Editorial

ロザリンド・フランクリンの遺産

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201045

原文:Nature (2020-07-21) | doi: 10.1038/d41586-020-02144-4 | Rosalind Franklin was so much more than the ‘wronged heroine’ of DNA

2020年はロザリンド・フランクリンの生誕100年に当たる。彼女はDNAの構造解明で「不当な扱いを受けたヒロイン」として知られているが、卓越した研究者であったことこそ広く知られ、記憶されるべきだ。

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Universal History Archive/Universal Images Group via Getty Images

ウィルズデン・ユダヤ人墓地(英国ロンドン)にあるロザリンド・フランクリン(Rosalind Franklin)の墓石の真ん中に「科学者」の文字が刻まれ、それに続けて、「彼女のウイルスに関する研究と数々の発見は、今でも人類に永続的な恩恵をもたらしている」と記されている。

フランクリンは、20世紀を代表する卓越した科学者の1人であり、その研究業績は全人類に利益をもたらした。2020年7月に生誕100周年を迎えたことを機に、DNAの構造解明におけるフランクリンのキャリアと研究論文、特にDNAの構造を解明する際に彼女が果たした触媒的な役割について、見直す作業が進められている。

フランクリンは、DNAの二重らせん構造の発見に重要な役割を果たしたX線回折像を1953年に大学院生のレイモンド・ゴスリング(Raymond Gosling)と共同発表したこと1が、最もよく知られている。

しかし、フランクリンのDNAに関する注目すべき研究は、彼女の業績と遺産のほんの一部にすぎない。彼女は、飽くなき探究心で自然の神秘に取り組んだ研究者であり、研究対象は生物学、化学、物理学にわたり、社会にとって重要な研究に注力した。彼女は、石炭と炭素に関する科学に重要な進歩をもたらし、植物やヒトの病気の原因となるウイルスの研究の専門家にもなった。つまり、現代の研究者が、DNA塩基配列決定やX線結晶構造解析などのツールを利用してSARS-CoV-2などのウイルスを調べることができるのは、フランクリンとその共同研究者と後継者のおかげなのだ。

フランクリンの研究キャリアは、物理科学から始まった。1940年代の最も初期の研究(ph.D研究を含む)では、家庭の暖房や産業への電力供給に広く使われていた化石燃料である石炭の密度、構造、組成の解明に貢献した。フランクリンは、主に石炭の燃焼効率を高める方法を発見するために石炭の気孔率を解明しようとした。しかし、ケンブリッジ大学(英国)の科学史家パトリシア・ファラが指摘するように、石炭の気孔率は、第二次世界大戦で用いられた活性炭フィルターを組み込んだガスマスクの有効性を決める重要な要因でもあった。この点で、フランクリンは、当時の個人用防護装備の設計を間接的に支援していたのだった。

フランクリンの名声は、石炭の研究によって確立された。彼女は、1950年1月に初めてNatureに発表した論文2で、炭素原子に含まれる特定の電子が炭素原子によるX線の散乱にどのように影響するのかを調べた結果を報告した。そして、翌年に発表した論文は、彼女の石炭科学に対する最も重要な貢献となった。石炭が燃焼する際に発生する炭素は、黒鉛化した炭素と黒鉛化しない炭素の2種類のいずれかであり、それぞれ異なった分子構造を有していることを発見したのだ3。この研究で、石炭の燃焼によって生成するコークスとチャーの主な相違点が明らかになった。コークスは、高温で結晶性黒鉛に変化したが、チャーはそうならなかった。また、この研究は、コークスが高温で煙をほとんど出さずに高い効率で燃焼する理由を説明するのにも役立った。その結果、製鉄所での製錬など、大量の熱を発生させる必要のある工業プロセスにおいてコークスが役立っている。

その後フランクリンは、研究対象を石炭からウイルスに変え、それが彼女の終生の研究テーマになった。彼女は、1950年代のバークベック・カレッジ(英国ロンドン)での実り多き5年間に、X線の技術を用いてタバコモザイクウイルス(TMV)のRNAの構造を解明した。このウイルスはさまざまな植物に感染し、葉タバコに壊滅的な被害を与える。TMVが発見されたのは1890年代のことで、当時は、植物に害を与える病原体を単離する研究が行われており、細菌にしては小さすぎるということになった。

フランクリンは、後に彼女のトレードマークとなる詳細なX線回折像を生成し、TMVのらせん構造に関するジェームズ・ワトソン(James Watson)の解釈の誤りを指摘した。TMVの構造が解明されたことで、揺籃期にあった分子生物学の研究者が研究を前進させ、TMVをモデルとして、遺伝コードの解読に役立てた。

TMVの構造を解明したフランクリンは、ジャガイモやカブ、トマト、エンドウなどの重要な農作物を害する他の植物ウイルスの研究に着手し、1957年には再び方向を変えて、カブ黄化モザイクウイルスに構造的に類似したポリオの原因ウイルスの研究に乗り出した。当時、ポリオは恐ろしい伝染病だった。今ではほぼ根絶され、野生株による感染が起こっているのはパキスタンとアフガニスタンのみとなった。

世界の研究者を結び付ける

しかし、フランクリンに残された時間は長くなかった。1956年に彼女は卵巣がんと診断され、その2年後に37歳の若さで亡くなった。その翌年、彼女の共同研究者だったアーロン・クルーグ(Aaron Klug)とジョン・フィンチ(John Finch)が彼女を追悼して、ポリオウイルスの構造を示した論文を発表した4。クルーグは、1982年にウイルスの構造を解明する研究でノーベル化学賞を受賞した。

フランクリンは、数々の国際会議に参加するために頻繁に出張し、海外の研究者との共同研究も行った。滅多に得られない米国の国立衛生研究所(NIH)の助成金も(クルーグとの共同研究について)獲得した。彼女は、ウイルスの構造に関する研究が盛んに行われていた揺籃期に世界の研究者を結び付ける存在であっただけでなく、病原性ウイルスの専門家として国際的名声を得た人物でもあり、研究成果の実用化に深い関心を持っていた。

フランクリンが、専らDNAの構造解明に対する貢献を十分に評価されていない研究者として知られているという現状は、彼女に関する事実を正しく反映していない。この出来事が彼女の人生で決して忘れてはならない部分であるのは確かだが、彼女は「不当な扱いを受けたヒロイン」をはるかに超えた存在であり5、今こそ彼女の研究キャリアの幅広さと奥深さを評価すべきときなのだ。

(翻訳:菊川要)

参考文献

  1. Franklin, R. E. & Gosling, R. G. Nature 171, 740–741 (1953).
  2. Franklin, R. E. Nature 165, 71–72 (1950).
  3. Franklin, R. E. Proc. R. Soc. A 209, 196–218 (1951).
  4. Finch, J. T. & Klug, A. Nature 183, 1709–1714 (1959).
  5. Maddox, B. Nature 421, 407–408 (2003).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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