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海洋ウイルスを約20万種発見

このほど北極海で海洋ウイルスのホットスポットが見つかった。こうした海洋ウイルスは、二酸化炭素を大気から隔離するのに役立っている。 Credit: Parshina Olga/Getty

海洋微生物の調査から、世界の海には20万種近いウイルスが存在していることが明らかになった。また、北極海に予想外のウイルス多様性のホットスポットが存在していることも分かった。

2019年4月25日にCell に発表された調査結果1は、生物間の相互作用や気候変動に対する海洋の応答などの海洋生態系にウイルスが影響を及ぼす仕組みの理解の基礎となるだろう。

スプーン1杯の海水には、数百万のウイルス粒子が存在している。その大半がヒトに対して無害だが、クジラ類や甲殻類、細菌などの海洋生物に感染する可能性はある。オハイオ州立大学(米国コロンバス)の微生物学者で、今回の論文の共同筆頭著者であるAhmed Zayedは、ウイルス多様性のマッピングは、今日の海で起きていることをより正確に表現し、その未来のより正確な予測を可能にすると言う。

ウイルスのホットスポット

2009年から2013年にかけて、世界約80カ所の海域で、表層水から深さ4000mまでの海水試料が採取されている。この調査は、タラ号海洋プロジェクトとマラスピーナ探検計画という、海洋における二酸化炭素と気候変動を調べる2つの大規模プロジェクトの一環として実施された。前回の海洋ウイルスの分析2では、1万5000種以上のウイルスが同定された(2015年8月号「タラ号の調査で見えてきた、海洋プランクトンの驚異の世界」参照)。

Zayedの研究チームは最新の試料中のウイルスDNAを分析し、その塩基配列を「ウイルス集団」に分類した。ウイルス集団は、ウイルスの種に非常によく対応している。研究チームは5つの海域を調査し、20万近いウイルス集団を発見した。各海域のウイルス種は、独自のウイルス群集を形成していた。

最も多様性に富むウイルス群集は、温帯および熱帯の表層水と北極海に存在する。北極海は地理的にも政治的にもアクセスしにくく、気候変動によるリスクが最も迫っている海域だ。

海洋は、人類が大気中に排出する二酸化炭素の半分を吸収している。また、以前の分析3から、海洋ウイルスは海の表層の水中にある二酸化炭素を深海まで移動させ、大気から隔離するのに役立っていることが明らかになっている。オハイオ州立大学の生物学者で、今回の論文の責任著者であるMatthew Sullivanは、このウイルス多様性の地図を使えば、海の特定の区域を操作し、ウイルス群集の持つこの能力を大幅に高めることが可能になると言う。海洋の操作を検討するのは恐ろしいことだが、「私たちは、間もなくやってくる気候問題への強力な対処方法を真剣に検討する時期に差し掛かっているのです」とSullivanは言う。

氷山の一角

ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ・バンクーバー)の海洋ウイルス学者Curtis Suttleは、ウイルスが世界の海で群集を形成しているという今回の発見は、ウイルスに関する人類の無知を強調するものだとし、またインド洋西部や太平洋東部の大部分など、試料未採集の海域もまだ多く残されていると言う。

他の研究者たちは、世界の海洋におけるウイルス多様性に関する疑問や仮説を現実と照合するため、さらなるデータを求めている。オレゴン州立大学(米国コーバリス)の微生物学者Rebecca Vega Thurberは、今回のプロジェクトチームの試料について、北極海では狭い海域で半年にわたり繰り返し採取されているが、他の海域では単発の航海での採取であることを指摘する。北極海がウイルス多様性のホットスポットであることが分かったのは画期的な成果だが、他の海域でも、繰り返し採取を行えば、より豊かなウイルス多様性が確認されるだろうと言う。

それでもVega Thurberは、最新の海洋ウイルスのデータに強い関心を寄せている。この研究チームは、「百科事典を製作してくれているのです。私たちが研究対象を理解するために目を通す必要のあるものです」と彼女は話す。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190706

原文

Hundreds of thousands of marine viruses discovered in world’s oceans
  • Nature (2019-04-25) | DOI: 10.1038/d41586-019-01329-w
  • Nic Fleming

参考文献

  1. Gregory, A. C. et al. Cell 177, 1109–1123 (2019).
  2. Roux, S. et al. Nature 537, 689–693 (2016).
  3. Guidi, L. et al. Nature 532, 465–470 (2016).