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ノーベル化学賞はCRISPR遺伝子編集のパイオニアに

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201206

原文:Nature (2020-10-07) | doi: 10.1038/d41586-020-02765-9 | Pioneers of revolutionary CRISPR gene editing win chemistry Nobel

Ewen Callaway & Heidi Ledford

革新的な遺伝子編集技術CRISPRを開発したエマニュエル・シャルパンティエとジェニファー・ダウドナが、2020年のノーベル化学賞を共同受賞した。

2020年のノーベル化学賞を共同受賞したエマニュエル・シャルパンティエ(左)とジェニファー・ダウドナ。写真は、2017年の日本国際賞を受賞した時のもの。 | 拡大する

Kyodo News Stills via Getty Images

CRISPR–Cas9遺伝子編集ツールを開発した功績を評価されるのは誰かという憶測がこの数年飛び交っていたが、ノーベル委員会がこれに終止符を打った。選ばれたのは、マックス・プランク病原体科学ユニット(ドイツ・ベルリン)に現在所属しているエマニュエル・シャルパンティエ(Emmanuelle Charpantier)とカリフォルニア大学バークレー校(米国)のジェニファー・ダウドナ(Jennifer Doudna)だ。ゲノムの正確な編集を可能にするCRISPRは、2010年代に登場するや否や、世界中の研究室を席巻した。CRISPRには無数の応用がある。研究者たちは、CRISPRを使って、ヒト遺伝子を改変することで病気をなくしたり、耐寒性の高い植物を作り出したり、病原体を一掃したりしようとしている。

ノーベル化学賞委員会の委員である生物物理化学者Pernilla Wittung Stafshedeは、化学賞の発表で「DNAを望み通りの場所で切断できることが生命科学に革命を起こしました。この『遺伝子のはさみ』が発見されたのはわずか8年前のことですが、既に人類に多大な恩恵をもたらしています」と述べた。

ダウドナとシャルパンティエとその同僚らは、CRISPR系の特徴を明らかにする初期の重要な研究を行った。一方で、CRISPRの開発に重要な貢献を果たしたとして名が挙がる研究者は他にもいる。ブロード研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のFeng Zhang、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)のGeorge Church、ビリニュス大学(リトアニア)の生化学者Virginijus Siksnysなどだ。その功績は、別の著名な賞で認められている。

ノーベル化学賞発表当日、ダウドナは「本当にぐっすり眠っていて」、受賞を知らせるNatureのレポーターからの電話の音で目覚めた。「私はハワイの小さな町で育ちましたが、こんなことが起こるとは想像だにしませんでした。本当に驚きました。ただただ驚くばかりでした」とダウドナは言う。

「ノーベル賞を受賞しないであろう素晴らしい科学者を数多く知っています。その理由は、彼らが素晴らしい科学者である事実とは無関係であり、私が受賞したことに大変恐縮しています」とダウドナは言う。

CRISPR(clustered regularly interspaced short palindromic repeat)は、微生物の「免疫系」であり、原核生物(バクテリアとアーキア)が、ファージと呼ばれるウイルスによる感染を防ぐために用いている。その中核をなすCRISPR系によって、原核生物は、ファージなどの侵入者と一致する遺伝子塩基配列を正確に認識し、特殊な酵素によってこうした配列を標的にして破壊する。

以前の研究で、CRISPR関連タンパク質(Cas)として知られる酵素が、侵入者の塩基配列を破壊することが明らかにされた。Cas9はCas酵素の1つである。最初はウィーン大学(オーストリア)、後にウメオ微生物研究センター(スウェーデン)で研究をしていたシャルパンティエは、ヒトで病気を引き起こすことのある細菌の化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)において、CRISPR系のもう1つの重要な構成要素であるRNA分子(ガイドRNA)を発見した。このガイドRNAは、ファージの塩基配列の認識に関与している。

シャルパンティエはこの発見を2011年に報告し、その年にダウドナとの共同研究を開始した。CRISPR–Cas9系の構成要素を単離した2人の研究チームは、試験管内で機能するようにそれらを改変し、単離したDNAの特定部位を切断するためにこの系をプログラムできることを、2012年の画期的な論文(M. Jinek et al. Science 337, 816-821; 2012)で示した。すると、医学や農業、基礎科学にこの遺伝子編集系を適用する試みに一気に火がついた。CRISPRの微調整や改良、さらには他の遺伝子編集ツールを特定するための研究は、今も続けられている。

「私たちは実際に、CRISPRを、細胞や生物の遺伝暗号の書き換え技術に応用できると期待していました。ただし、CRISPR技術がこれらの分野でこれほど早く採用され、さらに発展していくとは思ってもいませんでした」と、ダウドナの研究室でポスドクを務め、重要なScience 論文の共同筆頭著者となったチューリヒ大学(スイス)の生化学者Martin Jinekは言う。

商業化に向けた競争

それから10年足らずの間に、研究者たちはCRISPR–Cas9を用いて作物、昆虫、遺伝的モデルのゲノム編集を行い、実験的なヒト治療法も開発してきた。鎌状赤血球貧血や遺伝性失明、がんを治療する臨床試験も進行中だ。ダウドナ、シャルパンティエ、そしてこの分野の他の研究者たちは、こうした目標を達成するための技術開発を目的としたバイオテクノロジー企業を立ち上げている。

CRISPR–Cas9系では、ガイドRNAが特定の塩基配列を認識して、その部位を切断する。 | 拡大する

KEITH CHAMBERS/SPL/Getty

しかしこの技術は、激しい議論も巻き起こしている。ヒト細胞、特に初期胚への適用だ。2018年11月、中国の生物物理学者、賀建奎(He Jiankui)は、CRISPR–Cas9を用いて編集した受精卵から双子の女児が生まれたと発表した。このニュースに、激しい抗議の声が湧き上がった。ヒト胚の編集は、倫理的、社会的、安全性に関する多くの懸念を浮かび上がらせ、世界中の多くの研究者が、すぐさま彼の研究を非難した。

2020年9月、米国と英国の主要な科学学会によって招集された国際委員会は、着床能力のあるヒト胚でこの技術を使用する準備ができていないという結論に再度達した。

CRISPR–Cas9系の研究はまた、CRISPR–Cas9ゲノム編集の収益の大きい知的財産権を誰が所有するかを巡って、主にブロード研究所とカリフォルニア大学バークレー校との間で今日まで続く、激しい特許争いを引き起こした。

それでも、Churchは今回のノーベル賞がこのような共同受賞となったことに同意している。Churchは、自身の研究室での成果とZhangの研究室での成果(CRISPR系を哺乳類細胞で機能するように適応させて、ヒト疾患をモデル化したり、治療したりする可能性についての扉を開いた)を誇りに思っているが、自分たちの研究は科学的発見というよりも、工学や発明に分類されるだろうという。「ノーベル化学賞は、素晴らしい選択でした」とChurchは言う。

「賞に値する発見を選び出すことは常に難しいものです」と、国立衛生研究所(NIH;米国メリーランド州ベセスダ)の所長で遺伝学者のFrancis Collinsは言う。その上で彼は、その技術の容易さと多用途性がCRISPR–Cas9ゲノム編集の独特の側面だと付け加える。「CRISPR–Casを使った研究を始めていない分子生物学の研究室は、私が知る限りありません」。

(翻訳:三谷祐貴子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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