タンパク質の構造を使って病気を診断
雪片は、最初はごく小さな水の結晶である。その小さな結晶がシードとなって周りに水分子が凝集し、地面に落ちるまでの間に雪片はだんだん大きくなっていく。同じようにタンパク質もシードとなり得る。例えば、アミロイド疾患と総称される加齢関連疾患では、アミロイドと呼ばれるタンパク質の何千個ものコピーが異常な構造をとって集まり、有害な凝集体になる。パーキンソン病では、アミロイドタンパク質であるα-シヌクレインの凝集体がニューロンに蓄積する。より稀な神経変性疾患である多系統萎縮症(MSA)では、グリアと呼ばれるニューロンを支える細胞にα-シヌクレインが凝集する。これら2つの疾患は、必要とされる治療法は異なるが、症状がオーバーラップするため鑑別が難しい場合がある。この違いについて、テキサス大学ヒューストン健康科学センターのMohammad Shahnawazら1が、Nature 2020年2月13日号273ページで説明している。全く同じ水分子から異なる形の雪片ができるように、α-シヌクレイン凝集体はそれぞれの疾患で異なる立体構造を形成するというのだ。
これまでのin vitro実験と動物実験で、株(strain)と呼ばれるα-シヌクレインの異なる凝集体構造が異なる影響をもたらすことが示されている2。さまざまなα-シヌクレイン株は、細胞殺傷能力やシーディング、伝播特性が異なる場合があるだけでなく、標的となる哺乳類の脳の細胞タイプや領域が異なる可能性もある3,4。
Shahnawazらは、タンパク質ミスフォールディング循環増幅(PMCA;protein misfolding cyclic amplification)法と呼ばれる技術を用いて、こうした以前の知見を基にさらに研究を進めた。PMCA法では、少量のα-シヌクレイン凝集体を増幅し、微細な試料を精査できるようにする。アミロイド特異的な蛍光色素を新たに形成された凝集体に組み込むことで、そうした分析が可能になる。
Shahnawazらは、200人以上(パーキンソン病またはMSAの患者、あるいは健康な被験者)の脳脊髄液から得た試料を、見事なまでに増幅して分析した(図1)。その結果、パーキンソン病患者から得た試料は、MSA患者からの試料よりも、蛍光を強く発することが分かった。つまり、PMCA法を使用することでパーキンソン病とMSAを識別できたのだ。
図1 異なった構造をとるα-シヌクレインタンパク質
パーキンソン病と多系統萎縮症には、α-シヌクレインの凝集体(それぞれニューロンとニューロンを支えるグリア細胞に蓄積)が関わっている。Shahnawazら1は、脳脊髄液試料から微量のα-シヌクレインを抽出し、タンパク質の増幅と分析を行って、2つの疾患でその構造が異なることが明らかにした。このことは、α-シヌクレインの構造がそれぞれの疾患の異なる性質に関与している可能性を示している。この分析だけで、被験者200人の約95%で疾患を識別できた。
蛍光のレベルが違ったことから、アミロイド色素とそれぞれのα-シヌクレイン凝集体との相互作用は異なる形で行われること、そしてこれら2つの疾患には異なるα-シヌクレイン株が関わっていることが示唆された。Shahnawazらは、プロテイナーゼKという酵素を用いてタンパク質を処理(異なる構造を持つ株を異なる方法で分解)したり、クライオ(低温)電子線トモグラフィーと呼ばれる顕微鏡手法などの生物物理学的特性評価を介して、2つの株を区別できることを示して、この結果を確認した。
Shahnawazらの研究には、2つの重要な意味がある。第一に、α-シヌクレインが関わる疾患を識別する診断用ツールとしてPMCA法を使用できることが示されたことだ。とはいえ、この研究で分析された試料は、すでに診断が下されていた患者から入手されたことを心にとどめておくべきであり、この手法が初期段階で疾患を検出する予測ツールとして使用でき得るかどうかはまだ分かっていない。さらに、パーキンソン病患者に投与されていた薬剤によってPMCA法に影響が出た可能性もある。パーキンソン病患者は通常、ホルモンであるドーパミン(l-ドーパ)を投与されるが、l-ドーパはin vitroでα-シヌクレイン凝集体に影響を与えることが示されている5。
第二に、この研究結果は「1つの多形、1つの疾患」仮説6-8を裏付けるさらなる証拠となったことである。現在証拠が増えつつある「1つの多形、1つの疾患」仮説とは、同じ凝集体タンパク質の異なった構造型(多形)は、異なる病理と症状を引き起こし得るという考え方だ。タンパク質に異なる構造をとらせる要因は何か? In vitroでは、特定の折り畳み構造は特定の環境条件から生じることがある。例えば、α-シヌクレインが浸っているバッファーにリン酸塩が含まれているかいないかによって、異なる多形が生じる9。In vivoでは、α-シヌクレインはいくつかの環境に曝露される。事実、パーキンソン病で変性するニューロンとMSAで影響を受けるグリアは異なる細胞系統に属しており、細胞内環境が著しく異なっている。加えて、α-シヌクレインは細胞間を移動することができ、細胞内環境にも細胞外環境にもさらされる場合がある2。
