室温に近い超伝導
超伝導体と呼ばれる物質は、100%の効率で電気エネルギーを伝える。超伝導体は、病院で使われる磁気共鳴画像(MRI)などの技術に幅広く応用されている。しかし、超伝導状態は室温(295K)よりもずっと低い温度にのみ存在することが、応用の主たる障害になってきた。マックス・プランク化学研究所(ドイツ・マインツ)のAlexander Drozdovらは今回、水素化ランタン化合物は、地球の大気圧の100万倍を超える圧力をかけると、既知のあらゆる物質よりも高い250Kで超伝導を示すことを裏付けるいくつかの重要な実験結果を得て、Nature 2019年5月23日号528ページで報告した1。
超伝導は1911年、水銀を4Kまで冷却した際に初めて発見された2。その温度以下では物質が超伝導になる温度は、臨界温度と呼ばれる。電気抵抗がゼロである状態は、4Kよりもずっと高い臨界温度を持つ物質が発見されれば非常に有用であることはすぐに理解された。この1世紀の間に多くの超伝導体が発見され、最も高い臨界温度の記録は、究極の目標である室温に向かって断続的に上がってきた。
今回の研究を行った研究者たちの一部は2014年、164Kだったそれまでの臨界温度の記録3を破った。彼らは、硫化水素(腐った卵の臭いの原因である化学物質)に大気圧の200万倍近くの圧力をかけると、約200Kの温度で超伝導体になることを見いだした4,5(2015年11月号「硫化水素が最高温度で超伝導に」参照)。2018年には、2つの独立な研究グループがほぼ同時に、圧力をかけた水素化ランタン化合物は、さらに高い温度(215Kから場合によっては280Kまでの温度範囲)で超伝導を示すかもしれないことを報告した(参考文献6-8)。
こうした硫化水素超伝導体と水素化ランタン超伝導体の共通の特徴は、水素に富むことと、大気圧の約100万倍を超える圧力の下でのみ超伝導が現れることだ。このような極端な条件下では、化学結合は大きく変化し、そうでなければ不安定な化合物の形成を誘起する。水素化ランタンの場合、環境圧力(周囲圧力)で達成できるよりもずっと大きな水素含有量を持つ化合物LaH10の形成を高圧が安定化するようだ9,10。
Drozdovらは、ダイヤモンドアンビルセルと呼ばれる装置を使って、こうした非常に高い圧力(地球の中心核の圧力の約半分)に達した。この装置は手のひらに収まるほどの大きさで、薄い金属薄片で囲まれた試料を2つの平らなダイヤモンドの間で挟むことで圧力をかける(図1)。この構成のため、実行できる測定の種類は厳しく制限される。試料は小さく(差し渡し0.01mmのオーダー)、全ての側面を、試料と比較すれば大きな金属薄片とダイヤモンドで囲まれているからだ。さらに、電気的な測定を行うため、導線を試料に接触させる必要があるが、一方、導線と金属薄片は電気的に絶縁する必要がある。
図1 高温超伝導の検出
Drozdovらが報告した実験では、ランタンのごく小さな試料が、薄い金属薄片の穴の中に収められている1。金属薄片の穴は液体水素で満たされている(図には示されていない)。4本の導線が試料と接触しているが、導線と金属薄片は絶縁材料で電気的に絶縁されている。試料は2つのダイヤモンドの間に挟まれ、高圧で水素化ランタンに変わる。Drozdovらはこの実験装置を使って、水素化ランタンが地球の大気圧の100万倍よりも大きな圧力の下で、250Kの温度で超伝導を示すことを証明した。
Drozdovらは、これらの実験上の課題を克服し、水素化ランタン化合物での高温超伝導を裏付ける決定的な証拠を見いだした。ある物質が超伝導を示していることを証明するためには、研究者たちは通常、3つの特徴を確認する。電気抵抗がゼロであること、磁場をかけると臨界温度が下がること、冷却すると物質の内部から磁場が排除されること(マイスナー効果と呼ばれる現象)だ。Drozdovらは、超伝導のこれらのサインのうち、最初の2つを検出した。最後の基準(マイスナー効果の観測)は、試料が小さ過ぎるため、今のところ実現できない。
水素に富む化合物での高温超伝導の探索は、2004年に発表された予測と関連付けることができる11。これらの予測を支えている推論は、特定の状況の下では、原子質量の小さい元素は高い臨界温度に寄与し得ると予測する理論に基づいている。水素は最も軽い元素であり、高い臨界温度の達成に最適だ。そしてこの論理によれば、水素を、より重い同位体の重水素(デューテリウム)で置き換えれば臨界温度が下がるはずだ。Drozdovらは、この同位体効果を観測し、水素化ランタン試料と比較して、重水素化ランタン試料の臨界温度は、理論の予測とほぼ一致する値だけ低いことを見いだした。
