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二酸化炭素を食べて増える大腸菌の作出に成功

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200303

原文:Nature (2019-11-27) | doi: 10.1038/d41586-019-03679-x | E. coli bacteria engineered to eat carbon dioxide

Ewen Callaway

糖ではなく二酸化炭素を栄養源として使って増殖することのできる大腸菌が、10年以上の研究の末に作製された。この画期的な大腸菌は、環境負荷の少ない燃料や食糧の生産を切り開くかもしれない。

モデル細菌Escherichia coli。 | 拡大する

SPL/Getty

大腸菌(Escherichia coliE. coli)は、実験室で非常によく使われるモデル細菌である。今回、ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホボト)のシステム生物学者Ron Miloらは、炭素源として糖などの有機分子ではなく二酸化炭素(CO2)を摂取して増殖する大腸菌株を作製し、2019年11月27日にCell で発表した(S. Gleizer et al. Cell 179, 1255–1263; 2019)。

科学者たちは、この成果を画期的だと評価する。生物学界で最も一般的に使用されているモデル生物の内部機構を激変させることで成し遂げたからだ。将来的には、CO2を摂取するこの大腸菌を使って、バイオ燃料用の有機炭素分子や食糧が生産されるようになるかもしれない。

この大腸菌を用いて製品を作る際のCO2排出量は、従来の方法で製造する場合よりも少ないと考えられるだけでなく、製造の際に大気中のCO2を除去する可能性すらある。

「代謝の心臓部を移植するようなものです」とマックス・プランク陸生微生物学研究所(ドイツ・マールブルク)の生化学・合成生物学者Tobias Erbは言う(Erbは今回の研究に関与していない)。

植物やシアノバクテリア(酸素発生型光合成を行う水生微生物)は光のエネルギーを使って、CO2をDNAや糖、タンパク質、脂質など、炭素を含む構成要素に変換(固定)する。しかし、そうした生物の遺伝的操作は容易ではなく、これらを生物工場へと転換する取り組みはなかなか進まなかった。

これに対し大腸菌は、遺伝子操作が比較的容易な上、増殖が速い。つまり、変化したかどうかをすぐに調べることができ、遺伝的な変化を微調整して最適化することもできる。しかし大腸菌が増殖の際に用いるのはグルコースなどの糖であり、CO2は摂取されるどころか排泄物として放出される。

Miloらは、大腸菌の食餌に大きな変更を加えるのに、10年を費やした。2016年にはCO2を摂取する大腸菌株が得られたが、取り込まれた炭素のうち、CO2はごく一部であり、大部分は与えられた有機化合物「ピルビン酸」に由来していた(N. Antonovsky et al. Cell 166, 115–125; 2016)。

気体の食餌

今回の研究でMiloらは、遺伝子操作と実験室進化を組み合わせて使って、全炭素をCO2から得ることができる大腸菌株を作製した。彼らはまず、光合成生物がCO2から有機炭素への変換に利用している2種類の酵素(Rubiscoとホスホリブロキナーゼ)の遺伝子を大腸菌に導入した。

植物やシアノバクテリアはこの変換に光のエネルギーを利用するが、大腸菌にはそれができない。このためMiloらは次に、変換に必要なエネルギーをギ酸という有機分子から調達できるように、ギ酸デヒドロゲナーゼという酵素の遺伝子を大腸菌に導入した。

しかしこの遺伝子を加えても、大腸菌は糖の代わりにCO2を取り込もうとはしなかった。この改変大腸菌株をさらに改良するためMiloらは、糖はわずかしか与えず、地球大気の約250倍の濃度のCO2という条件下で、1年にわたって継代培養した。

Miloらは、こうした条件下で培養することで、大腸菌が変異を進化させて新しい食餌に適応するのではと期待した。そして約200日後、CO2を唯一の炭素源として利用する最初の大腸菌株が出現した。300日後には、進化した大腸菌株は、実験室条件において、CO2を摂取することができない細菌よりも高速で増殖するようになった。

Miloによれば、CO2を摂取する「独立栄養」大腸菌は、糖で増殖する能力も維持しており、選択を迫られればCO2の代わりに糖を利用するという。通常の大腸菌の倍加時間は20分だが、この独立栄養大腸菌は増殖速度が遅く、大気中のCO2濃度が10%の場合の倍加時間は18時間である。また、大気中CO2濃度が現在のレベル(0.041%)であれば、糖なしで生存することはできない。

長い先行き

Miloらは、その細菌の増殖速度を高めるとともに、より低濃度のCO2条件下で生存できるようにすることを目指している。彼らはまた、この大腸菌がCO2を摂取するように進化した過程を理解することにも取り組んでいる。その切り替えを可能にしたのは、わずか11遺伝子の変化だとみられ、研究チームは現在、それがどのようにして起こったのかを明らかにしようとしているのだ。

ミシガン州立大学(米国イーストランシング)の生物工学者Cheryl Kerfeldは、Miloらの成果は「画期的な仕事」であり、工学と進化との融合には自然の過程を改良する力があることを示しているという。

大腸菌はすでに、インスリンやヒト成長ホルモンなどの有用な物質の合成に利用されている。Miloは今回の研究成果について、大腸菌を使って再生可能燃料や食物などの製造も可能になるかもしれないと話す。しかし彼は、それがすぐに実現するとは考えていない。

Erbも「これは概念実証論文です」とMiloの意見に同意し、「この大腸菌が応用されるには、まだ数年かかるでしょう」と話す。

(翻訳:小林盛方)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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