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異常ミトコンドリア除去を誘導する遺伝子発見

筋繊維とミトコンドリアの電子顕微鏡画像。 Credit: SPL-STEVE GSCHMEISSNER/BRAND X PICTURES/GETTY

–– マイトファジーとはどのような現象なのでしょう?

星野: 広義に捉えると、オートファジー(自食作用)の一種といえます。オートファジーは大隅良典博士のノーベル賞受賞で広く知られるようになりましたが、最近になり、小胞体や核などの特定の細胞小器官だけを選択的に分解・消化する仕組みもあると分かってきました。こちらは「選択的オートファジー」と呼ばれています。

マイトファジーも、選択的オートファジーの1つです。細胞質内で異常なミトコンドリアを検出し、膜(オートファゴソーム)で包んで小胞(ライソソーム)に輸送し、分解・消化するというものです。ミトコンドリアは、生体内のエネルギー物質であるATPの産生を担う重要な細胞内小器官です。損傷するとATPを作れなくなるだけでなく、細胞毒性のある活性酸素を放出したり、アポトーシスを誘導したりするようになります。つまり、異常なミトコンドリアは細胞にとって極めて危険な存在なため、マイトファジーによって速やかに除去し、ミトコンドリアの品質を担保しているわけです。先行研究では、マイトファジーが以下のような流れで起きることが分かっています。

(1)ミトコンドリアの損傷により膜電位が低下する。(2)膜電位低下が引き金となり、細胞質内の PINK1(PTEN 誘導推定キナーゼ 1)がミトコンドリアの外膜に集積する。(3)PINK1を目印にParkinが集積する。(4)Parkinが持つユビキチン・リガーゼ活性により、複数のタンパク質がユビキチン化される。(5)ユビキチン化が目印になってオートファゴソームに包まれ、ライソソームに輸送されて分解・消化される。

–– ご専門は循環器とのこと。なぜマイトファジーの研究を?

星野: 私の出身大学(京都府立医科大学)では、臨床医になって5年すると、研究をするために一旦、大学に戻る慣習があります。それに倣ったのですが、配属先の教授がたまたまミトコンドリア、特にマイトファジーについて観察研究を進めていたのです。

休むことなく動き続ける心臓は、ATP消費が特に多い臓器です。どのような心疾患であれ、終末期には心不全に陥り、心筋細胞中のミトコンドリアの形や数が異常になります。そのため循環器領域では、「ミトコンドリアの異常」と「心筋におけるATPや活性酸素の動態」との関連が調べられてきました。研究の初期は、組織や細胞を観察する形態学的なアプローチでしたが、その後は、遺伝学や遺伝子工学の手法が用いられるようになりました。

私の指導教授は、心不全状態の心筋細胞中でマイトファジーが異常になることを突き止めていました1。私の方は、分子レベルのメカニズムの解明に取り組み、がん抑制遺伝子として知られるp53がマイトファジーの抑制機能も担うこと、p53の異常が心筋の収縮能低下や膵臓のβ細胞不全の原因になること、などを明らかにしてきました2,3。さらに2014年からはペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)に渡り、博士研究員として研究を続けました。今回の成果4は、そこでのものになります。

–– ペンシルベニア大学では、どのような研究を?

星野: PINK1、Parkin、ユビキチン化による一連のマイトファジー経路の詳細な分子メカニズムを明らかにするために、マウスの筋芽細胞と神経細胞を用いた綿密なスクリーニングを行いました。まず、これらの細胞に、マイトファジーが誘導されたことを確認するためのレポーター遺伝子、ゲノム編集ツール(Cas9)、Parkinを導入した細胞(細胞A)を作りました。遺伝子発現を操作してマイトファジー誘導の有無を容易に検出できるようにしたのです。

次に、細胞Aと約13万種のガイドRNAを用いて、マウスが持つ約2万の遺伝子について、いずれか1つをゲノム編集で取り除いた細胞(細胞B)を作りました。そして、この細胞Bをスクリーニング系とし、ミトコンドリアの損傷薬(脱共役剤、酸化的リン酸化阻害剤カクテル)を添加して解析を試みました。最終的に「マイトファジー誘導が亢進される細胞」と「抑制される細胞」を分離し、塩基配列レベルで詳細に調べました。前者ではフローサイトメトリーを、後者では次世代シーケンサーを駆使しました。

単純な解析に聞こえるかもしれませんが、得られるデータは膨大かつノイズが多いものです。緻密に積みあげていかないと、何をやっているのか分からなくなる危険がありました。今回のようなゲノム編集技術を用いた解析は多くの研究で試みられていますが、成功例は多くありません。

–– どのようなことが分かったのでしょう?

星野: マイトファジー経路に関わる候補として、ミトコンドリア機能に関わる遺伝子が多く挙がりました。ミトコンドリア関連遺伝子全体では、マイトファジーを亢進させるものが16%、抑制するものが7%でした。例えば、前者にはエネルギー産生に関わる酸化的リン酸化関連遺伝子などが、後者にはエンドソームやオートファジーに関連する遺伝子(ESCRTHOPS)が含まれていました。ちなみに、後者にはPINK1Parkinなども含まれており、スクリーニングが正しく機能したことがうかがえました。

図1 ANTをノックダウンした際のマイトファジー抑制
ラットの初代培養神経細胞にミトコンドリアマーカー(Mito-SNAP)とLC3レセプターマーカー(EGFP-OPTN)を導入し、呼吸鎖阻害薬(アンチマイシンA)刺激によるマイトファジー誘導の評価を行った。対照群で誘導されたマイトファジーは、ANT1ANT2のノックダウンにて有意に抑制された。