疾患ごとに異なる多形が関与する、という考え方は、1990年代のプリオンタンパク質の研究6にまでさかのぼる。アミロイドと同様、有害な感染性プリオン凝集体はヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病やヒツジのスクレイピーのような神経変性疾患を引き起こす。それぞれ異なる多形構造をとるプリオンのいくつかの株は、通常は特定の試料または生物中で共存している7。それらの株は、異なる環境で異なる適応度を持ち、環境によって株の複製能は変わってくる。この現象はプリオンクラウドとして知られている10。
この考え方から、環境条件が変化すれば、それぞれの多形の相対的存在量も変化する可能性があると推察される。この原則はPMCA分析にも影響する。特定の条件下では、既存の株の中から最も適応度の高い多形が増殖するはずだ。実際、Shahnawazらの実験では、パーキンソン病の試料とMSAの試料からはそれぞれ単一の異なる多型が増幅された。
対照的に、PMCAを使用した別の最近の研究で、Strohäkerら11は、パーキンソン病患者とMSA患者の脳から得られたα-シヌクレインの構造には著しい違いはなかったと報告した。この矛盾について考え得る説明は、2つのグループが異なるPMCAプロトコルを使用したことである。また、Strohäkerらが使用した患者群は今回の研究よりもはるかに小さかった。実際、核磁気共鳴分光法を使用した分析では、Strohäkerらの試料の一部で異なる構造上の特色が示された。
高分解能クライオ電子顕微鏡(低温電子顕微鏡)を使って、別の神経変性関連タンパク質であるタウにおいて、異なる疾患特異的多型の存在が原子分解能で証明されている8。温和な条件下で抽出された試料を使用した同様のアプローチによって、α-シヌクレインのより明確な実際の様子が分かるようになるかもしれない。アルツハイマー病の同様の観察結果12と合わせることにより、アミロイド疾患の構造的状況の全体像の理解が深まりつつある。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 5
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200538
原文
Neurodegenerative diseases distinguished through protein-structure analysis- Nature (2020-02-13) | DOI: 10.1038/d41586-020-00131-3
- Juan Atilio Gerez & Roland Riek
- Juan Atilio Gerez & Roland Riekは、スイス連邦工科大学チューリヒ校に所属。
参考文献
- Shahnawaz, M. et al. Nature 578, 273–277 (2020).
- Peng, C. et al. Nature 557, 558–563 (2018).
- Bousset, L. et al. Nature Commun. 4, 2575 (2013).
- Lau, A. et al. Nature Neurosci. 23, 21–31 (2019).
- Li, J., Zhu, M., Manning-Bog, A. B., Di Monte, D. A. & Fink, A. L. FASEB J. 18, 962–964 (2004).
- Prusiner, S. B. Proc. Natl Acad. Sci. USA 95, 13363–13383 (1998).
- Weissmann, C. PLoS Pathog. 8, e1002582 (2012).
- Zhang, W. et al. eLife 8, e43584 (2019).
- Guerrero-Ferreira, R. et al. eLife 8, e48907 (2019).
- Collinge, J. Nature 539, 217–226 (2016).
- Strohäker, T. et al. Nature Commun. 10, 5535 (2019).
- Lu, J.-X. et al. Cell 154, 1257–1268 (2013).
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