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オーストラリアの森林火災に気候変動の影響

地球温暖化は、オーストラリアの広い範囲に甚大な被害を出した記録的な森林火災にどのような影響を及ぼしたのだろうか? 今、多くの研究者が謎解きに挑んでいる。

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ARTERRA/UNIVERSAL IMAGES GROUP VIA GETTY

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200426

原文:Nature (2020-01-30) | doi: 10.1038/d41586-020-00173-7 | The race to decipher how climate change influenced Australia’s record fires

Nicky Phillips and Bianca Nogrady

2020年1月1日、オーストラリアの首都キャンベラの空気は世界中のどの都市よりも悪かった。先例のない森林火災が、近くで猛威を振るっていたのだ。街は数週間にわたって濃い煙に包まれ、呼吸器疾患で病院に駆け込む住民が続出した。ニューサウスウェールズ大学(UNSW)キャンベラ校の気象学者Sophie Lewisは、ひどい煙霧に耐えかねて、幼い娘を連れてタスマニア島行きの飛行機に乗り込んだ。

「ホバート(タスマニア島にある都市)に向かう途中、メルボルンで空が見えたのですが、それだけで安堵のあまり泣きそうになりました」と彼女は言う。煙霧に包まれたキャンベラでは誰もがマスクをつけていて、彼女はこれを「くちばし」と呼んでいた。彼女の娘はこの数週間で、行き交う人々が異様な「くちばし」をつけているのにすっかり慣れてしまっていた。

Lewisはホバートで、自分の身を案じる海外の仲間からのメールに返信した。世界中の人々と同様、彼女の仲間たちもオーストラリアで猛威を振るう森林火災の規模と深刻さに呆然としていた(「オーストラリア全土に広がった森林火災」参照)。2019年9月以来、オーストリアの国土より広い1000万ヘクタール以上が焼けているが、一部の州ではまだしばらく火災シーズンが続く。今回の森林火災で、すでに32人以上が死亡し、3つの州で2000軒以上の住宅が焼失していた。Lewisは人々からずっと同じ質問を投げ掛けられていた。「こうした大規模な火災には、気候変動が関わっているのでしょうか?」。

オーストラリア全土に広がった森林火災
NASAの人工衛星の赤外線データが捉えたオーストラリアの火災 | 拡大する

SOURCES: MODIS FIRE DATA COURTESY OF NASA, FIRMS; FOREST DATA FROM ESA

Lewisと数人の同僚らは、まさにその問題を議論していた。彼らは「アトリビューション科学(attribution science)」と呼ばれる、まだ小さいが成長しつつある分野の研究者で、熱波や洪水、甚大な被害をもたらす森林火災シーズンなどの極端事象が気候変動によって悪化する可能性を計算している。2019年12月に出版した論文1では、2018年にオーストラリア北東部で発生した大規模森林火災を気候変動と結び付けた。今は、この数カ月間にオーストラリアの広い範囲で多発している森林火災に関するアトリビューション研究を計画している。

研究を主導しているのは欧州の研究者で、地球温暖化が極端事象に及ぼす影響について、迅速分析をいくつも行ってきた。研究チームがこの研究を行うためには、最初に火災事象をどのように定義するかという問題に取り組まなければならない。火災のリスクを増大させるさまざまな気象条件をモデル化するには慎重を要する上、火災はまだ終息していない。しかし、定義が決まれば、研究チームは短期間で結果を出せるはずである。

とはいえ、答えを出すのは容易ではないだろう。砂漠研究所(米国ネバダ州リノ)の気候学者Tim Brownは、「火災はおそらく既知の物理的・社会的システムの中で最も複雑なものです。火災には、それに関わっている燃料や人々のみならず、それらの管理方法まで、非常に多くの側面があります」。

それでも、オーストラリアやその他の国々は、自分たちが直面しているものを知る必要がある。アトリビューション研究によって特定の極端事象に気候変動が果たす役割を定量することができれば、科学者は、同様の大災害が再び襲ってくる可能性を今よりも高い精度で予測できるようになるだろう。こうした情報は、地球温暖化に備える危機対応管理者にとって非常に重要である。例えば、多くの国の消防士が、近年の大規模火災が以前に比べてより高温に、より危険になったと感じているが、未来のリスクのモデル研究は、彼らが未来の大火に対応するための訓練に役立つはずだ。

燃える大地

オーストラリアでは常に火災が起きていて、大火災も頻発している。中でも甚大な被害を出したものには名前がついていて、1939年の「ブラック・フライデー」、1983年の「アッシュ・ウェンズデー」、2009年の「ブラック・サタデー」などがある。ブラック・サタデーは173人の死者を出し、オーストラリア史上最悪の火災となった。この3つの火災(と、今回の火災)は、いずれも長期にわたる激しい干ばつの最中や終わりに発生している。