科学的な観点から言えば、これらの結果は、超伝導体を経験則、直観、幸運によって発見する段階から、具体的な理論予測に導かれて発見する段階への過渡期に入りつつあるのかもしれないことを示唆する。超伝導の臨界温度は、正確に計算することが最も難しい特性の1つと長く考えられてきた。しかし、硫化水素と水素化ランタンの実験は、必要な圧力とその結果の臨界温度の両方を予測した計算結果が動機になっている9,12。理論面のこのような目覚ましい成功は、計算能力の向上によって可能になった革新的な計算方法が原動力になっているとみられる。
大気圧の100万倍を超える圧力下で極めて少量の合成された物質で起こる超伝導の現実的意義は何だろうか? その答えは、環境圧力でも超伝導状態になるかどうかによる。ダイヤモンド自体は、高圧で形成される物質の一例で、環境圧力では準安定だ。合成ダイヤモンドを作ろうとする取り組みは、高圧での合成方法開発の相当な動機になった。しかし現在では、合成ダイヤモンドは化学蒸着法と呼ばれる低圧技術を使って成長させる。楽観的に言えば、初めは高圧で発見された超伝導化合物を、同様の低圧方法を使って準安定な超伝導化合物として作ることがやがては可能になるかもしれない。
これからの数年間、実験的研究はおそらく、圧力をかけた水素に富む物質で超伝導を探すことに集中するだろう。可能性のある、水素に富む系のうち、今回のような非常に高圧での実験で調べられたものはわずかであることを考えれば、近い将来に室温超伝導の夢が実現する可能性は、これまでになく高まっているように思える。それが実現すれば、主要な課題は、必要な温度を押し上げることから必要な圧力を下げることに移るだろう。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 8
DOI: 10.1038/ndigest.2019.190836
原文
Superconductivity near room temperature- Nature (2019-05-23) | DOI: 10.1038/d41586-019-01583-y
- James J. Hamlin
- James J. Hamlinは、フロリダ大学(米国ゲインズビル)に所属。
参考文献
- Drozdov, A. P. et al. Nature 569, 528–531 (2019).
- Onnes, H. K. Commun. Phys. Lab. Univ. Leiden. Suppl. 29 (1911).
- Gao, L. et al. Phys. Rev. B 50, 4260–4263 (1994).
- Drozdov, A. P., Eremets, M. I. & Troyan, I. A. Preprint at https://arxiv.org/abs/1412.0460 (2014).
- Drozdov, A. P., Eremets, M. I., Troyan, I. A., Ksenofontov, V. & Shylin, S. I. Nature 525, 73–76 (2015).
- Drozdov, A. P. et al. Preprint at https://arxiv.org/abs/1808.07039 (2018).
- Somayazulu, M. et al. Preprint at https://arxiv.org/abs/1808.07695 (2018).
- Somayazulu, M. et al. Phys. Rev. Lett. 122, 027001 (2019).
- Liu, H., Naumov, I. I., Hoffmann, R., Ashcroft, N. W. & Hemley, R. J. Proc. Natl Acad. Sci. USA 114, 6990–6995 (2017).
- Peng, F. et al. Phys. Rev. Lett. 119, 107001 (2017).
- Ashcroft, N. W. Phys. Rev. Lett. 92, 187002 (2004).
- Duan, D. et al. Sci. Rep. 4, 6968 (2014).
関連記事
Advertisement