私たちは、後者、つまりマイトファジーを抑制させる候補にあったANTTIM22の2種の遺伝子に注目しました。いずれもマイトファジーとの関連報告がないこと、ANTについては筋疾患(ミオパチー)の原因遺伝子の1つとして知られていたからです。ミオパチーは、筋線維の萎縮、心肥大、心不全などが起きる難病です。

ANTは、ミトコンドリアで産生されたATPを、「消費する側の細胞質」へと送り出す機能を担います。ANT1からANT4までの4タイプがあり、ヒトの心筋細胞にはANT1が、正常なマウス筋芽細胞では両者がほぼ半分ずつ発現しています。興味深いことに、ミオパチー患者の中には、ANT変異が認められるにもかかわらず、ATPの輸送活性が正常の方がいます。このことは、ANTの変異箇所によっては、ミトコンドリアのATP輸送に関連しないミオパチーが引き起こされることを示すと解釈できます。私は今回の結果を加味し、ANTにはマイトファジー誘導機能もあり、変異部位によってはマイトファジー誘導が阻害されてミオパチーが起こるのではないかと考えました。

結果は予想通りでした。心筋症を呈するANT変異(A123D)と外眼筋麻痺を呈するANT変異(A90D)の患者さんの細胞で解析したところ、ATP取り込み(ADP/ATP交換輸送)は正常で、マイトファジー機能だけが低下していることが明らかになったのです。

図2 ANT変異により、PINK1安定化が阻害される仕組み
正常な場合は、ミトコンドリア障害により膜電位が低下するとTIM23複合体の構造が変化し、PINK1がプロテアーゼによる切断を免れるようになって外膜に蓄積する。一方、ANT欠損や一部の変異では、ANTによるTIM44を介したTIM23複合体への作用が失われる。結果、PINK1はプロテアーゼに切断され、プロテアゾームにより分解されてしまい、マイトファジー誘導が障害される。

一方で、ANTが欠損していてもPINK1の発現やタンパク合成には影響がないこと、ただし膜電位低下に対するPINK1反応の安定性が阻害されることも突き止めました。また、ANT1のノックアウトマウス解析も行い、脳と心臓のミトコンドリアでは、マイトファジー誘導機能が有意に低下していることも確かめました。

以上をまとめると、今回私たちは、ANTには、PINK1の安定した反応を維持し、ミトコンドリアに速やかにParkinを集積させて滞りなくマイトファジー反応を進める機能がある、ということを突き止めたといえます4

–– 臨床医学にはどのようなインパクトが?

星野: 将来的にはミオパチーの治療につながるとよいと思いますが、現段階ではそこまで見えてきません。今回は、ミオパチーとマイトファジー異常をつなげ、重要なプレーヤーであるANTを発見できた点が最も大きかったと思います。TIM22についてもANTと同様のアプローチで解析しましたので、こちらも論文にまとめたいと考えています。 一方、欧米では、人工的にマイトファジーを活性化させ、不良なミトコンドリアを除去する創薬研究が、少しずつ始まっています。マイトファジー活性化薬とでもいうべきこのような薬には、心不全、神経変性疾患、糖尿病などの幅広い病態の進行を抑える効果や、老化抑制などが期待できると思います。例えば、SP30という候補物質については、すでに検証が始まっているようです。私たちが以前に報告したp53も候補の1つといえる他、新たな薬剤候補の報告ももたらされています。

私個人としては、これまでのミトコンドリアに関する研究で、異常に蓄積した不要物を分解する機構に大きな興味を抱き、神経変性疾患の治療などに応用できればよいと考えるようになりました。すでにこちらの研究も始めています。

–– 今後も基礎研究を継続されるのですね。

星野: はい、続けようと思っています。ただし、米国滞在中には基礎研究に向かないと思い、続けるか悩んだ時期もあります。基礎研究は、疑問点を洗い出して議論し、その過程を楽しまないとやっていけません。そのためには、明確なターゲッティングと発想力が必要ですが、初めは、そこが不足していたのだと思います。留学先のボスが自由にやらせてくれたことで、徐々に独自のアイデアを盛り込めるようになって、研究が面白くなりました。滞在中にCRISPR-Cas9が実用化されるといった技術革新があり、そのような工学的手法に興味を持てたことも大きかったと思います。

–– 米国滞在で得られた最大の収穫は何でしょう?

星野: 循環器の医師だけでなく、工学の研究者、データ解析の専門家でタッグを組み、異分野融合で強力に研究を進める点に大きな感銘を受けました。また、ボスが一流ジャーナルとのやりとりに長けた人で、Natureの査読者からの要求が来る前に、段取りよく追加実験などの指導をしてくれたのも、大きな助けとなりました。世界を知る良い経験ができたと感謝しています。

–– ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

星野 温(ほしの・あつし)

京都府立医科大学大学院医学研究科 循環器内科学 助教
2003年京都府立医科大学医学部卒業後、初期研修、循環器内科臨床医を経て2007年同大学院に進学、2012年に医学博士取得。2014年よりペンシルベニア大学にて博士研究員として本研究に取り組む。2017年より現職。ミトコンドリア研究に加え、線維化疾患や神経変性疾患の治療法・予防法の確立を目指した研究も展開している。

星野 温氏

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200326

参考文献

  1. Hoshino, A. et al. J. Mol. Cell. Cardio. 52, 175–184 (2012).
  2. Hoshino, A. et al. Nature Communications 4, 2308 (2013).
  3. Hoshino, A. et al. Proc. Natl. Acad .Sci .USA 111, 3116–3121 (2014).
  4. Hoshino, A. et al. Nature 575, 375–379 (2019).