今回の火災が発生した時は、異常に高温で乾燥した気候であった。これは、インド洋の東部と西部の海面温度に差ができる「インド洋ダイポール(Indian Ocean dipole)」現象という自然の気象現象も影響している。暖かい海水がアフリカ付近に集まる「正のダイポール現象」の時期には、オーストラリアの南部とほとんどの北部地域で雨量が減少する。今期は、近年で最強クラスの正のダイポール現象が発生した。同時に、南極上空の極風の変化もあった。これも自然現象だが、正のダイポール現象よりはるかに稀な現象だ。この成層圏突然昇温(sudden stratospheric warming)は、他の要因と共に、オーストラリアの広い地域に高温で乾燥した気候をもたらした。UNSWシドニー校の気候学者Sarah Perkins-Kirkpatrickは、これらの自然な変動に加えて、地球温暖化がオーストラリアをさらに高温で乾燥した国にしていると言う。

数十年にわたり蓄積されてきた証拠は、気候変動がオーストラリアの火災シーズンを悪化させていることを示している。メルボルン大学の経済学者Ross Garnautがオーストラリア政府の委託を受けて作成した2008年の気候報告書2は、過去30年分の証拠に基づき、火災シーズンの始まりは早くなり、終わりは遅くなり、火災の勢いは増すだろうと警告していて、今日の状況を予見したような「この効果は時間とともに増大し、2020年までに直接観察できるようになる」という記述もある。

Lewisは、一般論として気候変動がオーストラリアの火災を悪化させているというだけならアトリビューション研究は必要ないと言う。しかし、極端事象が頻発し、温暖化のペースが収まる気配もない今、人々は気候変動が特定の極端事象に関与したかどうかを知りたがっている。

2018年の事象に関するLewisの研究では、5日間に75万ヘクタール近くを焼き尽くした130の森林火災が調べられた。1つの気候モデルでは未来の条件について数千回のシミュレーションを行い、現在の温室効果ガス濃度の世界と産業革命前の濃度の世界とを比較した。シミュレーションの結果は、気候変動によって極端な気温(火災を引き起こす気候の主な要因である)の頻度が4.5倍になることを示唆していた。第2の気候モデルでは、いくつかの気候シナリオで、平均以下の降雨量が温室効果ガス濃度の高さと結び付けられることも示された。研究者らは、この研究は、気候変動をオーストラリア東部の火災リスクの上昇と結び付ける多くの研究の1つにすぎないと言う。報告書の著者の1人であるPerkins-Kirkpatrickは、この研究は、オーストラリアの大幅な温暖化が及ぼす影響について多くの人々が考えていたことを裏付けるのに役立ったと言う。なお、オーストラリアの年間平均気温のトップ10のうち9つが過去15年間に記録されている。

原因と結果

オックスフォード大学(英国)の気候モデル作成者Friederike Ottoは、火災が点状にちりばめられ、煙が長くたなびいているオーストラリア大陸の衛星画像を見た時に、オーストラリアの森林火災のアトリビューション研究を行うことを考え始めた。この事象は無視するには大き過ぎたとOttoは言う。彼女は、同大学の環境変化研究所とオランダ王立気象研究所が中心となって気候変動が極端気候に及ぼす影響を分析する国際的な取り組みである「世界気候アトリビューション(World Weather Attribution:WWA)」の共同研究者だ。WWAは迅速アトリビューション研究を行うことを決め、LewisやPerkins-Kirkpatrickをはじめとするオーストラリアの研究者に参加を呼び掛けた。

アトリビューション研究ではまず、事象の範囲を制限する(「オーストラリア全土に広がった森林火災」参照)。オーストラリアの事例では、燃えた領域が広く、火災発生時期に幅があったため、範囲を制限するのは難しいとPerkins-Kirkpatrickは言う。範囲を制限できたら、その事象の間に、気温、降雨量、およびこの2つの変数を含む「火災気象指数(fire-weather index:FWI)」が正常範囲外にあるかどうかを分析する。2019年はオーストラリア史上最も高温で乾燥した年だった。12月に国土のほぼ全域を襲った熱波は、オーストラリア史上最高気温を叩き出した。12月18日の全国の平均最高気温は実に41.9℃に達した。

気候変動がこれらの極端事象に影響を及ぼしたかどうかを明らかにするため、研究チームは5種類以上の気候モデルを使って数千回のシミュレーションを行うことを計画している。そのうちのいくつかは現在の温室効果ガス濃度を反映していて、それ以外では産業革命前のガス濃度を使う。気候変動がこの事象の間に火災気象を悪化させたかどうかも調べる予定だ。

Perkins-Kirkpatrickは、この研究により気候変動が極端な気温に及ぼす影響を特定できると信じているが、乾燥や湿気や風への影響を評価するのははるかに困難である。だからこそ、地球温暖化がFWIと個々の要素に及ぼす影響の範囲を分析することが重要なのだとOttoは言う。

