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10億年前の菌類化石を発見か

(左)分枝した繊維の先に球体が認められる(スケールバーは30 µm)。(右)球体には繊維上の構造が見られる(スケールバーは400nm)。 Credit: Ref.1

北極圏カナダの辺地で発掘された微細な菌類の化石は、菌類の存在が確認された最古の年代を約10億年前までさかのぼらせる可能性がある。菌類の出現はこれまで、約5億年前と考えられていた。

2019年5月22日のNature オンライン版で発表された論文1に記載されたその原始の菌類は、驚くほど込み入った微細なものであり、繊維状の構造を有している。化学分析では、その化石がキチンを含むことが示唆された。キチンは、菌類の細胞壁に見られる物質だ。

分析結果が正しいことが示されれば、菌類がどのように進化したか、そして菌類が植物の上陸を促進したかどうかについての理解が修正される可能性がある。しかし、その発見物を菌類であるとする結果に疑いを持っている研究者もいる。ブリティッシュコロンビア大学(カナダ・バンクーバー)の菌類学者Mary Berbeeは、「それが真実であると信じるに足るだけの根拠が現時点ですでにそろっているかのようです。でも、現実にはデータが足りません」と話す。

リエージュ大学(ベルギー)の古生物学者Corentin Loronらは、北極圏カナダでグラッシーベイ累層という層を調べているとき、その化石を発見した。現地の険しい崖に囲まれた調査場所は、ヘリコプターを使わなければ行けない場所だった。リエージュ大学でLoronを指導する古生物学者Emmanuelle Javauxによれば、現場の岩石は高温高圧にさらされずに形成されたものであるため、内部の化石の保存状態は極めて良好だという。

研究チームは、その岩石から化石を注意深く薄片に切り出し、電子顕微鏡で分析することに成功した。その画像には、末端が球体になった分枝状の繊維が認められた。その繊維は、一部の現生菌類に認められる「隔壁」という壁によって仕切られていた。

今の生物界にあるような真菌だった?

この化石は、10億年前の岩石の内部に閉じ込められていた上、その標本にキチンが存在していた。このことから研究チームは、この化石が10億年前に死んで保存された菌類であると結論するのに十分な材料があると考えた。研究チームはその真菌をOurasphaira giraldae と命名した。

しかし、その化学分析の結果に関する研究チームの解釈に、鉱物学・材料物理学・宇宙化学研究所(フランス・パリ)の地球化学者Sylvain Bernardは悩んでいる。Bernardによれば、多くの有機物分子の存在が同じような結果を生じる可能性があり、今回の化学分析でも、キチンに典型的に見られる分子以外の分子の存在が示唆されるという。「今回のデータは、その微化石がもともとキチンを含んでいたことを示すものではありません」と彼は述べる。

それに対しLoronは、その化石試料はキチンとそれ以外の有機化合物を含んでいた可能性があると反論する。そして、化石の表面にキチンやキチン様の繊維に特有の化学的シグナルが存在することも指摘する。「我々の結果と最もつじつまが合うのはキチンです」とLoronは話す。

Javauxによれば、研究チームの研究結果は、DNAの変化が蓄積する速度を利用して菌類が最初に出現した年代を算出した研究とも一致するという。そうした「分子時計」解析は、すでに菌類の誕生時期を約10億年前とはじき出していた。しかし、自然史博物館(英国ロンドン)の古生物学者Christine Strullu-Derrienによれば、過去の分子解析からは、10億年前に生息していた菌類は単純な単細胞生物に限られ、今回の化石に見られるような複雑な繊維状の構造を有していなかったことが示唆されているという。

それでもStrullu-Derrienは、今後の研究でその化石がキチンを含むことが確認されることを期待している。「それを信じたいです。もしそれが本当に真菌ならば、とても重要な発見になるでしょう」と彼女は言う。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190703

原文

Billion-year-old fossils set back evolution of earliest fungi
  • Nature (2019-05-22) | DOI: 10.1038/d41586-019-01629-1
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. Loron, C. L. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-019-1217-0 (2019).