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微生物が身に付けた極限環境でのサバイバル術

海底の堆積物から回収されることが多い菌類Eurotium herbariorumの培養物。 Credit: Tom Kleindinst/Woods Hole Oceanographic Institution (WHOI)

南西インド洋海嶺上の「アトランティス海台」で回収された岩石コア試料の新たな分析によって、海洋地殻の深部にも細菌やアーキアなどの微生物が存在することが明らかになり、Nature 2020年3月12日号250ページで報告された1。これらの単細胞生物は、栄養素などの資源が極めて少ない海洋下部地殻の微細な亀裂中に生息し、海水などで運ばれる微量の有機炭素を最大限に活用することで、ゆっくりだが確実に生存・増殖しているとみられる。今回の発見で、地球上で生物が生息可能と考えられる領域がまた大きく広がったことになる。

この研究は、2015年11月〜2016年1月に行われた、「国際深海科学掘削計画(International Ocean Discovery Program)」の第360次研究航海で採取されたコア試料を用いて進められた。南西インド洋海嶺アトランティス海台は、海洋の下部地殻が海底面に露出した、特殊なプレート構造を持つことで知られる。研究を率いたウッズホール海洋研究所(米国マサチューセッツ州)の海洋微生物学者Virginia Edgcombは、「海洋地殻の深部にまで微生物がいるなんて、ワクワクします」と語る。「これらの微生物は、有機炭素の徹底的な再利用という戦略で生き延びているのです」。

極限環境に生息する微生物は、かつては「極端」な生物と考えられていたが、ここ20年の研究で、地球上の全微生物の実に70%がそうした過酷な環境で生息していることが明らかになってきた。また、海底下の深部堆積物や南極大陸の低温砂漠、さらには成層圏など、これまで生物が生息できないと考えられてきたさまざまな場所にも多くの微生物が存在することが明らかになっている。

こうした微生物は、それぞれの生息環境が課すさまざまな困難を乗り越えて生き抜くため、多様な戦略を進化させてきた。例えば、鉄や放射性物質のウランといった金属で呼吸を行う微生物や、大気中の微量ガスからエネルギーを得ている微生物もいれば、海底の泥質堆積物の深部で、摂食や生殖の頻度を極端に減らし、数百年、数千年かけてゆっくりと生活している微生物もいる(2018年3月号「大気の微量成分からエネルギーを得る南極の微生物」参照)。

「まるで、世界の終わりに登場する精巧な機械です」と語るのは、極限環境の微生物を求めて世界各地で調査を行ってきたテネシー大学ノックスビル校(米国)の地球微生物学者Karen Lloydだ。「しかも、そうした微生物は過酷な環境を好んでいるのです」。

究極のスローライフ

地殻の深部に微生物が存在することを示す最初の手掛かりは、1920年代、油田周辺の地下水からもたらされた。硫化水素や重炭酸といった、細菌によって産生される物質が検出されたのである。1980年代には、海底探索の大規模プロジェクト「深海掘削計画(Deep Sea Drilling Project)」で回収された複数のコア試料から驚くほど多くの微生物が見つかった。

南西インド洋海嶺アトランティス海台の下部地殻から得られた岩石の薄片。 Credit: Frieder Klein/WHOI

しかし、深部生物圏での微生物の探索を目的とする研究航海が始まったのは2000年代に入ってからで、その皮切りとなったのが、2002年1〜3月に行われた「国際深海掘削計画(Ocean Drilling Program)」の第201次研究航海だった。リーダーを務めたのは、オルフス大学(デンマーク)の地球微生物学者Bo Jørgensenとロードアイランド大学(米国)の海洋学者Steven D’Hondt。2人が率いる研究チームは、実験設備を備えた掘削船ジョイデス・レゾリューション号(JOIDES Resolution)で東太平洋のペルー沖を訪れ、大陸棚から海溝に至る水深150〜5300mの複数地点において海底下0〜420m(堆積物の年代は0〜3500万年前)からコア試料を採取した2

得られた堆積物コアからは、全ての掘削地点のあらゆる深さの試料で多様な微生物の存在が確認された。海底下で利用可能な有機炭素の量は、地表で光合成生物が固定する炭素量のわずか1%程度だが、これらの微生物はそうした資源の乏しい環境でも問題なく生きているようだった。

船内で行われた初期の実験からは、海底下の微生物では基本的な生物学的機能の速度が地表の微生物よりはるかに遅いことが示された。資源の補給に数千年もの時間を要する環境への、必然の適応だろう。しかし一方で、それらの微生物が海底下で本当に生きているのか、生きていたとしてもゆっくりと飢え死にしているだけではないのか、と疑問視する科学者たちもいたという。

だが、Jørgensenはそれらの微生物が生きていることを確信していた。彼はその後の研究で、別の深部堆積物コア試料において、活性タンパク質やDNA修復機構を伴う微生物の存在を明らかにしている3。「微生物の増殖は速いと思われがちです。私たちが日頃実験室で扱う細菌はそうなのですが、実際は大部分の微生物が極めてゆっくり増殖していることが分かりました」とJørgensenは話す。「私たちがかつて極端だと見なしていたのは、ごく普通のことだったのです」。

メタゲノミクスの時代へ

極限環境の微生物の多くは、実験室で研究することができない。培養ができず、できたとしても人工環境では野生下とは異なる挙動を示すからだ。そのため、こうした微生物の生存戦略を調べるのはこれまで難しかった。ところが、メタゲノム解析の登場で状況は変わりつつある。

群集全体の遺伝子発現の同時追跡を可能にするメタゲノミクスの手法によって、極限環境の試料からはこれまでに、タンパク質やDNAの低エネルギー修復過程、エネルギー効率に優れた代謝戦略に関わる遺伝子の他、一酸化炭素や水素などの微量ガスからエネルギーを得るのを可能にする遺伝子などが発見されている。

今回のEdgcombらの研究でも類似の手法が用いられ、多環芳香族炭化水素の分解、ポリヒドロキシアルカン酸の炭素貯蔵分子としての利用、酸化還元反応やエネルギー産生のためのアミノ酸の再利用など、従属栄養過程に関わる遺伝子がいくつも発見された。これは、地殻の深部では利用可能な有機炭素が圧倒的に少ないことを考えると意外であり、微生物がそれらを最大限に活用すべく独自の戦略を編み出してきたことを意味する。

オレゴン州立大学(米国コーバリス)の微生物生態学者Rick Colwellは、Edgcombらの成果を、「地殻を構成する岩石の亀裂の中で微生物がどのように生きているかについて、我々の知識の幅を大きく広げるものです」と評価する。「極限環境では、命の糧となる資源が微生物の生きるスピードを決めるということを示す、新たな証拠です」。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200505

原文

These microbial communities have learned to live at Earth’s most extreme reaches
  • Nature (2020-03-12) | DOI: 10.1038/d41586-020-00697-y
  • Monique Brouillette

参考文献

  1. Li, J. et al. Nature 579, 250–255 (2020).
  2. D’Hondt, S. et al. Science 306, 2216–2221 (2004).
  3. Mhatre, S. S. et al. FEMS Microbiol. Ecol. 95, fiz068 (2019).