研究チームは、準備が整い次第、オープン査読誌に結果を出版することを計画している〔註:3月11日にプレプリント論文がNatural Hazards and Earth System Sciencesに投稿された(https://doi.org/10.5194/nhess-2020-69)〕。「このような事象については、気候変動の役割について多くの人がさまざまな意見を持っているので、科学プロセスをできるだけ透明にすることが重要なのです」とOttoは言う。

彼らの研究は、火災に関する未来のアトリビューション研究にも組み込まれるかもしれない。この手の研究は不足しているからだ。気候変動が(2019年に欧州を襲った記録的な熱波も含め)特定の熱波のリスクを増大させたことは、数百のアトリビューション研究によって示されている。しかし、極端な火災について調べた研究はごく一部である。理由の1つは、熱波や干ばつに比べて火災がはるかに複雑であることだとBrownは言う。2017年にカナダのブリティッシュコロンビア州で発生した大規模火災を検証した報告書は、気候変動が極端火災気象の頻度を2〜4倍増加させ、同州の焼失面積を7倍以上増加させたとしている3。米国カリフォルニアで1970年代から火災による焼失面積が5倍に増えた要因や4、米国西部で1980年代中頃から焼失面積が2倍に増えた要因を探る研究もある5。2つの研究はどちらも、そうした傾向が生じた原因は、おそらく地球温暖化により木の葉や大小の枝などの「燃料」の乾燥が進んだことにあるとしている。

炎の挙動

2020年1月4日に地球観測衛星Aquaから撮影した画像。オーストラリア南東部からニュージーランドに向かって煙(黄褐色)が風で運ばれている。 | 拡大する

Joshua Stevens/MODIS/NASA EOSDIS/LANCE and GIBS/Worldview

ほとんどの火災アトリビューション研究は、気候変動が特定の事象にどの程度関与し、あるいは悪化させたかなど、比較的単純な問いに答えることに集中している。けれども火災の研究を専門とするBrownのチームは、もっと深く調べようと、気候変動が炎の挙動をどのように変えたかを研究している。彼らが特に注目しているのは夜間の温暖化だ。Brownは、この要因が地球温暖化を森林火災のリスクと結び付けているのかもしれないと考えている。夜間に気温が急激に下がると、湿度が高くなり、消防士の消火活動を助けることがある。しかし、夜間も気温が高いままだと、火災管理者は炎との戦いに苦戦することになると彼は言う。夜間の気温は世界各地で上昇していて6、Brownは、この変化が火災リスクを上昇させていないかどうかを調べている。

科学者たちは、火災が以前に比べて激しくなっているかどうかを調べることにも関心を持っている。燃料の乾燥が進むと炎の温度が高くなり、独自の気圧配置を作り出して雷を発生させ、火災前線の数km先まで燃えさしを舞い上がらせる可能性が高くなる7,8

こうした事象による煙は非常に濃くなり、空を不気味な赤い色に染め上げたり、全てを暗闇に投げ込んだりする。煙霧は数百kmもたなびき、宇宙から見えるほどになる。Lewisは、濃い煙に何カ月も耐えてきた数百万人のオーストラリア人の健康への影響が十分注目されていないのではないかと感じている。火災は人々の肺だけでなく心理にも影響も及ぼす。煙を避けて何週間も室内に閉じこもっていると、「ストレスや不安を感じ、イライラします。何もかもが煙の匂いなのです」とLewisは言う。

彼女は家族と共に2週間近くタスマニアで過ごした。キャンベラに戻ってきた彼女は、この散々な夏が幼い娘に及ぼした影響を目の当たりにしている。娘は、赤いお日様はどこに行ったのか、鳥のくちばしのようなマスクはどうなったのかと尋ねるようになったという。

(翻訳:三枝小夜子)

Nicky PhillipsはNatureアジア・パシフィック支局長、Bianca Nogradyはオーストラリア・ブルーマウンテンズ在住のフリーランスのライター

参考文献

  1. Lewis, S. C. et al. Bull. Am. Meteorol. Soc. December, S15–S21 (2019).
  2. Garnaut, R. ‘Projecting Australian climate change’ in The Garnaut Climate Change Review 105–120 (Cambridge Univ. Press, 2008).
  3. Kirchmeier-Young, M. C., Gillett, N. P., Zwiers, F. W., Cannon, A. J. & Anslow, F. S. Earths Fut. 7, 2–10 (2019).
  4. Williams, A. O. et al. Earths Fut. 7, 892–910 (2019).
  5. Abatzoglu, J. T. & Williams, A. P. Proc. Natl Acad. Sci. USA 113, 11770–11775 (2016).
  6. Alexander, L. V. et al. J. Geophys. Res. 111, D05109 (2006).
  7. Liu, Y. Ecohydrology 10, e1760 (2017).
  8. Matthews, S., Sullivan, A. L. & Williams, R. J. Glob. Change Biol. 18, 3212–3223 (2012).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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