎ、それによって足の剛性を増加させているのかについて、実験結果を示しているのだ。この剛性増加の原理は、ピザの生地の縁がカールしていると、切ったピースを折り曲げにくくなるのと同じ理屈である。
図1 ヒトの足のアーチ
ヒトの二足歩行を可能にする特性である剛性を足に付与する上で重要な役割を果たしていると考えられてきたのは、内側縦足弓(縦方向のアーチ)である2,3。今回のVenkadesanら1の報告によれば、第二のアーチである中足骨付近の横足弓(横方向のアーチ)も足の剛性に大きく寄与している。
Venkadesanらは、まず理論的なアプローチで、足の剛性増加における横方向の湾曲の役割を検討した。彼らは、弾性のある板をモデルとして用い、板の横方向の曲率が増加すると縦方向の剛性が増加することを実証した。そして、横方向の曲率および縦方向の剛性のパラメーター(板のサイズや厚さなど、他の要因に依存しない)を導き出し、曲率の大きさがある値を超えると縦方向の剛性に直接影響を与えるようになる、明確な転移点が存在することを示した。複数の硬い部品(中足骨に相当)をバネ(靭帯に相当)で接続して作製した足の物理的モデルを用いた検討でも、同様の関係が認められた。
モデルから得られたこの結果が、実際にヒトの足のアーチの剛性にも当てはまるかどうかを検証するために、Venkadesanらは、ヒトの死体標本(死後硬直による剛性の増加を除くために、凍結してから解凍したもの)を使って、荷重をかけたときの足の垂直方向の変位を測定した。さらに、横足弓の湾曲を足の剛性と関連付けるために重要だと予想される、横足弓の靭帯を切断した場合の効果も調べた。その結果、横足弓の靭帯を切断すると、足の剛性は40%以上という驚くべき値で減少した。これとは対照的に、内側縦足弓に沿った足底筋膜を切断しても足の剛性は23%しか減少しないことが、以前の研究4で示されている。従って、Venkadesanらのデータは、足の総合的な剛性には横足弓の靭帯が大きく寄与していることを示唆している。荷重がかかっているときには、母指球の部位で中足骨が広がるため、横足弓の靭帯はおそらく伸張していると考えられる。Venkadesanらによれば、この靭帯の伸張は横足弓の湾曲の直接的な結果であるという。
Venkadesanらは、絶滅したヒト亜族(チンパンジーよりもヒトに近縁の種)のさまざまな種を含む、各種の霊長類における横足弓の進化についても検討した。以前報告された足の進化についての別の研究5と同様、Venkadesanらは第4中足骨のねじれ角に注目した。そのねじれ角から横足弓の曲率を推定し、足の剛性が現生人類と同程度まで強くなるのに十分な曲率を有していた種を探した。例えば、アウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)という種を見てみよう。これは300万年以上前に生存していた種で、ヒトのように直立歩行をしていたかどうかについて議論されている6–8。Venkadesanらは、A. afarensisの横足弓はヒトのものよりも曲率がかなり小さく、そのため、彼らのモデルによれば、おそらく足の剛性が低かったと考えられると報告している。ただし、横足弓の曲率だけでは運動能力を正確に推測することはできず、また、別のメカニズムによって足の剛性が十分に高くなり、ヒトのように直立歩行ができた可能性もあることも、しかるべく強調している。
足のアーチの曲率には大きな個人差がある。扁平足の人もいれば、アーチが高い人もいる。扁平足の人は、そうでない人に比べてアーチの曲率が小さいので、足の剛性は低くなるかもしれない。しかし、扁平足の人であっても、横足弓の曲率が十分に大きければ内側縦足弓の低さが補償され、効率的な歩行やランニングに十分な足の剛性を持っている可能性がある。Venkadesanらの研究では、横足弓の曲率と足の剛性との間に関連があるかどうかを直接検証しているわけではない。横足弓の曲率が足の剛性を説明する重要な機能的パラメーターであることの証明は、今後の課題として残されている。
Venkadesanらによって今回示唆された足のアーチの曲率の範囲は、横足弓の曲率に生まれついての違いがあるために、足の剛性に2倍近くの個人差が生じ得ることを示している。しかし、横足弓の曲率と足の剛性との関連だけでは、剛性を担っている仕組みを完全に説明するにはおそらく十分ではなく、その他の要因、例えば、足底筋膜の剛性や、筋肉がアーチの剛性を能動的に調節している可能性なども考慮する必要があるだろう。従って、ヒトの足の剛性を評価する際の重要な変数として、この曲率パラメーターのみに頼るのは注意が必要である。
進化生物学、運動科学、医学の領域では、足にかかる荷重の処理を説明しようとする際に、これまで横足弓はほとんど無視されてきた。Venkadesanらの研究は、足の形状と機能とを結び付ける新しいメカニズムを示唆しており、ヒトの足についての考え方を変えるきっかけとなり得る。横足弓がヒトの歩行機能にどのように寄与しているのかをより深く理解するためには、横足弓が足の剛性にどのように寄与しているのか、また、それによって力学的もしくはエネルギー的な利益が得られるのかどうかも含めて、さらに多くの研究が必要である。将来的には、足のさまざまな障害に対して、横足弓の曲率を活用して足の剛性を調節する新しい治療法が開発される可能性がある。さらに楽しみなのは、義足や二足歩行ロボットを設計する際に研究されているヒトの足の模倣にも、今回の成果が密接に関係しているということだ。
翻訳:藤山与一
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 6
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200634
原文
Ahead of the curve in the evolution of human feet- Nature (2020-03-05) | DOI: 10.1038/d41586-020-00472-z
- Glen A. Lichtwark & Luke A. Kelly
- Glen A. Lichtwark & Luke A. Kellyは、クイーンズランド大学(オーストラリア・セントルシア)に所属。
参考文献
- Venkadesan, M. et al. Nature 579, 97–100 (2020).
- Pontzer, H. Curr. Biol. 27, R613–R621 (2017).
- Holowka, N. B. & Lieberman, D. E. J. Exp. Biol. 221, eb174425 (2018).
- Ker, R. F., Bennett, M. B., Bibby, S. R., Kester, R. C. & Alexander, R. M. Nature 325, 147–149 (1987).
- Ward, C. V., Kimbel, W. H. & Johanson, D. C. Science 331, 750–753 (2011).
- Jungers, W. L. Nature 297, 676–678 (1982).
- Ward, C. V. Am. J. Phys. Anthropol. 119 (Suppl. 35), 185–215 (2002).
- Hatala, K. G., Demes, B. & Richmond, B. G. Proc. R. Soc. B 283, 20160235 (2016).
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